P‐0 〜 preludes 〜 ささやかな前奏曲 どこでもない空間 数人の男達が、いる。 男達は、奇妙に統一された格好をし、思い思いにすごしている。 なにやら、会議の始まる前の雑談のようなざわめき。 そこへ、他の連中より、幾分立派な格好をした男(M)が入ってくる。 M  さぁ、ミーティングはじめるぞ。 一同、いずまいを正し、男から書類束を一部ずつもらい、読む。 M5  今回は? M  まぁ、いいから読め。 と、書類束を見ていた一人が… M4  !…ちょっと…これマジですか? M  ああ…まぁな。 他のメンバーも、ざわめきだす。 M3  まさか…。 M  ああ。今回の標的は「終わりの始まり」だ。 M2  !それを、このメンバーだけで?冗談じゃない。 M  無理は承知の上だ。 騒ぎ出す一同。 M、大きな音を立てて、一同を制する。 M  …とにかく、今回はこの作戦に従うように、との「上の判断」だ。何か質問は? 一同  …。 M  よろしい。では諸君…はじめようか。 男達バラバラに散ると、ジャケットやスーツケース、帽子などを身につけ、袖と舞台を言ったりきたりしながらテーブルの準備をし始める。 M、それを見ながら、懐に手を入れ、真っ白い細い棒を取り出す。 タクトだ。 M、架空の指揮台を、手首を効かせて2度叩く。 M、ゆっくりと手をあげて、構える。そして、例の芝居がかったタメから、タクトをはじきあげると、ピアニシモではじまる小太鼓のリズム。それに続いてフルートで提示されるシンプルな主題…。 この幾何学的とも言える単調な曲は、こうして、ゆっくりゆっくり幕を開ける。 P‐1 〜 adagio 〜  大河の下流のごとく穏やかに、ゆっくりと。 喫茶店。 ちょっと不思議な感じのする店である。 調度は、シンプルと言うより偏執的に統一されたデザインでまとめられている。 数人の客がいるが、それら全員が制服のように、似たようなデザインでまとめられていて、客すらもがインテリアのようだ。 そして、店の奥には、大きな柱時計がおいてある。 店内には、ピアノ曲が静かに静かに流れている。 中央のテーブルに、そこだけ普通の男女が向かい合って座っている。 男は、新聞を読んでいる。顔は見えない。 女が、うつらうつらしているところを見ると、かなり長い時間そうしているのだろう。 客の一人が、ゆでたまごを頭突きで割っていたりする。痛そう。     やがて、客が一人立ち上がる。 ウエイトレスがよってくる。 客は代金を支払うと、帽子をかぶり、持っていたスーツケースを 持って、店を出ようとする。 ごん ケースは女の頭を直撃する。 女、目を覚ます。 男の方を見ると、まだ新聞を見ている。 女  …。 やがて、ウエイトレス(W)が飲み物を運んでくる。 W、置く。一礼して去る。 女、男の様子を見ながら、ブラックのまますする。 やがて、男、新聞から少し顔を離し、怪訝な顔で女を見る。 男  …あのさ。 女  何? 男  ラベルってのは? 女  …は? 男  値札なわけ? 女  ううん。 男  …。 女  ラベルじゃなくて、ラベル。ラヴェルって方が近いのかな。 男  で、それがなに? 女  人名。作曲家。「展覧会の絵」とか。 間。 男、新聞に目を向ける。そして再び… 男  ボレロって、服だろ?あ、帽子だったかな? 女  それもあるけど、そういう曲があるの。 男  …。 女  ちゃーーーーーちゃららららら、ちゃっちゃららーー…って、ほら車のCMで。 男  ああ、ちょっと分かった。 女  すごい曲だよね。 男  ああ、そうなの? 女  ずーーーっと、同じモティーフを繰り返すんだもの。あっと、だからずーっと同じメロディなわけ。 男  …それってすごいの? 女  うん。だって良く飽きないなって思わない?やる人も、聞く人も。…作る人も作る人だよね。 男  …。 女  小太鼓のひとなんて大変だよ。ずーーっと同じなんだから。てん、ててててん、ててて てん、てん、… 男  水戸黄門? 女  え? 男  だから、水戸黄門のテーマ。 女  …ああ…にてるねぇ。 男  ということは、水戸黄門のテーマはボレロであるということ? 女  いや、それは違う。 男  …。   