劇団あとの祭り 上演台本 BYPLAYERは死なない 作 / 福 冨 英 玄 P・0 次元管理局本部 局員 シュドウ、登場。 周囲に気を配っている。 すると、他次元の連絡ゲートからヤマザキが帰ってくる。 ヤマザキ  …ったく…これじゃ何しに重装備で行ったんだか、わかんないじゃないか… その程度でいちいち中央呼び出すんじゃないよ。 ヤマザキ、シュドウに気付く。 ヤマザキ  シュドウ。 シュドウ  …ヤマザキ。 ヤマザキ  久しぶりだなあ。…頑張ってるそうじゃないか。階位あがったんだって? シュドウ  …まあな。 ヤマザキ  6次元天精霊か…やってくれるよな。俺なんか…。 シュドウ  すまん。 ヤマザキ  ? シュドウ  …急いでるんだ。 ヤマザキ  …あぁ。悪い。悪い。 シュドウ  じゃあ。 ヤマザキ  ああ。 シュドウ  ヤマザキ。 ヤマザキ  ん? シュドウ  …俺に付き合う気はないか? ヤマザキ  ?…どこまで? シュドウ  行けるところまで。 ヤマザキ  ?…そうだな。…帰還報告出し終われば、あとはヒマだけど。 俺、仕事ため込んでいるから…。 シュドウ  いや。いいよ。なんでもない。忘れてくれ。 ヤマザキ  ?…そうか? シュドウ  じゃあ。 去りかけるシュドウ。 ヤマザキ  おい。そっちは3次元のゲートだぜ。4次元はあっちだろ? シュドウ  いや。…ここでいいんだ。 シュドウ、ゲートに入る。 機械音  警告…警告…次元許容量を超えています。 ヤマザキ  シュドウ…おい、シュドウ! シュドウ、笑いを浮かべる。 ゲートから去るシュドウ。 警報 放送  全局員に緊急指令。…3次元ゲートが強制使用された模様。 逃亡者の恐れあり。… 待機レベルD以上の全局員は、中央司令室に集合せよ。 対次元震防御。第三区画の全壁閉鎖します… ヤマザキ、シュドウの去った方へ、おもむろに駆け出す。 無人の舞台。 警報は長く続く。 P・1 山崎  「いっそ消えてしまえたらいい。」そんなことをわけもなく思ったことはないでしょうか。 今の私がそう考えています。理由なんかありません。わけもなくそう思ったのです。そして、 私はそれをわけもなく実行しようと思います。これは事故ではありません。ましてや誰かの せいでもありません。この世に生を受けた私が、この世から去るという、ただそれだけのことなのです。そして、ただ一つはっきりしていることを言えば、たとえ理由はなかったとしても、それが私自身の意思によるという、その一点に限ります。…もしもこの世に神というものが存在するなら、どうか次は人でないものに生まれますように。…そして、お父さん、お母さん、またもしいるのなら私を愛してくれたその他の人々へ。どうか、先立つ不幸をお許しください。 山崎、遺書を置き、靴を脱ぎ、丁寧に揃えると、深呼吸して割とあっさり飛び降りる。 マンガチックな落下音。 なかなか音が切れない。 山崎  …しかし…飛び降りてから地上まで、こんなに長いとは思わなかったな。もうちょっと低いビルにすりゃよかった。…いやいや、でもそれで死にきれなかったら、それこそさらし者だよな。警察とか、消防署とか。、マスコミなんかも来ちゃったりするかも知れないし…あ、待てよ、遺書なんか読まれたりなんかした日にゃあ、恥ずかしくて生きてられないよな…死ぬつもりで書いてんだからさ…やばいな、俺、死ねるかな…にしても長いな。…飛び降りって、途中で意識なくなっちゃうって聞いていたのに、そんなことないじゃないか。このまま地上にぶつかったら痛いかな。やだな、俺痛いのダメなんだ。こんなことなら睡眠薬にすればよかったな…あーあ、退屈退屈…いっそ誰かもう一人落ちてこないかな。 と、もう一つの落下音。 山崎  え? 落ちてきたのは男二人、ヤマザキとシュドウである。 ヤマザキVSシュドウ、ビームサーベルないしSF系の剣でもっての剣劇 ヤマザキ負け気味 ヤマザキ  もうよせシュドウ、まだ間に合う。俺と帰ろう。上層部だってわかってくれる。 シュドウ  ふざけるな!今さら許しを乞えというのかヤマザキ! 戦闘シーン シュドウの攻撃をすんででかわすヤマザキ ヤマザキ  やめてくれ、シュドウ。 シュドウ  命乞いか? ヤマザキ  お前を傷つけたくない。 シュドウ  !…この期に及んで正義面か、虫唾が走るぞヤマザキ! 戦闘シーン ついに、致命的ダメージを腹に受けるヤマザキ シュドウ  勝負あったな…死ね! 山崎  あぶない! シュドウ  え? 一瞬ひるむシュドウ その隙をついてヤマザキ最後の一撃 シュドウ  …くそ、ぬかったか… 去るシュドウ、ひざを突くヤマザキ 山崎  あのーもしもし?大丈夫? ヤマザキ  ダメだ…全然大丈夫じゃない…あーくっそーいってー 山崎  腹か? ヤマザキ  腹だ。 山崎  痛いか? ヤマザキ  痛い。 山崎  これ飲めよ。 ヤマザキ  何だこれ。 山崎  百草丸、持ち歩いてんだ俺。 ヤマザキ  …てめえ、死にかけてる奴に対して、ずいぶんなボケふってくれるじゃないか。 山崎  死にかけてるにしちゃずいぶん元気そうじゃないか。 再び痛がるヤマザキ 山崎  大丈夫? ヤマザキ  大丈夫じゃねえ。 山崎  腹か? ヤマザキ  …。 山崎  痛いか? ヤマザキ  おい! 山崎  これ飲めよ。百草丸…。 ヤマザキ  からかってんのかお前は! 山崎  そうだけど…。 痛がるヤマザキ 山崎  大丈夫? ヤマザキ  くどい!…って、待てよ。お前、三次元人のくせに、どうして俺と会話できるんだ? 山崎  え? ヤマザキ  …なるほど、わけは知らんが、死を目前にして、感覚機能が高まったのか… 山崎をじろじろ見る 山崎  …なんだよ。 ヤマザキ  ラッキー。 山崎  ? ヤマザキ  実はな…俺はさっきの戦いで、致命傷を負ってしまってな。はっきりいって死にかけてるんだ。 山崎  奇遇だな。俺もだよ。 二人とも、その割には元気そう。 ヤマザキ  そこでだ。 山崎  そこで。 ヤマザキ  ここは一つ協力しないか? 山崎  というと? ヤマザキ  生物ってのは、肉体が滅んでも、魂さえあれば生きていられる。でも魂は肉体という入れ物でしか保管できない。ところが三次元人のお前らは、肉体の30%くらいしか利用してないから、もう一人ぐらい入る余裕がある。そこで、お前の体のその余裕の分を貸してくれないか。 山崎  …。 ヤマザキ  むろんただとは言わないぞ。 山崎  デジタル時計でもくれる のか? ヤマザキ  並外れた耐久力と、ずばぬけた回復力をあげよう。お前が何で死にかけてるかはしらんが、たかが三次元人、何とでもなる。 山崎  ちょ、ちょっと待てよ。つまり何が言いたいんだよ?何が何だかさっぱりわかんないよ。 ヤマザキ  ニブい奴だな。あるだろ?そういうの。 山崎  だから何が。 ヤマザキ  遠い星から来てさー。悪い奴追ってきてさー、地球人巻き添えにしちゃってさー、しょーがないから一身同体になってさー。 山崎  そしてピンチの時には身長40mの正義の味方に早変わり! ヤマザキ  そういうヤツ。 山崎  …誰が。 ヤマザキ  俺が。 山崎  …お前が? ヤマザキ  そう。 山崎  ………ひょっとして…俺と? ヤマザキ  そう。 山崎  パス! ヤマザキ  え? 山崎  だめ、俺忙しいの。そういうの困るんだよ。 ヤマザキ  困るったって、俺だって困ってるんだよ。 山崎  そんなこと俺には関係ない。 ヤマザキ  そう言うなよ。お互い様だろ?一緒に助かろうよー。 山崎  俺は死にたいんだよ。 間 ヤマザキ  え? 山崎  俺、自殺の最中なんだよ。悪いけど、他当たってくれよ。な。 ヤマザキ  そんな事言ったって…お前、さっきの俺と奴の戦闘見たろ?あいつ逃げたよ?ケガしてたよ?たぶん回復のためにそこらに潜んでるよ?あいつが暴れたら三次元人じゃ太刀打ちできないよ?いいのか?いいのかそうなっても?地球のピンチを救うのは君しかいないじゃないか!愛のために立ち上がれ!平和のために立ち上がれ!胸に無限の勇気を込めて、悪を切り裂く太刀になれ! 山崎  だからそういうの困るんだってだってば。俺一般ピープルなんだからさ。 ヤマザキ  甘いなお前。 山崎  何が。 ヤマザキ  最初はみんなそういうんだ。 山崎  何の話だよ! ヤマザキ  あ!パンダ! 山崎  え?どこ? ヤマザキ  スキあり! 山崎の背中に張り付くヤマザキ もがく二人 山崎  てめえ、きたねえぞ! ヤマザキ  うるさい、これが本当の死活問題だ。なりふり構ってられるか! 山崎  それが正義の味方のやることか! ヤマザキ  時と場合によりけりだ!…あ! 山崎  えっ?…って同じ手に乗るか! ヤマザキ  地面だ。 山崎 …え? 思い出したように落下音。 激突音。 暗転。 P・2 ところ変わって喫茶店 テーブルを挟んで、片面に山崎 片側に原稿を読みながらハルコが座っている 山崎、死んでいるかのよう ハルコ  (独り言)巨大ヒーローものねえ…まあ、わかんなくはないけどさ。…つまりあれでしょ?一頃の小難しい理屈をこねるSFより、誰もが楽しめて楽に読み飛ばせるストーリーをってことでしょ?わかるけどね。…雑誌のカラーもはっきりするから、固定客つかみやすいだろうし…でもさ、長続きしないと思うけどな…はっきり言って飽きるよ、これ。ね、そう思わない? 山崎に呼びかけるが、山崎死んでいる ハルコ続きを読む。 山崎、首ががくっと落ちて、あわてて目を覚ます。 山崎  …へ?