劇団あとの祭り Vol.13

「ハァドボイルドの犬達」

作/福冨英玄

< 2章 再会 >

 

 

場所はもどって、最初のシーン。

紅坂探偵事務所の一室。

 

いいかげんコートを脱いだ小山田が、

一人ビデオなんか見てる。

 

ミサキ、バインダーをかかえて、戻ってくる。

 

ミサキ  恵子ちゃんは?

小山田  まだっスよ。

ミサキ  で、あんたのほうは?

小山田  調べましたよ。何にもなかったっス。

ミサキ  あ、そう。

 

ミサキ、机につく。

 

小山田  …どうでもいいですけど、カサブランカって、

コート着てられるほど涼しくないんだそうっスね。

暑くなかったんでしょうかね、ボギーは。

ミサキ  …。

小山田  ねえ、ミサキさん。

ミサキ  何?

小山田  そろそろ、何狙ってるか話してくれませんか?

ミサキ  …まだよ。恵子ちゃんが戻ったらね。

小山田  …信用ないんスねえ、俺。

ミサキ  口の軽さについてはね。

小山田  なるほど。(ビデオを取り出す。)

 

恵子、帰ってくる。

 

ミサキ  あれ、一人なの?

恵子  いえ、ドアの外に来てはいるんですけど。

ミサキ  入れていいわ。

恵子  あの…でも、ほんとに彼なんですか?

ミサキ  なんで?「いかにも」って感じじゃなかった?

恵子  でもあの人、何も聞いてないみたいなんですけど。

ミサキ  当たり前でしょ。聞いてたらこんな街、来ないわよ。

恵子  はあ…。

ミサキ  (外に)入って。

 

ドアが開く。

大神、立っている。あきらかに異質。

ドアの向こうは別世界。

 

大神、靴音と共に入ってくると、低くしゃべり始める。

 

大神  …例えば…塩をかけられたナメクジは、浸透圧の差で

体の水分を奪われ、やがては死ぬ。

…わかるか?脱水症状ってのは、危険な状態なんだ。

それだけは、覚えておいた方がいい。

 

大神、ハードボイルドに帽子をとる。

 

大神  …あっつー。

小山田  だったらコート脱げよ。

ミサキ  あんたが言うな。

大神  「これは俺の第二の皮膚だ。脱ぐわけにはいかないんだよ」

By石ノ森章太郎。

小山田  仮面ライダーだろ、それ。

 

大神、とった帽子を、小山田の頭にのせる。

 

大神  帽子掛けは必需品だ。覚えておくといい。

小山田  …おっさん。

大神  (銃を抜く)口のききかたに気をつけるんだな、ボーイ。

小山田  …。

 

大神、あたりを見渡す。

 

大神  …で、誰が「ある人物」さんなんだ?

 

一同、無言。

 

大神  とりあえず、聞かせてもらおうか。この冗談みたいな状況のわけ。

渋沢課長がいなくなったわけ。そして俺が呼ばれたわけ

全部だ。

ミサキ  新参者のくせに、ずいぶんな口のききようじゃない。

大神  生まれて初めての禁煙で、気が立ってるんだ。

手を出すと、かみつかれるぜ。

ミサキ  そうやって、いちいち濃いしゃべりかたしないでくれる?

大神  …。

ミサキ  大神 明…さんね。

大神  あんたが「ある人物」さんか?

ミサキ  もと刑事で、今探偵で、ついでにハードボイルドオタク。

小山田  (笑う)

大神  その言い方はよせ。

ミサキ  「おたく」って、もともとは「刑事コロンボ」の

吹き替えのマネからよね。

あんたもやってた口じゃないの?

大神  …(懐から煙草の箱を出す。)

小山田  !おい!

大神  禁煙パイプだ!文句があるか!

小山田  ありません。

 

大神、イラだちながら、禁煙パイプをくわえる。

 

恵子  (小声で)情けないわね。

小山田 (小声で)だって、目がマジなんだもん。

大神  …で?

ミサキ  そうね。自己紹介でもしましょうか。

大神  勝手にしてくれ。(禁煙パイプを吸う)

ミサキ  そこの娘が、橘 恵子。あんたを送ってくれた娘ね。経理担当。

恵子  あ、どうも。

大神  (無視)

ミサキ  で、そっちの、いかにも役立たずが小山田クン。雑用係。

小山田  …どもっス。

大神  (無視)

ミサキ  で、私が紅坂ミサキ。もと婦警。今探偵。

あなたをボスから買った女よ。

大神  !

