劇団あとの祭り Vol.13

「ハァドボイルドの犬達」

作/福冨英玄

< 13章 BRAKE IS OVER >

 

 

暗い舞台。

大神が、ややうつむいて立っている。

 

大神  元祖ハァドボイルダー、レイモンド・チャンドラーはこういった。

「ハァドボイルドとは、探し、求めることである」と。

 

木場、出現。

 

木場  そして、探し求めた末に見出したものが、すでに変質していたなら…

その時にハードボイルドが完成するというのだ

 

大神  ならば、「ハードボイルドな生き方」を手探りで探す男達にとって、

ハードボイルドな世界とは、けして手に入らない蜃気楼なのか。

 

木場  仮にそうだとしても…友よ。その矛盾に屈するなかれ。

その矛盾を無視するなかれ。

 

大神  そして友よ。それが、せめてもの救いになるというのなら…。

 

大神・木場  お前に銃声という歌を贈ろう。お前に弾丸という花束を贈ろう。

すべてはお前の魂に、やすらぎをもたらすために!

 

大神  来たぞ!木場!

 

舞台、一転。

闇をつんざく汽笛の音と共に、舞台は港へ。

波の音。

灯台の明かり。

 

二人はそれぞれ、街灯の明かりがつくる円錐の下に立っている。

 

大神  …待たせたな。

木場  待ったさ。

大神  いい夜だ。ただでさえ不快指数は70を軽く超えている上に

むせかえるほどの潮の匂い。…それでもコートを脱ごうとはしない、

あくまで形にこだわる俺たちは、端から見ればタダのバカだ。

木場  …だから、いい。バカは俺たちだけでたくさんだ。

大神  …まったくだ。

 

木場、先ほどのシケモクを大事そうにポケットからだし、

のばしてから、点火する。

ライターの照り返し。

 

大神、ポケットから箱を出す。

 

大神  木場…ここに煙草がある。見えるか?

木場  見える。

大神  欲しいか。

木場  欲しい。…だがその前に、大神、お前が吸え。

大神  結構だ。「軽く一杯も、重く一杯もない」Byエリオット・ネス。

木場  刑事は辞めたんだろう?

大神  辞める前の俺として、ここへ来た。お前がそうであるように。

木場  強がるな。手が震えている。

大神  …。

木場  お前が来るまでに、俺も考えた。…3年前のあの日以来、

俺は不本意な毎日を送っていた。あの日の緊張感を、あの日の煙草の味を

もう一度味わいたいと思いながら、その感情に潜む自分の凶暴性に

おびえ、今日の今日まで不本意に生き長らえてきた。…だがな、

不本意ってことは、間違ってるってことだ。そしてどこかで間違えている

のだとしたら…あの日に戻ってやり直すしかないだろう。

いささか役者が足りないが、相手がいないことにはしょうがない。

二人でやりあいながら、道を探すさ。

大神  木場…

木場  「間違っていたとしたら」な。…あいにくと俺は、自分が間違っているとは

思わない。…たとえ時代が動こうとも、俺は自分を信じ続けてみせる。

それがハァドボイルドだ。そうだろう、大神。俺は間違ってはいない。

見ろ。俺の手は震えていない。これが俺の正義を証明している。

大神  …。

木場  大神…煙草を吸え。でないと俺は、お前を犬死させてしまう。

大神  …木場。やっぱりお前、何もわかっちゃいないよ。

木場  …。

 

大神、煙草をポケットにしまうと、禁煙パイプを出して一本くわえる。

 

大神  …バーボンがなぜハードボイルドだか知ってるか?

木場  ハンフリー・ボガードが映画で使ったからさ。

大神  違うな。…全然違う。

木場  …。

大神  バーボンがハードボイルドなのは、バーボンがウイスキーの代わりだからさ。

金もなく、仕事もない時に飲める安酒だから意味がある。…洒落た

ラウンジで、わけ知り顔のナンパ野郎が、フォアロゼのダブルを

「エイト・ローゼス」と頼んで出てくるのは、バーボンのうちに入らない

んだよ。ありゃ、ガキの遊びだ。

木場  …だから?

大神  わからないか?

木場  何をわかれと言う?

大神  …木場…お前、自分が始めて煙草を吸った日のことを覚えているか?

…俺は覚えている。理由なんか覚えちゃいないが…その日の俺が、ひどく

絶望していたことは確かだ。俺は絶望のふちで思ったね。「いっそ楽に

なろうか」ってな。しかし、俺のなけなしのプライドが、それが負け犬の

選択だとわめき散らすので…俺はせめて、自分の寿命を縮めることで、

ジレンマからぬけようとした。

その日、俺ははじめて煙草を吸った。

木場  …。

大神  教えてやるよ。ハァドボイルドってのはな…けして満足しないことなんだよ。

我慢し続けることなんだよ。…ブランデーの代わりにバーボンを啜り、

消えてなくなりたい気持ちを煙草でおさえ、女の代わりに銃を抱いて、

かたいベッドで目を覚ます。…のしかかる疲労を泥のように濃いコーヒーで

ごまかし、不精髭をそる暇もなく、くたびれたコートを背負って、きしむドアを

今日もくぐる…

わかるか?ハァドボイルドってのはな、「やせがまんの美学」なんだ!

木場  !

大神  …By 大神 明。

木場  …・

大神  お前は、何も間違っちゃいなかった。お前が間違ったとすれば、

それはあの男の口車にのせられたことだ。

木場  …違う。俺はのせられてなんかいない。

大神  お前は、バーテンでいるべきだった。

木場  違う。

大神  瓶だけのバーボンに囲まれて、刑事に戻りたい気持ちをおさえ、

女を側におきながら、巻き込まないために遠ざける…お前は十分

ハァドボイルドだったぜ。うらやましいほどにな。わかるか木場!

お前はバーテンでい続けるべきだった!

木場  大神!

 

木場、銃を抜き、大神に向ける。

 

木場  …俺は…俺を否定する全てを許すわけにはいかない。

例えそれが法だろうと…お前だろうと。

大神  …それでいい。しょせん俺たちにはそれしかないのさ。

 

ゆっくりと銃を抜く、大神。

 

大神  言っておくがな…俺は日本に来てから、一滴の酒も飲まず、一本の

煙草も吸っていない。俺は今、最高にハァドボイルドだ。安易に過去に

逃げたお前に俺は倒せないぜ。

木場  相変わらず、口は達者だな。

大神  (笑)口だけかどうか、試してみるか?

木場  (笑)無論だ。

大神  …BRAKE IS OVER…(幕間が終り…)

木場  …NOW…IT‘S SHOW TIME! (そして今…幕が上がる!)

 

<前章へ>                         <次章へ続く>

 

  


GEKIDAN ATONOMATSURI SINCE 1991