…へ? ハルコ  あ、おはよ。 山崎  !ハルコさん。 ハルコ  大丈夫?疲れてるみたいだけど。 山崎  どうして? ハルコ  久しぶりに来たら、道に迷っちゃってさ。9時だったよね。9時半頃に来ちゃってさ。そしたら山崎さん寝てたから、起こしちゃ悪いかと思って。 山崎  あー…うん、まあ。 ハルコ  あ、ごめん、勝手に読んでるよ。これでしょ挿絵入れるのって。 山崎  えーっと、あ、そうそう。 ハルコ  もうちょっと待ってね。私読むの遅いんだ。 山崎  あ…はあ…。 ハルコ  寝てていいよ。起こすから。 山崎  !…どうも… 山崎、自分の体を確かめる ケガ一つしていない 山崎  …確か…飛び降りて…どうして? ヤマザキ  たかが三次元人、どうにかなるって言わなかったか? 山崎  わあっ! 飛び上がる山崎 周囲の目 謝りつつ、座りなおす 山崎  …いたのかよ、お前。 ヤマザキ  そういう言い方はないだろ?俺のおかげで死なずにすんだのに。 山崎  頼んだ覚えはない。 ヤマザキ  まあ、いいじゃないの。 山崎  よくないよ! 周囲の目 ヤマザキ  結構ぎりぎりだったんだぞ、お前と合体するの。もう少し早ければ何事もなく着地できたんだけど、何しろ間一髪だったからな。気絶してるお前を念力でどうにかここまで運んだんだけど、疲れた疲れた。 山崎  どうしてここがわかったんだよ。 ヤマザキ  お前の記憶にあったからな。一心同体、お前の記憶は俺のもの。 山崎  プライバシーの侵害だ。いくら宇宙人でもやっていいことと悪いことがあるぞ。 ヤマザキ  俺は5次元精霊だ。安っぽい呼び方しないでもらおうか。 山崎  お前、ずうずうしいにもほどがある… ヤマザキ  どうでもいいけど、何か頼んだ方がいいぞ。何しろお前、オーダーもしないで二時間くらい寝てたんだからな。 山崎  すいません!ホット一つ、モーニング付で! 山崎、くっそーって感じ ヤマザキはすましている ヤマザキ  …しかし、お前が小説雑誌の編集者とはね。 山崎  …悪かったな、ガラじゃなくて。 ヤマザキ  ほめたつもりなんだがな。なるの難しいんだろ? 山崎  つまんないこと知ってるじゃないか。宇宙人のくせに。 ヤマザキ  5次元精霊だ。どこに耳つけてんだお前は。 ハルコ  ここと、ここ… 山崎・ヤマザキ  ! ハルコ  …で、どうかな? 山崎  …何が? ハルコ  何がって…挿絵入れるとこ。安直だとは思うけど、やっぱはずせないと思うんだ。 山崎、黙って受け取る ヤマザキ、横からのぞき込む ヤマザキ  …いいんじゃない?見せ場だし。 山崎  勝手なこと言うなよ! 周囲の目 引っ込む山崎 ハルコ  大丈夫? 山崎・ヤマザキ  全然大丈夫。 ハルコ  ならいいけど。…でもさ、仕事まわしてもらっといて何だけど、正直いって、あんまよくないよ、それ。 ヤマザキ  俺もそう思う。 ハルコ  形だけ真似しましたって感じでさ。燃えないんだよね。 ヤマザキ  どうせ廃刊寸前だからね。ダメで元々なんだ。 山崎  おい! ハルコ  …何、また廃刊になりそうなの? ヤマザキ  うちの出版量なんて、大手出版社に比べたら誤差みたいなもんだからね。 ハルコ  小説に移っても苦労してんだね。 ヤマザキ  小説ったってSFだもの。マンガの字だけの奴だよ。 山崎  勝手に返事するなってのに! ヤマザキ  事実だろ?代弁してやっただけじゃん。 山崎  大きなお世話だ! 山崎、視線をハルコにもどすと、ハルコ、奇妙な目で、ヤマザキ、山崎を見ている ハルコ  …どうしたの?さっきから。 山崎  何でもない。 ハルコ  …で、どうかな。(挿絵を入れるところの話) 山崎  どうかなって…ああ、うん、いい…と思う。 ハルコ  そう。…じゃ、夕方までにはあげとくから、取りに来てよ。 山崎  悪いね。急に頼んで。 ハルコ  何いってんの。私と山崎さんの仲じゃない。 かばんを持って立つハルコ ハルコ  じゃ、また。 山崎  ああ。 ハルコ  あ、それから、余計なことだけど、疲れてんなら休んだ方がいいよ。 山崎  体力勝負ってね。 ハルコ  じゃ、お仕事がんばってね。 去るハルコ 山崎  …がんばってね、か。…待てよ、冗談じゃない。仕事ができちゃったじゃないか! ヤマザキ  なんだよ、いきなり。 山崎  どうしてくれるんだよ。死んでも後腐れないようにと思って、せっかく昨日、仕事に区切りつけたのに! ヤマザキ  よかったな、生きる目標が見つかって。 山崎  くっそー、こんな仕事、ダッシュで片付けてやる。 去る山崎 ヤマザキ  おい…待てって、いいのかよ、金払わなくて! P・3 ところかわって 某出版社編集室(むろん山崎の仕事場) 村松が、電話をかけている 村松  …で、今、まさに消えゆかんとする主人公の命をだな。その勇気に感動した、異世界の戦士は、自分の命をゆずることで救うんだよ。かくて普段は一般人として暮らしつつも、ピンチの時には一転、身長40mの正義の味方に変身、がんばれ僕らのヒーローってわけだ。何?陳腐だ?そうだよ。それがどうかしたかよ。…あのな、お前何か激しく勘違いしてんじゃねぇのか?誰がお前に歴史に残る大傑作書いてくれって頼んだよ。お前が何をどう書きたいかなんてのは問題じゃないんだよ。要は読者が何を求めているかだろ?…そうだよ、求めてるんだよ、陳腐な奴を。だからお前は、陳腐なストーリー書いて、枚数稼げばいいんだよ。あとは挿絵と装丁で売れるんだよ。わかったな。わかったら、とっとと書き直せ。だいたいお前はなあ… いつの間にやらでてきたアラシがフックをおろす アラシ  そのくらいでいいんじゃないですか?編集長。いくら新人だって、いじめりゃいいってもんじゃないでしょ? 村松  しかしな、大御所の先生のがしちゃったんだから、新人にがんばってもらわなきゃ、しょうがないじゃないか! アラシ  今さらあがいたって、なるようにしかなりませんって。 村松  なるようにしかって アラシ  どうせ遠からず廃刊でしょ? 村松  …君!君には愛社精神というか、自分の仕事に対する誇りというかだなあ… 入ってくるイデ イデ  ちわーっす。あ、ねえ、山崎さん来てる? アラシ  まだみたいだけど…。 村松  コラ、まだ私の話が…。 イデ  …そっか・・・じゃ、やっぱあれが…。 アラシ  どうかしたの? イデ  いやね、原稿もらって帰ってくるときさ、駅の方から回ってきたら、何か人だかりができてるんだよ。「何かな」と思ってのぞいてみたら、それがどうも飛び降りらしくてさ。で、たまたま新聞社の友人が来てたもんで、「どうかしたの?」って聞いたら、「どうも男が一人飛び降りたらしい。屋上に遺書があったから、たぶん自殺だろう。身元はわからないけど、遺書には名前が書いてあって、その名字が… アラシ  …ちょっと…。 イデ  …山崎って言うんだって…。 間 アラシ・村松  まっさかー。 村松  あいつにそんな度胸あるわけないだろ。 アラシ  そうそう。 イデ  そっか、そうだよね。俺山崎のことだから「生きることに疲れた」とか言い出すんじゃないかと思ってさ。 アラシ  あり得るわね。 村松  アラシ! アラシ  だってほら、山崎君って変にがんばっちゃうとこあるじゃない。 イデ  心配性っていうか、苦労性っていうか。 村松  単に手際が悪いだけだ。やることやらずにおいて、どうでもいいことに凝るんだあいつは。 アラシ  編集長はそう思っても、山崎君本人はそう思ってないかもしれませんよ。「俺はがんばってるんだ。それなのに、ああそれなのに、会社は俺を認めてくれない」 イデ  じゃ何、あてつけで死んでやれってこと? 村松  ちょっと待て、それじゃ私が悪いみたいじゃないか。 間 イデ・アラシ  だって…ねえ。 村松  口をそろえるなよ! イデ  だって、こう言っちゃ何ですけど、編集長日頃から山崎にきつかったじゃないですか。 村松  別に仕事が原因と決まったわけじゃないだろう…その…プライベートなことかもしれないじゃないか。 アラシ  会社に15時間以上いたんじゃ、プライベートもへったくれもありませんって。 村松  しかしだなあ… イデ  あーあ、こりゃ遺書になんて書いてあるか、想像つきますね。 アラシ  新聞社の友達が来てたんでしょ?「会社の上司のMさん」とかだったりして。 イデ  あ、そいつマスコミ関係強いから、2、3日すれば昼のワイドショーのネタだよ、きっと。 アラシ  「恐怖!!廃刊間近の編集室に、現代の生き地獄を見た!!」とか。 イデ  「いっそ死なせてくれ!!」みたいな。 村松  山崎ぃ!私が悪かった山崎…廃刊を恐れるあまり、お前のことを考えなさすぎた…私が悪かった…謝ってすむならいくらでも謝ろう。だから…これ以上私の立場を悪くしないでくれ。どうか…どうか死ぬなら一人でこっそり死んでくれ。 イデ・アラシ  おいおい。 村松  ああ…目を閉じればお前の姿がはっきりと思い出せる。今も振り向けば、すぐそこにお前の笑顔が見えるようじゃないか…。 振り向く三人。 山崎・ヤマザキ、そこにいる。 山崎  …ども…遅れまして。 村松  やぁまぁざぁきぃ! アラシ  …自殺したんじゃなかったの? 山崎  え?いやまぁ、なんというか… ヤマザキ  ちょっと、飛び降りたところを、通りすがりの正義の味方に拾われまして。 山崎  …なんて話を誰が信じる! イデ  なんだよ、いきなり。 山崎・ヤマザキ  何でもない、何でもない。 アラシ  実は飛び降りたんでしょ?