劇団あとの祭り Vol.13

「ハァドボイルドの犬達」

作/福冨英玄

< 3章 旧知 >

 

暗転中

 

大神  事務所を出た俺は、まず真っ先にレンタカーで足を確保した。

車種はもちろんブルーバード、といきたかったが金がない。

名を口にするのもいやになる、どノーマルのリッターカーを

レンタルし、冷房をガンガンかけながら、街を流した。

落ち着ける場所が必要だ。

静かで、薄暗く、シックな雰囲気があり、できれば

煙草と大人の酒が飲める場所。

だが、街はコンビニとファーストフーズに占領され、

行き届いた都市計画のせいか、路地裏さえろくにない。

おかげで、やっとの思いで俺がその店を見つけた時には、

ちょうど日が落ちていた。

 

ドアの開く音。

明転。

 

所変わって、バー。

もちろん、「ハァドボイルド」なバー。

 

大神、入り口に立っている。

 

男が一人、黙々とグラスを磨いている。

女(ホステス)が、うさん臭そうな目で大神を見上げる。

大神、周囲を見渡すと、カウンターに近づく。

 

大神  …いい店だ。と、いうより、この街で「店」といっていいのは

ここだけだな。

マスター  そりゃ、どうも。

女  何にします?

大神  そうだな…。

マスター  「ベルモットを効かせたギブソン…」。

大神  !

マスター  …だろ?大神。

大神  …!お前…木場か?

 

間。

 

大神  おいおい…冗談はなしだぜ。

木場  久しぶりだな。

大神  「久しぶり」じゃないよ。風のうわさに警察やめたとは聞いてたが…

まさか、バーテンとは…。

木場  まぁ、いろいろとな。(女に)おい、エアコン最大だ。

女  は?

木場  いいから、いけ。

 

女=アイコ、エアコンを最大に効かせる。

 

大神  (アイコを見て)…あれは…?

木場  …やとってるんだ。…それだけだよ。

大神  …(笑)。

木場  まだ、探偵か?

大神  皮肉か?…って、俺が探偵だ、となぜ知ってる?

木場  こんな店は、このあたりには他にないからな。自然といろいろ

集まってくるさ。そういう話が、な。

大神  「情報屋」か?

木場  …高いぞ。

 

アイコ、戻ってくる。

 

アイコ  (小声で)誰?

木場  …昔の同僚だ。

アイコ  「昔」って、どの「昔」よ。

木場  …刑事だったころ。

アイコ  あ、その「昔」ね。(大神に)アイコです。よろしくう。

大神  ああ。

木場  奥、行ってろ。

アイコ  いいじゃない、別に。

木場  邪魔だ。

 

と、女客が入ってくる。

 

木場  客だ、行け。

アイコ  …ふーん、だ。

 

女客、奥の席へ。

 

アイコ、注文を聞くと、ジャック・ダニエルのボトルと

カットグラスを持っていく。

 

大神  (笑)…しかし、お前の店か。なるほどな。(笑)

木場  …笑うなよ。

大神  そりゃ無理な注文だ。…飲めるか?

 

マスター、少し考える。

アイコ、戻ってくる。

 

木場  …まぁな。

大神  ?…開店、まだだったか?

木場  いや。

大神  そうかい。…懐かしい顔に会えた…こんな日は

「ボギー」がいい…。

アイコ  ぼぎー?

木場  「フォアローゼス」のハイボール。ボギーことハンフリーボガード

扮するフィリップ・マーロウが好んだ、世界で一番

ハードボイルドなカクテルだ。そのくらい覚えとけ。

大神  仕事がうまくいかない。だから金がない。

そんな時だからこそ飲みたい。そういう酒だ。

木場  …(作る)。

アイコ  あの…ねぇ、いいの…。

 

木場、二つつくると、大神に差し出す。

 

アイコ  マスター!

 

大神、受け取ると、軽くグラスをあげて一気に飲み干す。

木場、遅れて飲む。

 

大神、吹き出す。

木場、まずそうに飲み干す。

 

大神  …木場…。

木場  (グラスを置く)

大神  冗談はなしだぜ。これ、ウーロン茶だろ?

木場  そうだ。

大神  おいおい…。

木場  大神…うちに酒はねぇよ。

大神  だって、お前、それ…。

木場  瓶だけだ。

大神  …。

木場  瓶だけ、なんだ。

大神  …(座る)

 

木場、自分のグラスを洗い始める。

 

木場  麻薬取締法が改正されて、煙草ほどじゃないが、

酒類も管理下に置かれてな。

一般の飲食店が酒類を扱うには許可がいるようになった。

…うちなんか飲食店経営許可さえ取ってないからな…

店の雰囲気は守りたかったし…

だから、瓶だけだ。…瓶だけなんだ。

大神  …。

 

大神、グラスを差し出す。

 

大神  …もう一杯だ。

木場  大神。

大神  もう一杯だ。今夜は「ボギー」がいい。

木場  …。

 

苦笑を交わす二人。

 

大神  煙草の次は酒か…やってられんな。ストレスたまる一方だ。

木場  (次を出しながら)ハードボイルドには暮らしにくくなったよ。

大神  全くだ。

 

再び、乾杯。

飲み干す、二人。

 