間。 男、再び新聞を見る。 男  サティってのも、作曲家なわけだな? 女  うん。「ジムノペディ」とか、「グノシエンヌ」とか。ちゃららんちゃんちゃらーんちゃらーんって…。 男  ああ、中京テレビの。 女  そうそう。 男  はぁん。 女  あと。「なまこのかんそうたいじ」とか。 男  …何? 女  なまこの… 男  なまこって、あの、三杯酢であえる? 女  うん、それ。 男  …の、何だって? 女  かんそうたいじ。 男  …何それ? 女  さぁ。乾いた赤ちゃんなんじゃないの? 男  (漢字を想像する)…乾燥胎児ね。 女  「甲殻類の乾燥胎児」って曲もあるのよね。 男  有名なの、それ。 女  全然。 男  …(怪訝な顔)。 女  (のんきにコーヒーすすってみたりする。) 間。 男  なまこってのはお前…棘皮動物だよ? 女  ああ、そうなの? 男  うん。ほ乳類じゃないんだ。脊椎動物ですらないんだから。 女  だろうねぇ。背骨、無さそうだねぇ。やらかいもんねぇ。 男  ましてや雌雄同体なんだ。一匹に男のも女のもついてる。 女  へぇ…で、だから? 男  なんで「胎児」なの? 女  …。 男  多分、子供生まないよ、彼ら。卵は生んでも。 女  …。 男  ちなみに胎生の甲殻類ってのも聞いたことがない。 女  …へんだねぇ。 男  …それだけ? 女  だって、あたしが作った曲じゃないもん。 男  …ごもっとも。 間。 男、考える。 それをよそに、女、勝手にしゃべる。 女  なまこって言やぁさ。あれ、おいしかったねぇ。あの、何てったっけ?なまこの内蔵。 男  このわた。 女  それそれ。お寿司屋さんって、お店で食べると楽しいねぇ。 男  …。 女  今度、また、行こうね。 男  …ああ、いいよ。…うん、いいんだ、寿司屋は。寿司屋はいいんだけど。 女  …何? 男  …ボレロって水戸黄門だっけ? 女  なんかシュールな質問ね。ええと、似て非なるものかな。 男  ああ、そうか。 女  うん。 男  で…聞きに行くの?…なまことそれと。 女  うん。 男  高いんじゃない? 女  S席1万8千円。 男  …寝ちまうんじゃない? 女  あはは。そんなこともあったねぇ。 男  俺もお前も、そういうの、眠くなる質だから。 女  でもね。そういうの聞いて眠くなるってことは、それだけ心地よいと感じてるってことなんだよ?だからそれだけ、体の奥の方が求めてるんだよ、そういうの。 男  ほほぉ。 女  でね。チケットはね、手に入れちゃってあるのよ。それ(新聞)にも書いてるでしょ?引退記念の特別公演だから、つぎの機会ってないし…。 男  買ったの? 女  うん。 男  すでに? 女  うん。多分あっという間に完売だろうから。 男  …ま、お前がクラシック、好きなのは知ってるつもりだけど。 女  長いつきあいだもんね。 男  でもさ。 女  何? 男  …公演日、見た? 女  うん。見たよ。 男  10月21日だ。 女  うん。そうだねぇ。 男  お前…この日、式の日だって知ってる? 女  うん。 男  …知ってるの? 女  うん。 間。 女  大丈夫よ。式って5時頃終わるんでしょ?公演6時半からだもん。で、フライトが11時でしょ?大丈夫だって。 男  片づけとかあるだろ?。 女  ちゃっちゃとやれば、大丈夫だって。 男  ちゃっちゃと、って…。 間。黙り込む男。 女  大丈夫? 男  いや…俺の人生、それなりに栄光と挫折があったと思うんだけどさ。 女  ? 男  まさか、ついに結婚という段にきて、「似て非なる水戸黄門」と「なまこ」によってしてやられるとは誰が想像できたろう? 女  あの、あたし別に式を早めようとか、そういうふうには…。 男  いや、いい。そういうんじゃないんだ。 間。 男、懐を探るが…。 男  悪い。たばこ買ってくるわ。 女  あ、うん。 男、入り口の方へ。 見送る女。 男、背中越しに女の方を見る。 男  …。 男、出ていく。 女、ゆっくりとテーブルに向き直る。 女  しまった。…切り出し方をまちがえた。 間。 女  まいったなぁ…。 と、ドアの外で派手な衝突音! 