でも死にきれなかったとか…。 村松  私のせいじゃないからな!な!お前がどこで何してもいいけど、社会の迷惑というか…。 イデ  実は生霊とか、そういうオチじゃないだろうな…。 など、口々に言う三人。 山崎  あの! 間 山崎  …原稿とってきます。 山崎、ヤマザキ、退場。 追って三人、去る。 P・4   往来。 山崎  あーびっくりした。何でみんな飛び降りのこと知ってるんだよ。 ヤマザキ  だから、会社なんて寄るなっつったろ? 山崎  バカいうなよ。会社に行かずにどうやって仕事するんだよ。 ヤマザキ  …お前って結構仕事熱心なのな。 山崎  あたりまえだ。とっとと仕事やっつけて、人生最期の時間をたっぷり満喫するんだ。 ヤマザキ  人生最期って…。あのなあ。 山崎  俺はまだあきらめてないぜ。絶対自殺してやる。 ヤマザキ  今度は何だよ。電車にでも飛び込むか? 山崎  電車はマズい。家族が迷惑だし、第一、痛そうだ。 ヤマザキ  飛び降りだって迷惑だし、痛いぞ。 山崎  だって…飛び降りは途中で気絶するって聞いたことあるし、うまくいけば、ビルの安全設計がどうとかで、責任がうやむやになるかもしれない。 ヤマザキ  じゃ、今度はなんだよ。 山崎  睡眠薬。 ヤマザキ  ムダだね。 山崎  何で? ヤマザキ  俺がついてるから。薬物はまず不可能だ。 山崎  …じゃあ。 ヤマザキ  首吊りはよした方がいい。なんたってみっともないからな。 山崎  お前なあ! ヤマザキ  …と言っても、自殺が不可能というわけではない。 山崎  ホント? ヤマザキ  電車とか薬とか間接的な方法じゃなくて、お前自身が直接手を下せばいい。 山崎  というと? ヤマザキ  要は切腹よ。でもあれは介錯がないと死に切れないから、銃があるといいんだけどな。 山崎  そんなの持ってるわけないだろ。 ヤマザキ  まあ別に銃なら確実ってだけで、急所をつけばいいんだよ。第六肋骨間からナイフを入れれば8センチで心臓だし、もっとお手軽にってなら、耳腔から自転車のスポーク入れて脳をかきまわすとか、肛門から… 山崎  痛い、痛い、痛い、やめてくれ、俺、痛いのダメなんだから。 ヤマザキ  お前、そんなんじゃ、立派な死体になれないよ? 山崎  うるさいな! ヤマザキ  なあ…いっそのこと、一口乗らないか? 山崎  …なんだよ。 ヤマザキ  一日…そうだな、明日の正午まで俺につきあえよ。そうしたら死なせてやる。 山崎  つきあうって? ヤマザキ  俺の仕事を手伝えってこと。お前は俺の宿主だからな、基本的には俺はお前の行動に合わせるしかないんだよ。 山崎  お前の仕事って何だよ。 ヤマザキ  怪獣退治。 間 ヤマザキ  ♪怪獣退治に使命をかけて〜 山崎  燃える街にあとわずか〜♪ 山崎  断る! ヤマザキ  何で。 山崎  冗談じゃない。つまり、丸一日、お前の非常識で幼稚なヒーローごっこに付き合ったあげく、得られるメリットは「死んでもいいよ」って許可だけか?そんなの取引以前の問題だ! ヤマザキ  そうは言ってない。 山崎  じゃ、俺のメリットって何だよ。 ヤマザキ  「安らかな死」ってので、どうだ? 山崎  ? ヤマザキ  どういう方法を使ったって、肉体的には健康なお前が死ぬからには、苦痛が伴う。そこでだ。俺がちょいとばかり力を使えば、二四時間後に一切の痛みも苦しみもない死を約束してやるよ。三次元人ごときの力じゃ原因は絶対わからないから、誰の迷惑にもならないし、お前が望むなら、お前に関する周囲の人全ての記憶を消去してもいい。 山崎  それって…つまり、俺という人間は、最初からいなかったことになる…。 ヤマザキ  …というわけだ。それとも誰かへのあてつけなら、お前の死体をそいつん家に運んでやってもいいけどな。そのくらいのアフターサービスはつけるぜ。 山崎  …断る。 ヤマザキ  え? 山崎  やっぱりだめだ。何かフェアじゃないよ。そんなの。 ヤマザキ  じゃあ、どうするんだよ。 山崎  自分の死に場所くらい、自分で見つけるよ。 ヤマザキ  見つからなかったら? 山崎  …耳の穴にスポーク突っ込みゃいいんだろ? ヤマザキ  …痛いぞ? 山崎  …我慢する。 ヤマザキ  よせよ。出来ないことは出来ないって言ったほうがいい。 山崎  …俺にはムリだって言いたいのか? ヤマザキ  そうだよ。 山崎  う…。 ヤマザキ  …あのな。俺と合体できる個体には絶対条件があるんだよ。お前はそれを見事に満たしていた。だから合体できたんだ。その条件って、何だと思う? 山崎  …。 ヤマザキ  精神的に近い存在であること。言ってみれば、同じ考え方ができることだよ。あの時、俺も、そしてお前も思いは同じだった。「死にたくない」俺もお前も強く願った。だから合体できた。もしお前が本気で死にたいと思っていたなら、俺たちはとっくの昔に死んでいたはずだ。 山崎  俺が寸前でビビったってのか? ヤマザキ  …まあな。 山崎  俺は意気地なしだってのか? ヤマザキ  それを言っちゃあ身も蓋もない。 山崎  …。 ヤマザキ  心配するなよ。俺が殺してやるさ。明日の正午までつきあってくれたらな。 山崎  ビジネスってわけか? ヤマザキ  そうだよ。 山崎  正義の味方ってのは見返りを期待しないんだろ? ヤマザキ  そんな都合のいいヤツがいるなら紹介してくれよ。 山崎  …。 ヤマザキ  さあ、どうする? 山崎  …正午までつきあえばいいんだな。 ヤマザキ  ああ。 山崎  12時より前に怪獣をやっつけたら。 ヤマザキ  …そんなにうまくいくとは思えんが…まぁ、好きにしろ。死なせてほしけりゃすぐ殺してやるし、12時まで待ってもいい。 山崎  じゃあ、12時になってもやっつけられなかったら? ヤマザキ  …約束どおり、殺してやるよ。 山崎  俺が死んだら、お前も死ぬんだろ?いいのかそれで。 ヤマザキ  救援信号は出してある。12時までには仲間が来て助けてくれる。そうなればお前と合体している必要性がなくなるからな。かまわんよ。 山崎  …本当に12時でいいんだな。 ヤマザキ  ああ。 山崎  保証は。 ヤマザキ  ない。俺を信じろ。 山崎  無茶言うな。 ヤマザキ  そりゃそうだ。 山崎  …。 ヤマザキ  いやならいいんだぜ。俺だって死にたかないが、まぁお前がいやだってんなら仕方ない。 山崎  …。 ヤマザキ  さあ、どうする? 山崎  …わかったよ。その話のった。 ヤマザキ、握手を求める。 去る。 P4-2 イデ  じゃあね。あきらめないで。またいいのが描けたら持ってきてよ。 イデ、肩をほぐしながら出てきて、手にしていたコーヒーを飲みだす。 アラシ  コラ、何さぼってんの。 むせるイデ。 イデ  アラシさん…勘弁してくださいよ。何で今日に限って、こんなに持ち込み来てんです? アラシ  別に私が呼んだわけじゃないわよ。 イデ  ちょっとは手伝ってくれてもいいんじゃありません? アラシ  私は私で仕事があるの。 イデ、むくれて一人でコーヒーを飲む。 アラシ  で、どう?使えそうなのいた? イデ  それが、全然。 アラシ  そう、こりゃいよいよ廃刊も近いかも知れないわね。 イデ  あの…実際そんなにやばいんですか? アラシ  うん。…結構ね。 イデ  そうですか。 アラシ  山崎くんもかわいそうに…。 イデ  ええ…あいつ、行くとこ行くとこ、廃刊になってますもんね。 アラシ  …何でか知ってる? イデ  理由があるんですか? アラシ  うちの会社のね、経営陣が、大手出版社に対抗するために考えた、苦肉の策なのよ。 イデ  ? アラシ  廃刊が多いってことは、あらためて雑誌が出せるってことでしょ? イデ  あ…つまり「創刊号」が増える…。 アラシ  そういうこと。その度にアンケートで人気のなかった作者はどんどん切って、人気のある作家陣で固められるようにしようって考えなのよ。だから…ある意味では最初っから廃刊にさせるつもりなのよね。 イデ  …そうだったんですか。 アラシ  でもね…現場レベルじゃヒンシュク買いまくりなのよね。だって、ほら…状況が悪くなると、すぐ廃刊にしちゃうじゃない。そうすると作者はその度にムリに最終回つけなきゃならなくなるのよ。そうしないと単行本に掲載できなくなっちゃうから、印税はいらないでしょ?そりゃ大御所の先生だって逃げるわよ。 イデ  なるほど。 アラシ  でね…編集長なんかはどっぷり会社の人でしょ?でも、そこんとこいくと山崎くんは作者側の人だからね。廃刊にさせるつもりの雑誌をさせないように頑張っちゃう。 イデ  それで、編集長にニラまれてるんですね、あいる。 アラシ  そういうことを大声で言うんじゃないの。 村松  何を大声で言うなって? アラシ  !編集長 村松  なんだその反応は…俺には聞かせられないような話か? アラシ・イデ  いいええ。 村松  ならいいが、いつまでもこんなところで油売っとらんで仕事しろよ。イデ、さっきの持込、まだ用があるんだと。相手してこい。 イデ  はい。 去るイデ。 残る二人。 村松  …山崎のことか。 アラシ  え?…えぇまあ。 村松  そりゃあ俺だって気にはしてるよ。苦労かけてるとは思う。でも俺だって入社したての頃はずいぶん泣かされたしな。今だってこれで何かと忙しいし、会社自体がタイヘンな時期なんだ。乗り越えて行くしかないだろう。 アラシ  いえ、別に、編集長の悪口を言ってるわけじゃ…。 