劇団あとの祭り Vol.13

「ハァドボイルドの犬達」

作/福冨英玄

< 12章 生き様 >

 

 

唐突につながる電話。

 

プリーチャーとは、また別の空間に現れる、一人の男。

目深に被った帽子。首からさげたマフラー。

そして、身にまとった漆黒のコート。

別人と化した、木場である。

 

木場  …。

大神  !…木場…木場か?

木場  ああ、俺だ。本物の俺だ。…3年ぶりだな、大神。

大神  …お前。

木場  思い出したよ。…かつて俺が何を求め、何を探していたのか…。

大神、すまんな。俺はやはり、バーテンには向いていないらしい。

大神  …あの女は、どうした。

木場  アイコのことか?クビにした。

大神  …。

木場  心配するなよ、大神。俺は別に狂ったわけじゃない。ただ、

思い出しただけだ。

大神  今までは、忘れていた、とでも言うのか。

木場  そう。だからお前にも思い出して欲しい。あの日の、港の風景…

気まぐれにあたりを照らす灯台のあかり。波の音に混じる銃声。

潮のにおいに含まれた、血と硝煙のにおい。口の中を駆け巡る

アドレナリンの味。

そして、怒りと、恐怖と、いくばくかの興奮とを快楽へいざなう

紫煙のゆらめき。

大神…煙草が必要だ。あの日の煙草が必要なんだ。俺が、いや、俺たちが

ハァドボイルドであるために、あり続けるために必要なんだ。

大神  …。

木場  持ってるんだろう?

大神  …ああ。

木場  大神…あの日へ帰ろう。

 

間。

 

大神  …木場。お前の話を聞いていて、ひとつわかったことがある。

木場  ?

大神  やっぱりお前、のせられてるよ。それさえわかっていないとしたら、

救いようが無い。

木場  …どういう意味だ?

大神  知りたいか?だったら港へ来い。3年前の港へ。ハァドボイルドとは

どういうことか、俺が教えてやる。

木場  俺にか?

大神  そうだ。

木場  この「俺」にか。

大神  そうだ!

木場  …。

大神  港へ来い。俺もすぐに行く。

木場  …いいだろう。待っているぞ、大神。

大神  覚悟してこいよ。

木場  ?

大神  ぶっこわしてやる。

木場  …期待しよう。

 

電話切れる。

 

部屋には、大神一人。

 

大神、煙草の入ったトランクを開ける。

その中から、一箱取り出し、じっと見る。

 

大神、それをコートのポケットに入れ、寒くもないのに、

コートの襟を立てる。

 

大神  …さて…。

 

ドアが開く。

 

外に立っているのは、ミサキ。

 

ミサキ  行くの?

大神  …ああ。

ミサキ  「殺し合いに行くのか」って聞いてるの。

大神  だから、「そうだ」と言っている。

 

間。

 

ミサキ  …どうして。

大神  女にはわからないさ。

ミサキ  …。

大神  どいてくれ。

 

ミサキ、道を開ける。

 

ミサキ  (すれ違いざま)もう一度言うけど…禁煙法なんて長続きしないわよ。

大神  だろうな。

ミサキ  でも、行くの?

大神  ああ。

ミサキ  正気?

大神  …「生き様」がかかってるんだ。俺と…そして奴自身のな。命をかけなきゃ

得られないものもある。

ミサキ  「タフでなければ生きていけない。でもやさしくなければ、生きている資格が

ない」と。そういいたいわけでしょ。Byレイモンド・チャンドラー。

大神  …。

ミサキ  言わせてもらうけどね。あなたの言葉って借り物だらけだわ。うんざりよ。

大神  …違うな。

ミサキ  どこが?結局あなた、全然自分が見えてないのよ。空想と現実の区別が

ついてないんだわ。はっきり言えば、子供なのよ、あなた。

大神  違う。

ミサキ  だから、どこが?

大神  その訳は誤訳だ。…正しくはこう訳す。…「情けをかけてちゃ生きていけない。

…だがな、情けもかけられない人生なら、生きていたって意味が無い。」

ミサキ  …。

大神  Byレイモンド・チャンドラー。翻訳、大神 明。

ミサキ  …茶番だわ。

大神  男だからな。

ミサキ  「茶番に付き合う気はない」んでしょう?あなた昨日そういったわ。

大神  昨日?

ミサキ  言ったわよ。ここで…。

大神  「昨日?そんな昔のことは、忘れたよ」。

ミサキ  …。

大神  …。

 

大神、出て行く。

ドアが閉まる。遠ざかる足音。

 

ミサキ残る。

ミサキ、机の中から、銃を出す。

 

ミサキ  …。

 

ミサキ、駆け出していく。

 

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