ミサキ  あなたを入れて全部で4人。頭数としては一応そろったわね。

小山田  ?何の?

恵子 あんた、聞いてないの?

小山田  うん。全然。

恵子  信用ないのねえ。

小山田  悪かったな。

ミサキ  今から話すわ。(大神に)よろしい?

大神  …どうぞ。

ミサキ  …去年の初めに、どういうわけか麻薬取締法が強化されたわ。

習慣性のあるものには基本的には全て麻薬とみなし、

法の管理下に置く。その中でも特に煙草については、

真っ先に全面禁止になったから、「禁煙法」なんて

呼ばれてる。

大神  ちょっと待て。

ミサキ  ?

大神  俺は昨日飛行機で日本に来た。空港でもタクシーの中でも

吸っていたが別にとがめられやしなかったぞ。

ミサキ  そりゃそうよ。まだ、全国的に施行されたわけじゃないもの。

だから法っていっても、正確には条例って言うべきかしらね。

大神  ?

ミサキ  この街でだけ、通用してるんですよ。試験的に。

検問で言われませんでした?

大神  召喚状を見せたら、関係者通路から通された。

ミサキ  で、その後わざわざ、港までハァドボイルドに

漬かりに行ったわけね。

大神  やかましい!

ミサキ  ま、そんなわけで、とにかくこの街じゃ煙草すっちゃ駄目なわけ。

大神  ああ、そうかい。そりゃよかったな。平均寿命も延びるだろうよ。

俺は気に入らんが。

ミサキ  そうよね。そう思っている人も少なくないわ。だから多分、いえ、

ひょっとしたらもうすでに動き始めているのかもしれない。

そうなってからじゃ遅いわ。70年前と同じことになる。

小山田  なんのことです?

 

ミサキ、一度全員を見渡す。

 

ミサキ  1930年、シカゴシティ、禁酒法のしかれている中、

アル・カポネとシシリーマフィアは密輸と密売で

さんざんもうけたわ。なぜそんなことができたか。

みんなが求めていたからよ。今まではできたことを、

新しく禁止するのは、どこかに無理が生じるわ。

そして、無理は歪みを生み、法律は形骸化して、

警察でさえ、マフィアの支配下に下った。

そこで政府は切り札をつかった。

マフィアの息のかかっていない土地から刑事を呼び出し、

少数のメンバーでアタックチームを組んだ。

決して買収されない、決してマフィアと手を組まない彼ら…。

大神  「アンタッチャブルズ」。エリオット・ネス率いる、

超法規麻薬取締班。

最悪の30年代が生んだ、最高のハードボイルド神話。

ミサキ  そういうこと。

大神  まさかとは思うが…それをこの4人でやろうってのか?

ミサキ  「もと」とは言え刑事(大神)でしょ。もと警官(ミサキ)でしょ。

会計係(恵子)でしょ…。

大神  そうすると、こいつ(小山田)は銃の名手か?

ミサキ  全然。

小山田  撃ったこともないっス。

大神  …じゃ、こいつは何者だ?

ミサキ  …さぁ。

小山田  あ…ひょっとして、俺のじいちゃんがブラジル国籍の

ユダヤ人だからじゃないですかね。

ミサキ  ほんと?

小山田  ほんと。

 

大神、立ち上がる。

 

大神  話にならん…。

ミサキ  ?

大神  なんだか知らんが、好きにやってくれ。俺は抜ける。

ミサキ  どうして?そのために呼ばれたんでしょ?

大神  茶番につきあう気はない。ボスの行方も調べなきゃならんのに…。

ミサキ  ?渋沢課長なら、今朝電話があったわよ。

大神  !…そりゃ、かえって臭いな。

 

大神、出て行こうとする。

 

ミサキ  ちょっと、ほんとに抜けるの?

大神  「チームワークなんてなぁ、お子様ランチなんだよ」

Byジョー・ゴアス。

 

出て行く。

 

恵子  …禁煙パイプで、何、すごんでんでしょうねえ。

小山田  どうします?

ミサキ  追って。

小山田  え…。

ミサキ  追うの。早く。恵子ちゃんも、お願い。

恵子  え…ええ。

 

二人、出て行く。

 

一人残る、ミサキ。

ポケットを探ると、ジッポのライターを取り出す。

蓋を開ける。音。

 

ミサキ  …ま、再会なんて、こんなもんか…。

 

火をつけることなく、蓋を閉じる。

 

暗転。

 

 

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