村松  …しかし、実際気になるんだよ。…そりゃあ仕事が激務になるのは俺のせいじゃないし、そのことについて、罪悪感があるわけじゃないが…自殺ってのはどうも穏やかじゃないしな。…たとえ逆恨みでもこう遺書に「会社に殺された」とか、ましてや俺の名前なんか出てきたら…寝覚め悪いじゃないか。 アラシ  そんなことないですよ。今朝のあれでしたら冗談ですって。 村松  そうか?…そうならいいが…なあ、本当の所、あいつの…そのプライベートはどうなっとるんだ? アラシ  さあ…とりあえず、特定の相手とかはいないみたいですけど。 村松  じゃあ…夜の営みは? アラシ  …自営業なんじゃないですか? 村松  …かわいそうな奴。 アラシ  ただねぇ…。 村松  何だ? アラシ  怪しいと思いません? 村松  だから何が。 アラシ  ハルコちゃんですよ。 村松  …山崎とか? アラシ  そう。 村松  …そうかぁ? アラシ  だって、この前、紳士服売り場でハルコちゃん見かけましてね。なんだか店員とずいぶんやりあってましたよ。「違うカラーはないのか」とか「別のサイズはないのか」とか。 村松  お前、それずーっと見てたのか。 アラシ  ヒマでしたから。 村松  仕事しろよ。 アラシ  、あ、ともかくヒマついでに調べたら、今日、山崎くんの誕生日。 村松  そんなにヒマか、お前。 アラシ  プレゼント買ったんですよ、きっと。んで、今夜二人っきりで食事して、お酒のんで、「誕生日だからあげるっ!」なーんて、どひゃあああああああ。 村松  大丈夫か、お前。 アラシ  だって…うひゃあああああああ恥ずかしいいいいいいい 村松  …待てよ。そうすると、男編集者と女作者しかも年下ってことになるのか? アラシ  …まぁそうですね。 村松  それってまずくないか?最悪のケースじゃないか。 アラシ  何が。 村松  ジンクスだよ。作者どうし、編集者どうしはともかく、作者と編集者ではうまくいったためしがないって業界じゃ有名なジンクスだぞ。 アラシ  あ、そうなんですか。 村松  そうか…そうだと知ってりゃ、山崎をあの子の担当にはつけなかったのに。 アラシ  編集長――― 村松  何言ってんだ。お前をつけようとしたら、お前が「あの二人の方がいい仕事する」って山崎押したんじゃないか! 間  アラシ  …何か…すごい罪悪感… 村松  俺は知らん。 逃げる村松。 追うアラシ。 P4‐3 再び喫茶店。 山崎・ヤマザキ登場。 山崎、TEL。 山崎  もしもし、いつもお世話になっております。ダイドー出版の山崎ですけど…どうも、その節は…ええ…今は小説に移りまして…え?雑誌ですか?先々月創刊の月刊タイタニックですが…え?今にも沈没しそうだ?ほっといて下さい!…それでですね、挿絵2点、夜、お願いしたいんですが…ええ…あ、そうなんですか?…くっそー、一流企業だと思ってハバきかしやがって…え、いえ、何でも…じゃあ4時ごろでは…はぁ…はぁ…わかりました。じゃあ一応その時間におじゃましますんで…ええ…じゃあよろしくお願いします。失礼します。 TEL切る。 ヤマザキ  あのさ。 山崎  え? ヤマザキ  一応聞くけどさ。 山崎  何。 ヤマザキ  電話だろ、それ。 山崎  そうだけど。 ヤマザキ  何で、いちいちおじぎするの? 山崎  何でって…気持ちの問題っていうか。 ヤマザキ  だって、電話だろ。 山崎  ああ。 ヤマザキ  相手には見えないんだろ。 山崎  まあ。 ヤマザキ  …なんでおじぎするの? 山崎  …サラリーマンのたしなみ…。 ヤマザキ  宗教? 山崎  違う! ヤマザキ  …わかんねぇ…。 山崎  いいよ、わからなくたって…雑誌の読者はおろか、上司にだって、俺の苦労はわからないんだ。宇宙人のお前にわかってもらおうなんて、思ってないよ。 ヤマザキ  だから俺は宇宙人じゃなくて…まあ、いいや。 座る二人。 山崎、写真誌なんか読んだり。 間 ヤマザキ  …なにしてんの? 山崎  打ち合わせ。 ヤマザキ  してないじゃん。 山崎  いつもはしてるんだ。 ヤマザキ  今日はいいのか。 山崎  昨日までにやっちまったよ。 ヤマザキ  …じゃあ、今は何やってんの。 山崎  …何も。 ヤマザキ  何で? 山崎  …普通、死人は仕事しないから。 ヤマザキ  …。 山崎  だから、今日は最低限の仕事しかしないんだ。 ヤマザキ  ふーん。 山崎  俺のことより、そっちはいいのかよ。 ヤマザキ  何が。 山崎  怪獣退治しなくていいのか? ヤマザキ  怪獣退治ってのは、怪獣がでてからやるんだ。 山崎 パトロールかなんかすりゃあいいだろ。 ヤマザキ  こっちから、のこのこ出てくことはないだろ。 山崎  ふーん。 ヤマザキ  どうでもいいけどな。 山崎  何。 ヤマザキ  そうやって、エッチなページ読みとばすのやめてくれないか?俺、見たいんだけど。 山崎、ヤマザキに雑誌を投げつける。 ヤマザキ  照れる年じゃないだろ? 山崎  …。 ヤマザキ  写真じゃ燃えないとか? 山崎  うるせえ! ヤマザキ  身近なところで言うと、あのアラシって女か、野村ハルコって女か…。 山崎、立ちかける。 ヤマザキ  怒るなよ。 山崎、座る。 間 山崎  苦手なんだ。 ヤマザキ  …何が。 山崎  …。 ヤマザキ  ナニが? 山崎  違う! ヤマザキ  冗談だって…アラシって女のことだろ? 山崎  いや…。 ヤマザキ  …ハルコの方か?…そうか?俺は好みだけどな。 山崎  …つらいんだよ。 ヤマザキ  え? 山崎  あの子は自分のやりたいことに純粋だからな…。あの子にガンバッテって言われると、何か100%がんばってないことを指摘されたみたいで…どうもな。 ヤマザキ  ふーん。 山崎  何だよ。 ヤマザキ  いや…つまり、お前から見たあの子って、その程度なんだなあと思って。 山崎  …何でもかんでも恋愛沙汰にひっかけるようになったら、たまってる証拠だぜ。 ヤマザキ  そういうんじゃなくて。 山崎  ? ヤマザキ  お前さっきから仕事の話しかしてないじゃん。 山崎  ! ヤマザキ  …人生最期の時間なんだろ?…他にすることないのか? 山崎  …映画ってわかるか? ヤマザキ  ?あぁ。 山崎  映画を見るのは好きだよ。ビデオじゃなくてな。大画面で見るにふさわしい映画を大画面で見るんだ。今、趣味って言えるものが俺にあるとしたら、それぐらいかな。 ヤマザキ  …じゃあ、見に行けばいいじゃないか。金と時間はあるんだろ。 山崎  …じゃあ聞くけど…お前、俺が今から見に行く映画が、はずれじゃないって保証できるのか? ヤマザキ  え? 山崎  俺が今から見に行く映画が、俺の人生最期の日に見るにふさわしい映画だって言い切れるのか? ヤマザキ  そんなの、俺が知るかよ。 山崎  だよな。だからだよ。 ヤマザキ  ? 山崎  人生最期の日なんだよ。事をなそうとして悔いを残すぐらいなら、何もしないことを選ぶね。 ヤマザキ  そんなもんか? 山崎  座して死を待つ。なかなか贅沢だろ? ヤマザキ  …怪獣退治はどうするんだよ。 山崎  それは「仕事」だろ。だから「仕事」として片付けるさ。そういうのは得意なんだ。 ヤマザキ  怪獣退治が? 山崎  やりたくない仕事を、それでも片付けることが。 ヤマザキ  そんなもんか? 山崎  サラリーマンだからな。 ヤマザキ  ふーん。 間。 ヤマザキ  でもな、映画の中にも、ヒーローを見守るヒロインてのがいるだろ? 山崎  …また、その話かよ。 ヤマザキ  だってお前…どうせならヒロインに見守られて死にたいじゃないか。そうだろ? 山崎   …まぁな。 ヤマザキ  な、だったらこの際、誰でもいいじゃないか。誰か電話で呼び出せよ。心当たりの一つや二つあるだろ? 山崎  …ある。 ヤマザキ  …あるか。そうか。 山崎  電話かけなきゃ。 ヤマザキ  そうか。あるか。女だよな、なっ。 山崎  性別でいうなら女だけど…そんなに嬉しいか? ヤマザキ  だって一心同体なんだよ。俺とお前は…。 山崎  最上級だな、プライバシーの侵害の…。 かかるTEL。 ハルコ  はい、野村です。 山崎  あ、ハルコさん、山崎です。 ヤマザキ  …おい! ハルコ  どうしたの? 山崎  いや、それが製作所の方が押してまして。 ヤマザキ  また仕事かよ。 山崎  できたら4時に入稿したいんですけど。 ハルコ  4時!? 山崎  間に合います?…よね。 ハルコ  …だって、まだ下ごしらえもすんでないのに。 山崎  え? ハルコ  え?あ、ううん、何でもない。…うん、間に合うよ。 山崎  そうですか、じゃその時間に。 ハルコ  あ、ねえ、これ山崎さんでしょ。 山崎  え? ハルコ  次回予告の文句よ。「愛のために立ち上がれ、平和のために立ち上がれ、胸に無限の勇気を込めて、悪を切り裂く太刀になれ!」って。 山崎  あ、わかります? ハルコ  そりゃわかるわよ。私も当時はネームで助けてもらったもの。 山崎  本当は作者にやってもらうつもりだったんだけど、それどころじゃなくなったんで。 ハルコ  新人の相手は大変ね。 山崎  そりゃあね。 ハルコ  私の時も大変だったもんね。 山崎  …それなりにね。 ハルコ  またまた。 山崎  じゃ、4時ごろ行きますんで。 ハルコ  うん。山崎さんもがんばってね。 山崎  う…ん、まあ。 ハルコ  あ、それとさ。 山崎  え? ハルコ  ホワイトソース、好きだよね。 