劇団あとの祭り Vol.13

「ハァドボイルドの犬達」

作/福冨英玄

< 11章  呪縛 >

 

 

また事務所。

 

大神、ミサキが神妙な顔つきで座っている。

大神、くわえていた禁煙パイプを、もみ消そうとする。

 

大神  …(やれやれ)。

 

小山田、恵子入ってくる。

 

ミサキ  どうだった?

恵子  ダメです。まったく動く気配なし。

小山田  検問も、動きなしッス。

大神  納得ずくってわけだ。やっぱり消されたな、あの女。

ミサキ  警察は完全に、連中の飼い犬ね。

小山田  どうしましょう?

ミサキ  そうね…。

大神  例のトランク(金と煙草)をどうするかだな。とりあえずそれしか手がない。

小山田  今のところ僕らって、別に犯罪者扱いされてるわけじゃないですよね。

いっそのこと警察に届けちゃうっての、どうです?

大神  そいつは、やめた方がいい。

小山田  あんたにゃ聞いてない。

恵子  私も反対。

小山田  …。

恵子  難癖つけられるのがオチだと思う。へたすると、その女のことまで

背負わされるわよ。

小山田  でも…じゃ、どうするんですか。

ミサキ  恵子ちゃん、マスコミの方でなんとかならない?

恵子  連絡は取れると思いますけど…警察にもばれますよ、きっと。

ミサキ  そうよね…。とはいえ、長いこと所持すればするほど、いいわけが

たたなくなるし…。

 

間。

 

恵子  …なんか、バカみたいですね。

ミサキ  ?

恵子  3年前まで、1箱240円の品物で大騒ぎして、逃げ回ったり隠れたり…。

ミサキ  人が死んだり。

恵子  !

ミサキ  記録を見る限りじゃ、70年前のシカゴシティもそういう街だったわ。

シシリーマフィアが私腹を肥やし、アンタッチャブルズが対抗し、

ギャングも警官もたくさん死んで…結局、禁酒法という法律は

姿を消して…あとには何にも残らなかった。

恵子  …。

ミサキ  結局…エリオット・ネスもアル・カポネも、バカを見たってことよね。

もう数年待てば、どうでもよくなってたはずなのに…命をかけるには、

馬鹿らしすぎるわよね。

 

ミサキ、立ち上がる。

 

ミサキ  決めた。「自首」するわ。

一同  !

小山田  ミサキさん!

ミサキ  弁護士、呼んどいて。それまで黙秘しとくから。殺人罪さえしょわされ

なければ、多分なんとかなるわ。

小山田  呼んどいてって…まさか一人で?

ミサキ  みんなで行っても、しょうがないじゃない。

小山田  ダメッスよ、そんなの!

ミサキ  賭けましょうか。禁煙法は長続きしないわ。

小山田  …。

ミサキ  今、信じている正義が明日も通用するとは限らないのなら、

命がけで守るほどの物じゃないわ。

小山田  でも…。

ミサキ  言いたくはないけどね、小山田クン。…一番偉いの、私なの。

小山田  …。

 

ミサキ、トランクを取りに行こうとする。

その先に、立っている大神。

 

大神  いいのか。

ミサキ  だめなの?

 

間。

 

大神  一つ聞いていいか?…なぜ、この仕事を請け負った?

ミサキ  お金になるから。悪い?

大神  …ここであっさり退くくらいなら、始めから請け負うべきじゃない。

あんた探偵としては失格だ。

ミサキ  なら、辞めるわ。探偵って職に、未練があるわけじゃないから。

 

ミサキ、言ってしまってから、言葉のあやに気付く。

 

大神  ?…じゃ、お前、何に…。

 

TEL

 

一同  !

 

なり続ける電話。

一同、顔を見合わせる。

 

恵子  (受話器をとろうとして、ミサキをみる。)

ミサキ  (うなずく。)

恵子  (とる) …はい、紅坂探偵事務所…はい…ええ、はい、少々お待ちください。

ミサキ  私?

恵子  いえ…大神さん。

大神  ?