大神  …あの日以来だな、

木場  …ああ。

大神  3年前だ。この街で、麻薬取引の現場をおさえ、

俺は元締めをおさえにそのまま渡米した。

木場  シカゴに本部を持つ密売組織。ボスは「プリーチャー(説教師)」と

呼ばれる男だった。

大神  ああ。

木場  自首したそうだな。今じゃ刑務所で贅沢三昧だそうじゃないか。

大神  …らしいな。

 

間。

 

木場  …俺は、その次の日に辞表を出したよ。

大神  …なぜ。

木場  (一口飲む)…あれは、ひどい事件だった。一般人、

警ら中の警官を巻き込んでのドンパチ…

相手はマシンガンまで持っていた…俺は思ったね、

「もう、たくさんだ」ってな。

大神  …。

木場  すまんな。

大神 別に。

 

間。大神、一口飲む

 

大神  ところで、木場。

木場  ん?

大神  後ろの客は、どういうつもりで銃なんか持ってるんだ?

客  !

 

うしろの客、振り向かず、ゆっくりと立ち上がる。

 

大神  (振り向かず)手入れもいいが、ほどほどにした方がいい。

オイルの匂いがする。

客  …そうですか。以後気をつけますわ。

 

客、バッグから銃を出す。

 

大神  やめときな。少なくとも片方は怪我をする。

客  …全ては御心の赴くまま…。

大神  …聖書か?「言っておくが俺は強いぜ。あんたが飲(や)ってる

テネシーバーボンとはわけが違う」By北方謙三。

 

客、コンパクトを出すと片手で開く。

大神、なみなみとつがれたグラスを持ち上げる。

肩越しに相手の位置を確かめる二人。

木場、アイコと共に隠れる。

 

張り詰める雰囲気。

緊張が高まりきった瞬間、互いに背を向けたまま、

肩越しに相手の方に発砲する。

 

銃声×2

2発とも見当違いの方に着弾。

 

客、ドアの方へ逃げる。

 

と、小山田、飛び込んでくる。

しかし、軽くあしらわれる。

 

逃げる客

 

大神  …なにやってんだ、お前。

小山田  うるせえな。通りすがりだよ!くそったれ。

 

木場、出てくる。

 

木場  悪いな。時々ああいうのが来るんだ。大丈夫だったか?

大神  こっちこそ、すまん。壁に穴あけちまった。アントニオ・バンテラス

のようにはいかんな、やっぱ。

木場  勘弁してくれよ。大事な店なんだ。

大神  だからあやまってる。…だいたい、お前が相手してやりゃ

良かったんだよ。

木場  刑事やめてから、銃は撃ってないんだよ。お前こそ、

刑事やめたくせに、なんで銃なんか、持ってんだ。

大神  ま、いろいろとな。

 

恵子、入ってくる。

 

恵子  小山田くん、大丈夫?

小山田  だから、やだって言ったんだよ。向いてないんだよ、こういうの。

恵子  じゃ、何にむいてるのよ。

小山田  悪かったな!

大神  おい。

 

振り向く二人。

 

大神  何やってんだ、お前ら。

小山田  …銃声が聞こえたから、助けに来たんだよ。

 

大神、吹き出すと、笑う。

 

小山田  笑うことないだろ。

恵子  そうよ、一応、これでも、一生懸命だったんだから。

小山田  …フォローになってないよ。

大神  (まだ笑っている)悪かった。木場、こいつらに、なんかやってくれ。

木場  何かはいいが…何もないぞ。

大神  いいさ、ボギーで。

木場  …知らんぞ。

 

木場、あっという間に作って、小山田、恵子に出す。

 

木場  (出す)

大神  (受け取る)ほら、まぁ飲みな。

小山田  (飲む)!

恵子  (飲む)!何これ、まっずー。

大神  (笑う)…帰って、紅坂に伝えてくれ。「さっきのは無しだ。」

恵子  え?

大神  気が変わった。俺も協力しよう。というより、協力が必要だ。

なんなら、さっきのことはあやまってもいい。

小山田  なんだよ、いきなり。

大神  別に…明日、事務所に行く。帰って、そう伝えてくれ。

恵子  …「帰って」伝えるわけね。

大神  ああ、そうだ。

恵子  …行こか、小山田くん。

 

恵子、去る。

 

小山田  言っとくけどな、お前の命令を聞く義務なんか、

無いんだからな!

 

小山田、去る。

 

大神と木場。

 

大神  出直すよ。バタバタして、悪かった。

木場  いや。

 

去りかける、大神。

 

大神  …ところでな、木場。

木場  ん?

大神  一つ聞きたいんだが…一番早い取引は、いつ、どこだ?

木場  …それを俺に聞くのか?

大神  ロハでな。

木場  (苦笑)…今夜だ。7番倉庫。大きい取引じゃないぞ。

警察も手は出さないつもりらしい。

大神  そうかい。そりゃ好都合だ。

木場  一人でやるのか?

大神  俺はその方が気楽だがね。

木場  …さっきの連中か。

大神  まぁな。

木場  ま、せいぜい気をつけてな。

大神  「ちっちっち。トラブルのない人生なんざ、願い下げだぜ」

木場  お前は宍戸錠か!

 

去る、大神。

 

音楽。

 

アイコ  濃い人ねえ…。

 

暗転。

 

 

 

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