山崎  え?…まぁ、好きだけど。 ハルコ  そう、じゃあね。 山崎  あぁ、じゃあ。 TEL切れる。 ヤマザキ  …バカかお前は。 山崎  何が…。 ヤマザキ  …まぁ…いいけどさ。 山崎  何だよ。気になるだろ?言えよ。 ヤマザキ  何でもないよ。 次元ひずむ ヤマザキ  ! 山崎  どうかしたのか? ヤマザキ  次元がひずんだ…奴め、力を使ったな! 山崎  奴って? ヤマザキ  お前も見たろ、今朝俺と戦ってた奴だ。 山崎  知り合いなのか? 間 ヤマザキ  ああ、よく知ってるよ。…奴の名はシュドウ、6次元天精霊シュドウ…俺の同僚だった奴だ…そして…おそらくは俺にとって、最強の敵だ。 去るヤマザキ 山崎  え?…ちょっと、待てっておい! 去る二人 P・5 時間は少し戻る。 編集室 アラシは何やら仕事をしている 別空間にシュドウ ヤマザキに受けた傷の治療をしている シュドウ  くそ、傷口がふさがらない。…やはりこの体を捨てるしかないか…しかし…。 ハルコ  こんちはー。 アラシ  あら、ハルコちゃん。 ハルコ  ね、アラシさん、ショウコかアキちゃんに連絡つかない? アラシ  何、ピンチなの? ハルコ  うん…挿絵なんだけど…。 アラシ  どうかしたの? ハルコ  うん…(原稿を見せて)ここなんだけどね…。 イデ登場 イデ  よう、ハルコちゃん。 ハルコ  あ、こんちは、イデさん。 イデ  何やってんの? アラシ  イデ君、持ち込みきてるわよ。 イデ  また俺っすか?…もう…。 アラシ、原稿に目を通す。 イデ  今度食事しない? ハルコ  週刊連載くれたらね。 アラシ  とっとといく! イデ  へいへい。 イデと入れ替わりに村松登場。 アラシとハルコは何やら話し合っている 村松  …全くあいつは何やっとるんだ…。 アラシ  あ、編集長、製作所が電話くれって言ってましたけど…。 村松  おう…あ、山崎知らんか? アラシ  さあ。 村松  全くあいつは…。 ハルコ  どうも。 村松  …あ、挿絵の件は。 ハルコ  ええ、私が受けましたけど。 村松  そうならそうと、連絡ぐらいいれろ!…ぶつぶつ。 アラシ  気にしなくていいのよ。廃刊になりそうなんでピリピリきてんのよ、。 ハルコ  はあ。 村松・シュドウ  …えーい、まったくヤマザキめ! 目が合う二人。 村松  …な! シュドウ、村松の顔の前に手をかざす。 動かなくなる村松。 村松  君…いったい…。 シュドウ  …いいぞ…ついてる。こんなところで合体可能な個体と会えるとはな。悪いがお前の体をもらうぞ。 村松  何を…。 シュドウ  じゃまだ! シュドウ、念を送る。 固まる村松。 ムラマツ、ロボットのようにアラシらの方に行く。 アラシ  …なるほど、そういうことか…。 ハルコ  ね、で、ちょっと相談しようと思ったんだけど…。 ムラマツ、来る。 はたから見ているシュドウ アラシ  ? ムラマツ  ヤマザキは? アラシ  ? ムラマツ  ヤマザキを知らんか? アラシ  ええ…ですから朝から見てませんけど。 ハルコ  あの、10時頃まで、私と一緒でしたよ。 ムラマツ、おもむろにハルコの目の前に手をかざす。 ハルコ  へ?ああ、奇跡の水かなんかですか? ムラマツ  …なるほど。 ハルコ  あの…。 ムラマツ  やはりな、生きていたか。ならば回復するまでに手を打った方がよさそうだ。 ハルコ  あの…大丈夫ですか? いきなり振り向くムラマツ ハルコ  ! ムラマツ  …いぶりだしてみるか…。 イデ、帰ってくる イデ  …ったく、これだからSF書きは嫌いだよ、俺は。メタファがどうの、ペーソスがどうの、アイデンティティがどうのって、横文字ならべりゃいいってもんじゃねえだろが。ねえ、編集長。 ムラマツ  …君の宇宙語はわかりにくい。 イデ  は? 去るムラマツ シュドウ、残る イデ  どうしたの? アラシ  さあ…バルタン星人にでもとりつかれたんじゃない? ** さて、一方… ヤマザキ  ここか…。 山崎  ここって…俺の会社じゃないか! ヤマザキ  シュドウめ…感づいたな。 山崎  感づいたって? ヤマザキ  死んだと思わせて寝首をかいてやるつもりだったんだが、さすがに甘くないな。 ** 何やら不安な雰囲気が立ち込める だんだん盛り上がる ハルコ  ?何? イデ  いや、何って言われても。 ** ヤマザキ  !しまった!先手を取りに来たか! 山崎  何? ヤマザキ  気をつけろ!仕掛けてくるぞ! ** アラシ  ちょっと何なのよ、一体。 イデ 落ち着いて!こういうときはうろたえた方の負けです! ** ヤマザキ  油断するなよ!奴はこの次元に存在することすら許されないほどのパワーを持っている。あらゆる物理法則は奴の前では無意味だ! 山崎  油断するなったって…。 ヤマザキ  来る! 決定的なショック。 そして奴がやってくる! 声  お待たせしましたあ! 一同  え? 声  10カ月ぶりのごぶさたでした。そぉです!私がウワサの! M,ドラグネット イカ  いーかーおーとーこーーー復活。 踊るイカ。 こける一同。 ヤマザキ  …しまった、油断した…。 ** アラシ  イデ君、何とかしてよ1 イデ  あうっ…はうっ…あうっ…。 ハルコ  完全に取り乱している…。 イカ  ちなみにフルネームはヤリイカ男だ! アラシ・ハルコ  聞いてないだろ! イカ  でもって、どのへんがやりかというと、ピ――――なあたりがやりだ! アラシ  なんてお下劣な…。 ** ヤマザキ  やむをえん!これを使え! 山崎に、何やらスキーのゴーグルのようなものを渡すヤマザキ 山崎  …何これ。 ヤマザキ  変身グッズだ。 山崎  …マジ? ヤマザキ  大マジ。 山崎  う―――――。 ヤマザキ  手伝うっていったよな! 山崎  わかったよ!やりゃいいんだろ! ** イカ  ちなみに光ったりもするんだぞ。どうだすごいだろう!ほーれほれほれ。 アラシ  何すんのよ! イカ  ナニすんだよ。 アラシ  大バカ者! 迫るイカ ハルコ  誰かー! 山崎  そこまでだ! イカ  何! 山崎  と――――――う。 山崎、登場。ポーズを決める イカ  誰だ! 間 山崎  考えてなかった…。 ヤマザキ  通りすがりの正義の味方だ!貴様に名乗る名などない! 山崎  ナイスフォロー! ヤマザキ  感心してないで、とっととやれ! 山崎  わかったよ…行くぞ悪党、正義の鉄拳受けてみよ! 山崎 VS イカオトコ ヤマザキ  雑誌編集者山崎は、五次元精霊ヤマザキの力を借りて、不死身の超人へと変身する! 山崎  行くぞ!うりゃあ! 攻撃を仕掛ける山崎 あっさり返される ヤマザキ  ちなみにどのくらい不死身かというと、元の山崎の当社比1.25倍くらい不死身だ! 山崎  あんまり変わってない! ヤマザキ  頑張れ、僕らのヒーロー! 山崎  勝手なこと言うなよ! イデ  何か、助けてくれるみたいですよ。 アラシ  しょーがない、応援でもしようか。 イデ・アラシ  がんばれー。がんばれー。(気のない声援) 山崎  気のない声援ならするなよな! 山崎、こてこてにやられる 山崎  必殺技はないのか!?必殺技は! ヤマザキ  「パンチボタンを連打」とか? 山崎  冗談こいてる場合か! ヤマザキ  両腕を十字にあわせば光線技が使えるぞ。 山崎  うりゃあ!スペシウム光線だ、このやろー! イカ  あぶね…あぶねーだろ、よせ! ヤマザキ  バカ、いきなりそんな大技かます奴があるか! 山崎  うるさいな、こっちは必死なんだ。出し惜しみしてる余裕なんかない! ヤマザキ  そんなこと言ってると…。 カラータイマー点滅音 ヤマザキ  ほら見ろ…。 山崎  先に言えよ! 再びやられる山崎 イデ  何かやられてますよ。 アラシ  しょーがないわね。 イデ・アラシ  がんばれー負けるなー ヤマザキ、冒頭でつかってた剣を出す ヤマザキ  しょーがない…使え! 山崎に投げる 受け取る山崎、攻撃に転じる 山崎  こーゆーものがあるならさっさと出せよ! ヤマザキ  バカやろう、管理局おスミ付きのサーベルイレイサーだぞ、ほいほい使われてたまるか! 山崎  (とたんに元気)行くぞ!正義の刃、受けてみよ! イカ  何を! 山崎  とりゃあ! すれ違う二人 斬! ヤマザキ  紫電一閃、山崎の剣が空を切ると。 イカ  ぐふっ…。 ヤマザキ  とばかりにひざをつく怪人、そして。 イカ  覚えてろよ…次回公演こそは必ず…。 ヤマザキ  と捨てゼリフを残しつつ…。 イカ  ぷしゅううううう…。 ヤマザキ  とCO2の煙にまみれて消えていくのであった。 山崎、振り返るともうフラフラ。 たおれそうなところをヤマザキ支える ヤマザキ  大丈夫か? 山崎  ダメ…もう死ぬ… ヤマザキ  しっかりしろ!もう一仕事ある。 山崎  え? アラシ  あの…せめてお名前を…。 ヤマザキ、山崎に耳打ち。 山崎  名乗るほどのものではありません。では!しゅわっち! 去る二人 見送るハルコ ソデから去った二人 舞台の奥を走って逆のソデへ 山崎  (逆ソデから)おーい! こける三人 イデ  お前はハヤタ隊員か! 山崎  え?何かあったの?俺にはさっぱり…。 アラシ  何かじゃないわよ。今さっき、こーんなのが出てきて… イデ  あ、そうだ、写真誌のやつら、何か撮ったかも… 目が合う二人、駆け出す このときアラシ、ハルコの原稿を持っていってしまう ハルコ  あの…アラシさん!