劇団あとの祭り Vol.13

「ハァドボイルドの犬達」

作/福冨英玄

< 7章 過去 >

 

 

バー。

 

アイコ  …で、首から趣味の悪いクロス下げててさ…そう。じゃ、

つかまったら「早く店に戻って」って言ってくれない?

 

ドアが開く。ミサキ入ってくる。

アイコ、顔を向けるが、電話は続ける。

 

アイコ  …ありがと(切る)。

ミサキ  ごぶさた。

アイコ  ホントよ。何してたの?

ミサキ  ちょっとね。

アイコ  なによ、それ。…何、飲む?

ミサキ  ウーロン茶。

アイコ  そうストレートに言わないでよね。これでも雰囲気売ってるんだから。

ミサキ  (笑)…じゃ、ローゼスの40をロックで頂戴。

アイコ  毎度。

 

アイコ、自分の分と、二つ作る。

 

ミサキ  …マスターは?

アイコ  お出かけ中。

ミサキ  あら、めずらしい。どこ行ったの?

アイコ  それがわかんないのよね。

ミサキ  ふぅん…そう、いないの…。

アイコ  「仕事」のこと?

ミサキ  まぁね。

アイコ  私でも、少しはわかるけど?

ミサキ  …でも。

アイコ  お代はとらないわよ。

ミサキ  (笑)…運び屋をあたってるんだけど、どうもね…みんな忙しそうなのよね。

何かあるのかな、と思って。

アイコ  私としては、どうしてミサキさんが、そんなことに興味を持ったのか、

そっちの方が気になるけどね。

ミサキ  別に。

アイコ  そういえばさっき、港がとうとか…

ミサキ  企業秘密。守秘義務ってやつよ。

アイコ  そうやって、難しい言葉使わないでしょ。私、頭悪いんだから。

ミサキ  頭悪い人は、普通そんなに鋭くないわよ。

アイコ  ふふん…で?

ミサキ  私が聞いてるの。何か知らない?

アイコ  知らなーい。マスーに聞いて。

ミサキ  …いい年こいて、そういうのやめたら。

アイコ  うっさいわね!30女に言われたかないわよ。

ミサキ  失礼ね。まだ20代よ。

アイコ  秒読みでしょ?

ミサキ  自分だってサバよんでるんでしょうが。ホントはいくつなのよ。

 

間。

二人、にらみ合う。

 

ミサキ  …話題、変えない?こういうのって「かさぶたのはがしあい」だわ。

アイコ  …そうね。

 

二人、飲む。

 

アイコ  …あ、そうだ…。

ミサキ  ?

アイコ  ちょっと待っててね。

 

アイコ、奥へ行く。

瓶を手に、戻ってくる。

 

アイコ  じゃーん。

ミサキ  ?何?

アイコ  とっとき。

 

アイコ、ロックにして出す。

 

アイコ  はい、もう一杯。

ミサキ  ?…ありがと。

 

ミサキ、飲む。

 

ミサキ  !…これ…本物?

アイコ  いいでしょ。

ミサキ  こんなもの、どうやって…あんた、まさか…。

アイコ  ぶー。残念でした。これは麻薬取締法が変わる前から持ってたんですぅ。

だから、あたしの。

ミサキ  貴重品じゃない。

アイコ  だって、マスターのいるとこで開けたらさ、ついであげなきゃ

ならないじゃん。そしたら、あの人飲み干しちゃううもん。

こんな日じゃないと、分け前減っちゃうし。

ミサキ  …もらっていいの?

アイコ  いいよ。おごったげる。一人で飲んでもしょうがないもの。

ミサキ  …なんか複雑なのね。まぁ、いただくわ。

アイコ  乾杯。

ミサキ  ん、乾杯。

 

間。

 

ミサキ  うまくいってるの?

アイコ  マスターと?全然。

ミサキ  そ。

 

間。

 

アイコ  そっちこそ、どうなのよ。

ミサキ  どうって?

アイコ  知ってるもんねー。ミサキさん、煙草吸わないくせに、ライター持ってるもんねー。

ミサキ  あ…あれは…。

アイコ  男のものと見たね。

ミサキ  違…そういうんじゃないわよ。

アイコ  じゃ、なんなのよ。

ミサキ  …預かり物よ。

アイコ  だから、男からなんでしょ?

ミサキ  いや…まぁ、そうだけど。

アイコ  そうなんじゃない。

ミサキ  …だから…私がね、婦警だったじゃない。その時に…ほら、

ちょうどさ、麻薬取締法が変わる直前に、港で銃撃事件、あったじゃない。

アイコ  ああ、マスターが刑事辞めた時のやつね。

ミサキ  …そうなの?