女  ? ざわめき やがて、通りがかりの人が店に飛び込んでくる。 通行人 すいません、電話、貸して下さい! W (電話器を示す。または子機を渡す。) 通行人 (119)…もしもし、交通事故です…トラックにはねられて意識が… 女  え? 通行人  …いま別の人が見てますけど、出血がひどくて… 女  ! 女、はっとして立ち上がると、ドアの方を見る。 女  え? 店に流れていたピアノ曲、次第に大きくなる。 女  うそ…。 店に立ちこめる不穏な空気。 女  うそ!! 暗転。 P‐2 〜 stretto 〜 神経質に、せきこんで。  明転。 女  …へ? 女、席を立ったまま。 しかし、それ以外は、冒頭のシーンに戻っている。 テーブルには、まだコーヒーが運ばれていない。 客の一人が、相変わらず頭突きで卵を割っている。 そして、テーブル向かいには男が座り、やはり新聞を読んでいる。 女  …。 女、狐につままれたような顔で座る。 スーツケースの客が通りかかる。 ごん 女  …っつ〜。 ?  おまえなぁ。2回目なんだから、受けるか、よけるかしろよ。 女  そうね。我ながら情けないわって…え? 女、振り向く。 女の後ろの方に座っていた客が一人、帽子のつばをあげてみせる。 男  よう。 女  あれぇ?うそ、なんで? 客達  Shi〜〜〜。 女  あ、すいません。 女、黙る 男、よってくる。 女  何?いったいどうなってるの?あなた…さっき、血まみれだったのよ? 男  うん。だから、ほら。 男、帽子を取ってみせる。 バカみたいにマンガチックな輪っかがついている。 女  …うそ。 男  まぁ、そういうことなんだよ。俺も考え事してたしな。向こうの車もさ、パンクだったんだって。不可抗力だよな。 と、女の向かいに座っている男(男2としておきましょう)足を組む。 男  あ、やべ。 女  え?じゃ何?この人(男2)誰? 男  俺。 女  じゃ、あなたは?何?何なのいったい? 男  いいから、落ち着け。時間がない。 女  うん。分かった。落ち着く。(と言っただけ) 男  いいか。とにかくだな、さっき…てのも変だけど…俺が事故にあった時間から10分くらい前に戻っているんだ。 女  タイムスリップってやつ? 男  厳密には違う。その手の言葉を使っていいなら、パラレルワールドの方が近い。 W、ホットコーヒーでなくアイスコーヒーを置き、一礼して去る。 女  …。 男  な。 女  …えぇと…。 男  いい。時間がないから、タイムスリップでも何でもいいから分かった振りをしろ。 女  うん。分かった。納得。OK。 男  で、とにかく俺が事故に遭わないようにしてくれ。 女  俺って…あなた? 男  ううん。向こうの俺。 女  向こうって…。 女、振り向く。 男2、ばさばさと音を立てて新聞をたたむ。 ひどく機嫌が悪そうだ。神経質な感じがする。 女  (おもいっきし怪訝な顔)…(男に)顔が違うんですけど。 男  この世界の俺だからな。もといた世界とは違うって。 女  ? 男2、たたんだ新聞をぱんっとテーブルに置く。 女  ! 男2、目頭を押さえながら考え事をしている。 男  とにかくあいつをしばらく店から出すな。そうすりゃ事故には遭わない。 女  え、ちょっと。 男  頼む。助けると思って。まじで。 女  まじでって…。 男2  幾つか… 女  はい! 男2  幾つか質問したい。 女  どうぞ。 男2  ズンドコというのは… 女  …は? 男2  合いの手なのか? 女  …ええと…。 男2  ソーラン節という民謡がある。 女  あるねぇ。や〜れん、そ〜らんってやつ。 男2  よさこい節というのもある。 女  あるねぇ。 男2  …とするとだ。 女  うん。 男2  ズンドコ節のズンドコも合いの手ということだろうか。 女  ズンドコ節?ドリフの? 男2  ドリフ?(再び新聞を読む)…なるほど、ザ・ドリフターズと書いてある。 女  ああ、それなら、そう、合いの手って言えばそうだねぇ。ズンズンズンズンズンズンドッコッってやつね。 男2  …ずいぶんとご陽気な歌だ。 女  そうねぇ。ドリフだからねぇ。 男2  そうなのか? 女  コミックバンドだからねぇ、もともとは。 