原稿持っていかないでよ! 去るハルコ  山崎、ヤマザキ残る 山崎  …もう、死んでいい? ヤマザキ  ああ。 山崎  あう… 山崎、気を失う ヤマザキ、支える。肩を貸して、去ろうとする。 ムラマツ登場。 ヤマザキ、ギョッとするが、無視して去ろうとする。 ムラマツ  ヤマザキ… ヤマザキ  え…。 ムラマツ  つらそうだな…大丈夫か? ヤマザキ  …いやぁ、このぐらい全然平気っすよ。はっはっはっ。 ムラマツ  そうか…しかし…架空体相手にここまでてこずるとはな…腕が落ちたんじゃないのか? ヤマザキ  ! ムラマツ、静かに笑う。 ヤマザキ  デクか!…シュドウ、何て事を! ヤマザキ、念をムラマツに送るが、ムラマツ笑い続ける。 ムラマツ  ムダだ。…お前とではパワーが違いすぎる。 ヤマザキ  くそっ…何のつもりだ、シュドウ…何が目的なんだ! ムラマツ、黙る。 ヤマザキ  …シュドウ、目的は知らんが、お前が手段を選ばないというのなら…俺にも考えがあるからな。 山崎を連れて去るヤマザキ。 シュドウ、見送る。 P・6 山崎寝ている。 ヤマザキ、携帯電話をかけている。 ヤマザキ  ヤマザキより中央へ、ヤマザキより中央へ…、もしもし、あ、課長ですか?ども、ヤマザキです。…ええ…、いやあ、それが返り討ちにあっちゃいましてね…自慢じゃありませんが、死にかけですよ、いやホント。…今ですか?ええ、現地人と合体できましたんで、なんとか…ええ、それでですね、ものは相談なんですがね…もし、奴の捕獲または消去が不可能な場合…例の奴、お願いします。被害は最小限ですみます。…はい、俺がそう判断しました。…はい…じゃあ、12時。明日の正午になっても作戦終了のコールがなければってことで…ええ…じゃ、よろしくお願いします。 山崎、起きる。 ヤマザキ  起きたか? 山崎  ああ。 ヤマザキ  …悪かったな、ムリさせて。どうもこれは三次元人には負担が大きすぎるらしい。 山崎  …そうか。何か頭がクラクラすると思ったら…。 ヤマザキ  立てるか。 山崎  なんとかな。 ヤマザキ  じゃあ、行こう。 山崎  どこへ? ヤマザキ  決めてない。 山崎  なんだよそれ。 ヤマザキ  さっきの戦いで手の内を全部さらしちまった。奴が先手を打って行動したのは多分そのためだ。俺たちははめられたって訳だ。だとしたら、こっちもやりかたを考えなくちゃならない。少なくとも、奴のそばから一度離れて、体制を整える必要がある。 山崎  え?でも、何だか訳わかんないのはやっつけたじゃないか。 ヤマザキ  あれは本体じゃない。奴の力はあんなもんじゃないんだ。ただ奴はこの次元には不慣れだからな。付け入るスキはそこしかないから、時間をおきたくはないんだが…。 山崎  ちょっと待てよ。じゃあ、もう一度あれをやれってのか。 ヤマザキ  もう一回で済むのなら、めっけもんだな。 山崎  そんなこと聞いてないぞ。 ヤマザキ  言った覚えもない。 山崎  契約違反だ!冗談じゃない。俺は降りるぞ! ヤマザキ  降りるったってどうすんだよ。俺とお前は一心同体なんだぜ。 山崎  だったら切り離せばいいだろ? ヤマザキ  そう簡単にはやれるもんじゃないんだよ。 山崎  知ったことかよ。 ヤマザキ  そんなこと言っていいのか。 山崎  …なんだよ。 ヤマザキ  お前、さっきの俺の電話、聞いてただろ? 山崎  ! …別に盗み聞きしたわけじゃないさ。聞こえちゃったんだよ。 ヤマザキ  責めてるわけじゃない。むしろ聞いてくれて好都合だ。 山崎  ? ヤマザキ  さっきの電話でちょっと出前を頼んだ。 山崎  出前?何の。 ヤマザキ  爆弾。 山崎  ああ、なるほどね。奴をやっつける新兵器ってワケだ。中盤の中だるみを防ぐ常套手段だな。 ヤマザキ  だがその爆弾の勢力が、この次元そのものを吹っ飛ばすほどのものだとしたら? 山崎  え? ヤマザキ  爆弾ってのは例えだ。俺よりずっと高位の霊になれば、次元そのものを吹っ飛ばすことができる。 山崎  そんなことしたら…。 ヤマザキ  ああ…みんな死ぬな。でも、そのみんなの中に奴も含まれる。 間。 山崎  …本気で言ってんのか? ヤマザキ  ああ。 山崎  あんた正義の味方なんだろ? ヤマザキ  だからどうした? 山崎  どうしたじゃないだろ?みんなを巻き添えにしてでもあいつをやっつけるなんて、そんなやり方あるかよ! ヤマザキ  誰がみんなって言った。 山崎  お前がさっき言ったじゃないか!次元そのものを吹っ飛ばすとかなんとか…。 ヤマザキ  勘違いするなよ。 山崎  何が。 ヤマザキ  地球人イコールみんなじゃない。 山崎  え? ヤマザキ  …俺はもっと大きなもののために働いてる。…被害が地球人だけで済むなら、その損害は微々たるものだ。 山崎  …そんなんじゃないだろ? ヤマザキ  ? 山崎  正義の味方ってそういうものじゃないだろ! ヤマザキ  そりゃ物語の中での話だろ?これは物語じゃない。現実の正義は甘くない。 山崎  そんなこと…。 ヤマザキ  …昔、人がまだ文字を持ってなかったころ、最も知的な遊びは、名前をつけることだった。一つのものを「1」と呼び、赤という色を「赤」と名づけた。…正義ってのはそういうものだ。愛もそう、平和もそう。…俺やお前ごときが軽々しく口にしていい単語じゃない。 山崎  …その正義を名乗ってるのがあんただろ? ヤマザキ  正義ってのは、それを信じる人の数だけあるんだ。 山崎  そんなの正義じゃない!正義ってのはもっと絶対のものだ! ヤマザキ  だったらお前は、お前の信じる正義をやればいい。 山崎  え? ヤマザキ  …奴を倒せよ。そうすれば手荒なマネはしなくてすむ。 山崎  おどしか? ヤマザキ  そうだよ。 山崎  正義の味方なんだろ? ヤマザキ  あいにくと味方してるだけで、そのものじゃないんだ。 間。 ヤマザキ  もう少し付き合ってもらうぞ。 山崎  ことわる! ヤマザキ  何? 山崎  よくよく考えたら話が変だ。宿主は俺だぞ。店子のお前におどしをかけられる立場じゃない。 ヤマザキ  この次元がどうなってもいいって言うのか? 山崎  俺はどうせ、12時に死ぬんだ。他の奴がどうなろうと知ったこっちゃない。 ヤマザキ  だがお前はもう知ってしまった。地球のピンチを救えるのはお前しかいないんだぞ。 山崎  そういうことはハヤタ隊員にでも頼めよ。俺は一般人だ。 ヤマザキ  …。 山崎  俺の人生最期の時間なんだ。これ以上つきあっていられるか! 去りかける山崎。 山崎  …時間? ヤマザキ  えっ? 山崎  待てよ! がばっと時計を見る山崎。 山崎  しまった…原稿取りにいくの、すっかり忘れてた。 去る山崎。 ヤマザキ  おい!…ったく…世界と仕事をどっちが大事なんだよ…。 つなぎ 電話で製作所にわびをいれる山崎。 部屋の片付けをしながら山崎を待つハルコ。 山崎はなかなか来ない。 p・7‐1 ハルコの家。 ハルコ  はぁい。 山崎、入る。 山崎  あの…すいません。遅くなっちゃって…。 ハルコ  あたしはいいけど…製作所、大丈夫? 山崎  明日の朝でいいって…何か別の仕事が遅れていて、今日はそれどころじゃないって…。 ハルコ  そう…ちょっと待ってて。多分もう乾いたから。 ハルコ、原稿を取ってくる。 ハルコ  はい。 山崎  じゃ、もらっていきます。 ハルコ  見ないの? 山崎  …えっ? ハルコ  原稿。 間。 山崎  …なんていうか…あっ、急ぎだから。 ハルコ  朝でいいんでしょ?まだ十時間くらいあるよ。書きなおせる時間だけど…。 山崎  うん…でも、今回は。 ハルコ  そう…。 山崎  じゃ…。 ハルコ  あのさ。 間。 ハルコ  …もし…もし、よかったら、ご飯食べてかない? 山崎  えっ…。 ハルコ  ショウコが手伝ってくれてさ。二人分つくったんだけど、食べずに帰っちゃって…一人分余ってるんだ。よかったら食べていかない? 山崎  …悪いけど、さっき打ち合わせしながら食べたから…。 ヤマザキ  ! …おい…。 山崎  …。 ハルコ  …そう…大変だね、食事中も仕事なんて。 山崎  …まあ…。 ハルコ  そっか…そうだよね。 山崎  …じゃあ…。 ハルコ  あの…ちょっとだけ待ってて。ちょっとでいいから。 部屋の奥へかけていくハルコ。 山崎  …。 ヤマザキ  …なんで嘘つくんだよ。食事なんかしてないだろ? 山崎  …。 ヤマザキ  それに…原稿見なくていいのかよ。 山崎  いいさ。 ヤマザキ  なんで。 山崎  見たら…仕事のこと、考えずにいられなくなる。 ヤマザキ  ! …お前…。 山崎  明日まで仕事は忘れたいんだ。それに…。 ヤマザキ  それに? 山崎  …一人でいたい。 ヤマザキ  …。 ハルコ、戻ってくる。 ハルコ  あの…これ。 平べったい箱を持っている。 山崎  これは? ハルコ  …後で開けてくれる? 山崎  …もらっていいのかな。 ハルコ  …うん。 山崎  …はあ。 受け取る山崎。 山崎  …じゃあ、原稿確かに受け取りましたんで。 ハルコ  あのさ。 間。 山崎  …はい? ハルコ  …。 山崎  何か。 ハルコ  …言わせたい? 山崎  何を? ハルコ  …何かあったの? 山崎  えっ…。 ハルコ  …あたしでよければ、話してみない? 間。 山崎  …別に…。 ハルコ  …そう…。 間。 山崎  じゃあ。 ハルコ  うん。 