アイコ  らしいよ。

ミサキ  ふぅん…で、その時に、私もいたのよ。「警ら中に巻き込まれた警官」って、私。

アイコ  …そうなの!?

ミサキ  うん。

アイコ  だいぶ死んだんでしょ?あの事件。よく生きてたね。

ミサキ  そりゃね。8人て言やあ多いけど、1割未満って言えば

生きてて普通って感じだしね。

アイコ  ふぅん。

ミサキ  でね。その時に、居合わせた麻薬捜査官の人から、預かったの。

アイコ  あぁあぁあぁ、あれね。「必ず受け取りに来る。

だからそれまで大事に持ってろ」ってやつね。

ミサキ  そういうやつ。

アイコ  …ホントに?…だっさー。

ミサキ  その後に「…高かったんだからな。」って言うのよ。正直、どうしようかと思った。

アイコ  で、その人のことが忘れられなくて持ってるんだ。ミサキさんって

案外男のセンス、悪いねぇ。

ミサキ  律儀なのよ、私は。

アイコ  どうだか。

 

二人、飲む間。

ミサキ、左の胸ポケットに手をやる。

ミサキ、事務所にライターを置いてきたことに気付く。

 

ミサキ  !…ごめん。急用思い出しちゃった。

アイコ  あ、そ。

ミサキ  帰っていい?

アイコ  いいよ。

ミサキ  悪いわね。せっかくごちそうになったのに。今度、埋め合わせするわ。

アイコ  マスターのいないときにね。

ミサキ  (笑)…じゃあね。

 

ミサキ、去る。

 

間。

 

アイコ、グラスの残りを飲み干す。

ドアが開く。

 

アイコ  !

 

マスター、帰ってくる。

その後ろから、女=一瀬も入ってくる。

 

木場  しつこいな、あんたも。断ると言った。何度も言わせないでもらいたいな。

一瀬  それは、あなたの方でしょう?十分にお礼はすると言っているじゃない。

木場  勘違いするな。うちは酒場だ。

一瀬  酒も置いてないのに?

木場  酒場は「酒」を売ってるわけじゃない。「場」を売ってるのさ。

一瀬  …。

木場  悪いが、組織でのあんたの立場がどうなろうと、俺の知ったことじゃない。

一瀬  そう。

木場  帰ってもらおうか。客としてなら、また来るといい。

一瀬  そうね…そうさせてもらうわ。

 

一瀬、去ろうとする。

 

去り際、懐(?)から紙包みを出し、

それと、下げていたクロスを置いていく。

 

アイコ  あの…お客さん?

一瀬  …。

 

去る。

アイコ、包みをとって、開けようとする。

 

木場  アイコ。

アイコ  …(木場に持っていく)

 

木場、包みを開ける。

中から出てきたのは銃。

 

アイコ  !

 

木場、慣れた手つきで、弾装を確認する。

 

アイコ  マスター…。

木場  (クロスを彫ってある字を読む)…「青き馬を見よ…そにまたがる者の名は

“死” 。その後には…闇が従う。…黙示録。

アイコ  …。

 

ドアが開く。

大神、入ってくる。

びっくりする、木場、アイコ。

 

木場  !…大神。

大神  いたか、木場。女は?

木場  出てったよ。ついさっきな。去り際に土産までもらった。

大神  …それを、その女が?

木場  ああ。ものはいいぞ。

大神  木場、その女な…。

木場  知ってるよ。プリーチャーの手下だった。下っ端だな。

大神  そうか、やはりな…。

木場 傑作だったぞ。久々に笑わせてもらった。

大神  ?

木場  …金をやるから…お前を殺せとさ。

 

間。

 

大神  やってみるか?案外「2度死ぬ」かも知れないぜ?

木場  ジェームズ・ボンドじゃあるまいし。

大神  (笑う)

木場  …やつらの話にのる気はないよ。それだけは言っておく。

大神  そうかい。それを聞いて安心した。

木場  飲んでくか?

大神  …やめとくよ。そんな気分じゃない。

木場  そうか。

大神  じゃあな。

 

大神、去る。

 

アイコ  …マスター…。

木場  アイコ。フォアロゼなんか、どこから持ってきた?

アイコ  え?

木場  瓶を隠しても、匂いでわかる。

アイコ  あ…ええと、別に隠してたわけじゃ・・・。

木場  アイコ。

アイコ  !

木場  …俺に隠し事をするな。

アイコ  …。

木場  奥に行ってろ。

アイコ  …怒った?

木場  行ってろ。

アイコ  …うん。

 

アイコ、去りかける。

木場、一人残る。

 

木場、銃を弄ぶ。そのうちに忘れていた感覚が、わずかによみがえる。

 

木場  プリーチャー…か…。

 

銃をもてあそぶ木場。

 

その様子を、肩越しに見ているアイコ。

暗転。

 

 

 

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