 

大神、かわる。

 

大神  大神だ。

プリーチャー  久しぶりだ。

 

プリーチャー、別空間に。

 

大神  …ようやく、おでましか。

プリーチャー  すまんね。すぐにでも会いたかったのだが、こちらも

いろいろと不自由な身でね。許して欲しい。

大神  服役してる奴は、普通もう少し不自由なんだがな。

プリーチャー  悪いが、そういうことには疎くてね。

大神  どうやら、あんたには檻じゃ手ぬるいらしい。今度、俺が首輪を

プレゼントしてやるよ。

プリーチャー  なるほど。「首を洗って、待っていろ」というわけだ。

大神  話が早くて助かる。…ちょっと待て。

プリーチャー  ?

大神  すまん、30秒くれ。

 

大神、受話器を離す。

ふと見ると、受話器の声に思いっきり聞き耳を立てている一同。

 

大神  …。

一同  …。

大神  こういうときは気を利かせるのが、礼儀だと思わんか?

ミサキ  私の事務所の電話なんだけど。

大神  気にするな。料金は向こうもちだ。

小山田  行きましょ、ミサキさん。邪魔しちゃ悪いッスよ。

ミサキ  何であんたが…。

小山田  いいから…ま、あんたもがんばって!

 

小山田、大神の肩をなれなれしくたたく。

小山田、他の二人をつれて出て行こうとする。

 

大神  おい。

小山田  え?

大神  もう少し、ましな演技をしろ。

 

大神、肩につけられた盗聴マイクをはずす。

 

小山田  う…。

大神  出て行くんだろ?

ミサキ  …。

 

ミサキ、出て行く。

続いて、二人も出る。

 

部屋は大神一人になる。

大神、受話器を構え、話し始める。

 

大神  待たせたな。

プリーチャー  彼らがいた方がよかったんじゃないか?仲間なんだろう?

大神  これは、3年前の延長戦だ。あいつらは関係ない。

プリーチャー  君がそういうなら、かまわんが。

大神  おい。勘違いするなよ。あいつらとは「他人」だ。

プリーチャー  すさんでいるな。「汝の隣人を愛せよ」…聖書くらい読みたまえ。

大神  「冗談は顔だけにしな」Byアーノルド坊や。

 

間。

 

大神  で、早速だが、今どこだ?脱獄中の野良犬には首輪をかけておかないと、

保健所に怒られる。

プリーチャー  (笑)大丈夫。保健所の職員は、空の上まで追いかけてくるほど

勤勉じゃない。

大神  !

プリーチャー  飛行機の中だよ。君のいう「檻」に帰るところだ。

鍵のかかっていない檻へね。(笑)

大神  …図にのるなよ。

プリーチャー  …それはこっちのせりふだな。

 

プリーチャー、雰囲気が変わる。

 

大神  !

プリーチャー  …3年前の取引の失敗で、俺がどれほどの目にあったか、

お前にはわかるまい。…大神、お前だけは殺す。必ず殺す。

そのための、そのためだけの禁煙法だ。

大神  何?

プリーチャー  …初めての禁煙はどうだね?

大神  !

プリーチャー  そうして、敵と話していると、口にアドレナリンの味が広がるだろう?

口の中がささくれだって、ザリザリいうはずだ。受話器を持つ

手も震えている。体がニコチンを求めている。いや、

「煙草を吸う」という行為を求めている。

そうだろう?その手で銃が握れるかね。できないだろう?

煙草を吸えばおさまる。だが貴様は吸わない。

吸うことができない。それが貴様が自分に課した

「正義」とかいう枷だからだ。そうだろう?

大神  なるほど、これがあんたお得意の「説教」か。

プリーチャー  !

大神  催眠術だか話術だか…うかつに聞くと、その気になるってのも

わからなくはない。どういう芸かは知らんが、あんたはその手で

悪事を働いてきたってわけだ。いや、その口でっていうべきか?

プリーチャー  …。

大神  …お前については、俺もいろいろ調べたさ。手のうちは見えている。

もう一度、言おう。…図にのるなよ!

プリーチャー  …なるほど。貴様はそれなりに心構えができていたわけだ。

だが…木場は違ったぞ。奴はふぬけだ。

大神  木場?…お前、木場に何を!

プリーチャー  思い出させてやったのさ。煙草の味を。奴自身が封印していた

禁断の味。極限の緊張の中だけで味わえる、

禁断の煙草の味をだ!

大神  貴様、一体…。

プリーチャー  後は本人から聞きたまえ。

 

電話、切れる。

 

大神  おい!…おい、待て!

 

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