去りかける山崎。 ハルコ  お仕事…頑張ってね。 山崎  …。 振り向きもせず去る山崎。 見送るハルコ。 ふと見上げると、細かい雨が静かに降り出す。 ハルコ、部屋の奥に行くと、傘を二本だして駆け出していく。 P・7‐2 人気のない夜の道。 雨はさらさらと降っている。 駆けてきて立ち止まる山崎。 ふと手にさっきの箱を持っているのに気付く。 乱暴に破いて中身を出すと、ネクタイが一本とカードが。 ヤマザキ、入ってくる。 山崎、ヤマザキにそれらを渡す。 思わず受け取ってしまうヤマザキ。 ヤマザキ  …「ハッピーバースディ、これからも野村ハルコをよろしく。」…「P.S.お仕事頑張って。」って…おい…。 山崎、静かに笑っている。 山崎  …ハッピーバースデーだってさ。…笑っちゃうよな…おれ、明日には死んじゃうんだぜ…今さら何頑張れっていうんだよ…。 ヤマザキ  …お前…。 山崎  …どいつもこいつも…お気楽に頑張って、なんて言いやがって…おれがいつ頑張らなかったよ。 ヤマザキ  …。 山崎  頑張ったさ、いつだって!…前の雑誌が廃刊になったときだって、今の雑誌の売上が落ちてきたときだって、おれは何とかしようとした。頑張ってきたんだよ、ずっと!…これ以上おれに、何をしろって言うんだよ…。 ヤマザキ  …。 山崎  冗談じゃない。やってられるかよ! 去りかける山崎。 ヤマザキ  …だから、自殺にこだわっているのか? 山崎  …。 間。 山崎  心配するなよ…。めんどくさくて死ぬ気もしねえよ。 去る山崎。 その後を見送るヤマザキ。 ハルコ、傘を持って駆けてきて、山崎を捜し、見あたらないので帰る。 ヤマザキ、山崎の後を追う。 p・7‐3 出版社。 シュドウ、ムラマツ登場。 窓を開け、雨を眺める。 アラシ登場。 アラシ  編集長…どうしたんです、こんなところで。 ムラマツ・シュドウ  …。 アラシ、窓を閉めに行く。 ムラマツ・シュドウ  いや、このままでいい。 アラシ  え?…でも、降り込んできますよ。 ムラマツ・シュドウ  かまわん…このままでいい。 アラシ  はあ。 間。 アラシ  じゃあ、私もう帰りますんで、失礼します。 去りかけるアラシ。 シュドウ  山崎が死んだら…悲しいか? アラシ  え?…そりゃ、編集長が死ぬのと同じくらいには…。 シュドウ  …そうか。 アラシ  ああ、今朝の自殺さわぎのことですか?別に編集長のせいじゃありませんよ。 シュドウ  …。 アラシ  それを気にして、編集長まで自殺するなんていわないでくださいよ。それじゃお先に。 去るアラシ。 シュドウ  …まだ、死ねんよ。おれのシナリオはまだ終わっていない…ドラマチックに死ねるのは主人公だけだ。それ以外の奴は半端な死を迎えるか、怠惰な生をむさぼるか…。 シュドウ、ムラマツ、窓に手をかける。 シュドウ  ヤマザキ…裁くのは正義…裁かれるのも正義だ。…まだ死ぬなよ。…まだな。 窓を閉める。 暗転。 P・8 翌朝。 TVの音がかすかに聞こえる。 山崎、昨日から着のままで、毛布にくるまって寝ている。 電話音。 酒を飲んだようだ。 頭には、ハルコのくれたネクタイを宴会巻きにしている。 山崎、もそもと動いて受話器を取ろうとする。と、ちょうど留守番電話になる。 「はい、山崎です。ただいま留守にしております。御用の方は、発信音の後に、メッセージを入れてください。」 ハルコが出る。 ハルコ  …ハルコです。…会社に電話したけど、まだ来てないそうなので、家に電話しました。…昨日の雨、大丈夫だったでしょうか。…あの…いるんでしょ?…声が聞きた× 留守電切れる。 山崎、再び寝る。 TVの朝の幼児番組が終わる。 ヤマザキ  9時か…。 ヤマザキ、たばこを出して吸う。 山崎  …せかさないのか? ヤマザキ  …せかしたら動くのか? 長い間。 ヤマザキ  …おれは5次元精霊だからな。三次元界が一つ滅んだって、アリの巣がつぶれた程度にしか思えないんだ。 間。 ヤマザキ  こんな終わり方があってもいい。…たまにはな。 聞いているのか、寝ているのか、山崎は動かない。 長く煙を吐くヤマザキ。 山崎  …学校を休むとき…。 ヤマザキ  ・・・ん? 山崎  …カゼひいて学校休むときの気分に似てるよ。 ヤマザキ  …ああ…。 山崎  …世界ってのは…おれがいなくても動くんだ。 ヤマザキ  ああ…世界ってなムダの集まりだからな。 山崎  …何時だ? ヤマザキ  …9時30分…。 山崎  …12時になったらよろしくな。 ヤマザキ  …ああ…。 間。 電話音。しかし、今度はヤマザキの携帯電話の方。 山崎は寝ている。 ヤマザキ、警戒しつつ、取る。 シュドウ  さっさと取れよ。警戒したって始まらん。 ヤマザキ  !…シュドウ…。 シュドウ  久しぶりだったな。…言葉を交わすのは26時間ぶりくらいか? ヤマザキ  シュドウ…頼む…俺と一緒に戻ってくれ。 シュドウ  まだ言うのか? ヤマザキ  中央に惑星霊の介入を依頼した。この次元ごとお前を吹っ飛ばすこともできる。 シュドウ  らしくないな。…わざわざ俺に教えるあたりがな。そんなことしないで、いきなり切りかかってくればいいだろ?それとも何か?そうできない理由でもあるのか?…例えば、宿主がふて寝してて、思うように動いてくれない、とか…。 ヤマザキ  ! …何!? シュドウ  嬉しいぞ、ヤマザキ。お前でもそんな声出すんだな。 ヤマザキ  くっ…。 シュドウ  …甘いよ。甘すぎる。俺は六次元天精霊になったんだ。お前の知ってる俺じゃない。 ヤマザキ  それこそらしくないな。状況の優位をアピールして、精神的優位に立とうってハラがよ。 シュドウ  そうそう、そうやって、他人の揚げ足取ってるお前が一番魅力的だよ。 ヤマザキ  …。 シュドウ  …今度は黙秘か?…まあいいさ。いいか、ヤマザキ…一度だけチャンスをやる。俺につけ。俺と組んで、この世界を動かすんだ。 ヤマザキ  断る。 シュドウ  まあ聞けよ…ヤマザキ、お前が信じてるのは正義じゃない。ただの管理だ。順序良く規律正しいことが正義じゃない。…俺はこの世界を管理することもなく、野放図にしてみようと思う。たちまち世界は混沌に陥るだろう。…だがな、その中から自然と湧き上がってくる規則こそが正義だ。…俺はその世界を作ろうと思う。だが、俺は三次元以上の境界を超えている。そう長くは持たないだろう。だからお前が必要なんだ。・・・俺のしたことを見届けるに足る頭をもったお前がな。 ヤマザキ  言いたいことはそれだけか?なら、俺も言わせてもらう。正義はお前が口にしていい単語じゃない。 シュドウ  …あわてるなよ。正午までは待ってやるさ。正午まではな。 ヤマザキ  ! …貴様…。 シュドウ  俺を侮るなよ…またな。 電話切れる。 ヤマザキ、電話を切る。 ** 舞台そのまま会社へ。 シュドウそのまま。 アラシ、イデ、駆けてくる。 アラシ  どう、いた? イデ  いえ、どこにも。 アラシ  もう…原稿持ったままどこいってんのよ、あのバカは! ハルコ来る。 ハルコ  …あの、どうかしたんですか? アラシ  ハルコちゃん、うちのバカ山崎知らない? ハルコ  まだ来てないんですか? アラシ  昨日入稿の原稿持ったままなのよ。おかげで製作所の方がカンカンよ。 イデ  そんなことより、早くしないと、下手すると落ちますよ。 ハルコ  早くってどのくらい? イデ  遅くとも午前中には…。 ハルコ  あたし、山崎さんのよく行く店当たってみます! 駆け出すハルコ。 遅れて別々の方に去る、アラシ、イデ。 ムラマツ登場。 シュドウ・ムラマツ  あわてることはないさ、奴は来る。…必ず来る。正午までにな。 ヤマザキを探して走り回る三人。 しかし、山崎はいない。 再び集まる。 アラシ  いた? ハルコ  だめです。 イデ  こっちも。 アラシ  そう…もうこんな時間か…。あ、編集長、山崎から何か連絡ありませんでした? ムラマツ  いや…何も。 アラシ  そうですか…。 ムラマツ  だが…そろそろ待ちくたびれたな。呼び出すか…。 イデ  呼び出すって…編集長、山崎の居場所知ってるんですか? ムラマツ  いや…だが呼び出し方は知っている。 シュドウ、ムラマツに冒頭でつかった剣を渡す。 ムラマツ、それを持って、イデに向き合う。 イデ  え? ムラマツ、剣を振り下ろす。 イデ、よける。 イデ  ちょ…何するんですか! アラシ  編集長! ムラマツ  安心しろ…殺しはしない…痛い思いをするだけだ。…せいぜい長く悲鳴をあげてくれよ…あいつが来たくなるように! 剣を振り回すムラマツ。 逃げ惑う三人。 アラシ  どうしたんです、編集長! ムラマツ  来いよ…正義を口にする資格がお前にあるなら…こいつらを救ってみせろ! ** 相変わらず寝ている山崎。 たばこをふかすヤマザキ。 間。 山崎  …なあ…昔話していいかな。 ヤマザキ  …。 山崎  俺な…ずっと正義の味方にあこがれてたんだよ。ガキのころからずっとな。…もし俺があのことに気付いてしまう小利口さを持ってなかったら・・・俺の人生は変わってただろうな。…でも…編集者という立場でヒーローものに関わってしまうあたり…まだ少しは気にしてたのかもしれない。 ヤマザキ  …あのことって何だよ。 山崎  正義の味方が正義の味方でいるためには絶対に必要なものが二つある。…困っている人と困らせてる奴だ。この二つがなきゃ、正義の味方は存在価値がない。