男2  コミックバンド。 女  そう。知らない? 男2  あいにくと、そういったものにはあまり興味がないもので。 女  ふぅん(男に)中身もずいぶん違うねぇ。 男2  で…それを聞きたいと? 長い間。 女  …はい? 男2  10月の21日に? 女  …。 男2  君という女は、我々の挙式当日の、10月21日に、式が終わったその足で、よりによってドリフのズンドコ節なるご陽気な曲をライブで聞きたいと。そういいたいわけだな? 女  (男に)…そうなの? 男  らしい。 女  (男2に)そうです。多分。 男2  君の趣味についてとやかく口をはさむつもりはないが。 女  はぁ。 男2  よりによって当日とは…(新聞を見る)…いかりや長助追悼記念とある。 男  追悼? 女  うそ。 男2  この、唇の大きい男が、いかりや長助だな。 女  たぶん。 男2  …間抜けな顔だ。 女  まぁね。 男2  「サザエさん」のアナゴくんのようだ。 女  変なこと知ってんのね。 男2  これはあれだ。いわゆるたらこ唇というやつだ 女  そうだねぇ。 男2  たらこというのはスケトウダラの卵だ。 女  ?…そうだねぇ。 男2  アナゴなのにスケトウダラというのはおかしいじゃないか。 女  え? 男2  しかも。たらこがスケトウダラの卵を指すのであれば、たらこを構成する一粒一粒もまたたらこと言いうるのではなかろうか。現にたらこのふりかけでは一粒ずつばらしてあるではないか。 女  …。 男2  とするなら、たらこ唇とはおちょぼ口を指す形容表現とも言えるはずだ。にもかかわらず、太い唇をして「たらこ唇」というのはおかしいじゃないか。 女  …はぁ。 男2、荒く息をつき、お冷やを一口飲む。 女  …このひとってさぁ。 男  何? 女  あんまりあなたに似てないと思ってたけど、いちゃもんのつけかただけは似てるねぇ。 男  そう? 女  うん。なんとなく。 男  …そりゃまぁ…なぁ。 女  ? 男2  失礼、柄にもなく興奮してしまった。 女  あ、はぁ。 男2  つまり君は、僕との結婚式よりも、この男に捧げるズンドコ節なるコミックソングをとると、そういいたいわけだな? 女  …そうなのかなぁ。 男2  そうだろう?式の後には片づけもあるし…。 女  ああっと、ちゃっちゃとやれば…。 男2  「ちゃっちゃと」?今「ちゃっちゃと」って言ったか? 女  あの…。 男2  つまり君は、僕と君の一生の記念となるであろう式を、ちゃっちゃと片づけたいというわけだな? 女  !…そんなこと…。 男2  それもよりによって、このたらこ唇の愉快な男のためにだ。 女  言ってないでしょ、そんなこと! 男2  僕の人生、それなりに栄光と挫折を味わったが、この段にきてズンドコ節といかりや長助にしてやられようとは、誰が想像し得ただろう? 女  あたしだって微塵も想像もしてなかったわ! 男2  何が? 女  ボレロなの!あの曲じゃなきゃだめなの!ズンドコ節のことなんて知ったこっちゃないわ! 男2  君が言い出したんだろう! 女  知らない。 男2  君が… 女  知らない! 男2  …そうか。ならもういい。 男2、席を立つ。 女  あの…。 男2  たばこを買ってくるだけだ。待っていてくれ。 女  …。 男2、去る。 男  おい。 女  何?…あ! 衝突音。 女  …ちゃ〜。 男  あちゃ〜じゃないよ。頼むよ本ト。 女  だって…。 男  何。 女  …やっぱ…まずかったなって思って。 男  何が。 女  怒ってたでしょ? 男  …何が? 女  あなた、何で自分がたばこ持ってないか、覚えてる? 男  ? 女  禁煙してたんだよ?式まではって。 男  !…知ってたのか。 女  分かるよ。そんくらい。 男  …そっか。 間。 女  どうしよう? 男  ん? 女  助けると思ってって言ってたじゃない。 男  ああ。 女  これって、助けられなかったってこと…だよね。 男  まぁ、いいって… 男、柱時計の方へ。 男  今度は、がんばってくれりゃあ。 女  …今度? 男  次、いってみよう。 男、むき出しの柱時計の針を、ぎりりと回す。