…でも逆に考えれば、その二つが揃いさえすれば、誰でもヒーローになれるんだ…俺みたいな奴にもな。 ヤマザキ  ! …お前、気付いてたのか!? 山崎  一心同体…お前にわかることは俺にもわかる…。…今、何時だ? ヤマザキ  十一時四五分。 山崎  あと15分か…これがアニメならCMが終わった頃だな。 山崎、毛布をはいで立ち上がる。 山崎  …行こう…役者が揃った! ヤマザキ  …よし! 山崎、ネクタイを締め直し、上着をはおる。 ハルコのくれた頭のネクタイを取り、置いていこうとして、やっぱり上着のポケットに突っ込む。 ヤマザキ、サングラスを差し出す。 ヤマザキ  …相手はこっちの戦力をはるかに上回る。…勝てる見込みは少ないぞ。 山崎  だろうな…。でも何でかな…可能性はなくても…自信はあるんだ。 サングラスを受け取る山崎。 ** 剣をふるうムラマツ。 ゆっくりとサングラスをすける山崎。 シュドウ  どうした…早く来い、ヤマザキ! 倒れる三人。 山崎  そこまでだ! ムラマツ  何!? 山崎、登場。 ムラマツと剣を交わす。 山崎  逃げろ! ハルコ  え? 山崎  早く! 再び剣を交える二人。 去る三人。 シュドウ、追わない。 にらみ合う、山崎とムラマツ。 ヤマザキ来る。 シュドウ  遅かったな。もっと早く来ると思ったぞ。 ヤマザキ  来ると思ったのはどっちの俺だ。お前と組む俺か?それともお前を倒しにくる俺か? シュドウ  …お前は頭のいい奴だと思ったがな。いいだろう…ならば見るがいい! 再び剣を交える二人。 しかし、山崎が押される。 別空間にでるハルコら。 イデ  ちょっと…どこ行くんです? アラシ  だって…あの人、私たちのために戦ってるのよ?気にならないの? ハルコ  あ、あそこ! 山崎、こてこてにやられる。 アラシ  押されてる…。 イデ  …ダメだ…地球は悪の手に落ちるんだ…。 駄目押しとばかりになるカラータイマー。 山崎、フラフラ、剣を落としてしまう。 イデ  がんばれ!がんばるんだ!君が負けたら世界が終わる!がんばるんだ! アラシ  そうよ、がんばって! 声援を送る二人。 ヤマザキ  うるせえ! イデ  え? アラシ  今の声… ヤマザキ  がんばってるだろうがお前らのために!助けてもらう立場の奴が偉そうに「がんばれ」なんてぬかしてんじゃねえ! ついに動けなくなる山崎。 ヤマザキ  シュドウ…。 シュドウ  俺と組む決心がついたか? ヤマザキ  こいつを…楽にしてくれるなら…。 シュドウ  最初からそうすればよかったんだよ。さあ、俺と行こう。くだらない固定観念を捨てて、無作為という名のもっと美しい世界へ! シュドウの方へ行こうとするヤマザキ。 山崎  …おい、本気で行くつもりじゃないだろうな。 ヤマザキ  え? 山崎  バカヤロウ。正義の味方が信念曲げてどうするんだよ。 シュドウ  …。 山崎  …なぁ、シュドウとか言ったな。…俺にはわかるぞ。俺だからわかる…。 シュドウ  何? 山崎  あんた怖いんだろ。自分の信じてる正義に自信がないんだろ。だから…その気になれば穏便に済むことを、。勝手に大事に仕立ててる。 シュドウ  …何をバカな。 山崎  じゃあ何で「お前のしたことを見届ける奴」が必要なんだ!あんたにとっての正義なら、一人でだって貫けよ! シュドウ  貴様…。 山崎  怖いんだよ。自分のしたことが報われないまま終わるのが…。 シュドウ  黙れ、死に損ないが! 山崎  ああそうだよ!どうせ捨てるつもりの命だ。欲しけりゃくれてやる!だがな…俺は負けないぞ。…俺は絶対に負けねえ!あんたは俺だから!俺はあんただから!だから俺は、あんたを本気で倒したいと思うことができる! シュドウ  黙れえ! 山崎  甘すぎるのはあんたの方だ! 懸命に戦う山崎、やっぱりこてこて。 山崎  今、何時だ? ヤマザキ  え? 山崎  今何時かって聞いたんだ! ヤマザキ  …11時57分。 山崎  あと3分・・・カラータイマーが鳴るには、まだ早いよな! 戦うムラマツと山崎。 山崎、剣を落としてしまう。 ムラマツ攻撃。 山崎、ネクタイで防ぐ。 シュドウ  …何!? ハルコ  !…あのネクタイ…。 山崎、ムラマツを蹴り飛ばす。 倒れるムラマツ。 山崎は、やはりフラフラ。 ヤマザキ  もういい!余計なことはするな!おとなしく寝てろ! 山崎  …まだだ…。 ヤマザキ  お前はよくやった。誰もお前を責めたりしない!これ以上やっても報われないんだ! 山崎  まだだ! ヤマザキ  もう苦しむな!俺が安らかに死なせてやるから! 山崎  いるか!そんなもの!…愛のために立ち上がれ…平和のために立ち上がれ…胸に無限の勇気を込めて…悪を切り裂く太刀になれ! ヤマザキ  山崎! 山崎  うなれ、鉄拳! シュドウ・ムラマツ  貴様! 山崎  疾れ!電光! ハルコ  まさか! 山崎  吼えろ!俺の魂! 山崎、変身グッズをはずす。 そこに立っているのは、紛れも泣く、一般人山崎にして、正義のヒーロー山崎。 ムラマツ、気合負けして、半端な攻撃をかける。 山崎、かわすと落とした剣を拾い上げ、右手で握る。 そして、手の拳の上から、剣が離れないよう、ハルコのネクタイをキリリと巻く。 山崎  行くぜ…勝負はこれからだ! ** ハルコ  …山崎さんだ…。 アラシ  え? ハルコ  …山崎さんだったんだ…。 ** 反撃する山崎。 シュドウ  …バカな…なぜ立てる!? ヤマザキ  お前にはわからないよ。…わかるはずがない。…自分のために世界を捨てたお前に…世界のために自分を捨てるこいつの勇気が…こいつの優しさが理解できるはずがない。 シュドウ  何? ヤマザキ  シュドウ。 シュドウ  ! ヤマザキ  …これが最後だ…俺と一緒に戻るんだ。 シュドウ  …今さら何を…。 ヤマザキ  そうだよな…ここまで来ちまったもんな…今さら後にはひけないよな…。 ヤマザキも剣を出す。 シュドウ  …貴様まで…。 ヤマザキ  見せ付けられちゃしょうがないだろ? シュドウ  勝てるつもりか? ヤマザキ  そのつもりだよ! ヤマザキと山崎、同じ動きで剣を振り、見栄を切る。 ヤマザキ・山崎  行くぜ悪党!正義の刃、受けてみよ! ヤマザキVSシュドウ。 山崎VSムラマツ。 同じ殺陣で戦う二組の戦士。 中央にて激しくぶつかりあうと、ツバで押し合う形になる。 シュドウ・ムラマツが有利。 山崎、押される。 ハルコ  だめ! アラシ  え? ハルコ  だめよ、絶対に倒れちゃだめ!今ひざをついたら、二度と立てなくなる! アラシ  ちょっとハルコちゃん…。 ハルコ  がんばって…がんばって! 押し戻すヤマザキ・山崎。 ムラマツ・シュドウ  うせろ!めざわりな! 押すシュドウ。 こらえるヤマザキ・山崎。 ヤマザキ・山崎  教えてやろうか…それを正義っていうんだ! はじき飛ぶように倒れる4人。 そして、中央、最後の一撃のためによる4人。 ムラマツ・シュドウ  死ね! ハルコ  山崎さん! ヤマザキ・山崎  おおお! すれ違う4人。 一瞬の間。 ヤマザキ・山崎  …紫電一閃! 爆音と共に消えるシュドウとムラマツ。 ハルコら、その空間からでてソデへ。 ヤマザキ、シュドウの消えた先を見つめる。 山崎、大きく息を吐き出すと、右手から剣を引っこ抜く。 すると右手にはハルコのネクタイだけが残る。 握り締める山崎。 山崎  なあ…。 ヤマザキ  ん? 山崎  …今…何時だ? ヤマザキ  11時59分59秒。 山崎  うそつけ! ヤマザキ  うそじゃない…正義の味方ってのはそういうものだ。 山崎、照れとも自嘲ともつかない笑みを浮かべる。 山崎 疲れたよ。 ヤマザキ  だろうな。 山崎  寝ていいかな。 ヤマザキ  …ああ。 そのとたんに、倒れる山崎。 ヤマザキ  …お疲れさま…終りだよ。…残業はなしだ。 ハルコらが駆けてくる。 しかし、立ちすくんで山崎に近寄ることができない。 ヤマザキ、少し離れて携帯電話。 ヤマザキ  …ヤマザキより中央へ…ヤマザキより中央へ…作戦終了…損害は…損害は「極めて大」です…。 ゆっくりと暗転。 P-9 暗転中 山崎  …もしも…もしも…この世に神という者が存在するなら、どうか次は…人でないものに生まれますように…人でないものに………え!? 起きる山崎。 暗転。 P・10 早朝。 街にはまだ人気がない。 山崎、往来に寝ている。 自分の体を確かめる。 どこもおかしくない。 それどころか仕事着をきちんと着ている。鞄もある。 時間は出社に十分間に合う。 変に思いながらも会社に行こうとすると、 ヤマザキ  あの…。 山崎  え? 振り向くと、ヤマザキがビジネススーツで立っている。 ヤマザキ  …落としましたよ…。 と、ヤマザキ、封筒を差し出す。 山崎  …僕…ですか? ヤマザキ、微妙な笑みを浮かべたまま。 山崎、沈黙を肯定ととる。 受け取って中身を出して読む。 遺書。 ハッとしてヤマザキを見る。 ヤマザキ、表情を変えない。 山崎  あの…これ…どこに? ヤマザキ  …そこのビルの屋上から…ヒラヒラと。 山崎  じゃあ…どうして僕のだと? ヤマザキ、少し笑う。 ヤマザキ  …なんとなく。 山崎  …そうですか。 山崎、遺書を封筒に戻すと、ヤマザキに差し戻す。 ヤマザキ  …え? 山崎  あげます。読んでから捨ててもいいし、読まずに捨ててくれてもいい。…あげます。 にっこり笑うヤマザキ。 ヤマザキ  …どうも。 受け取る。 山崎  じゃあ、俺、仕事がありますから。 去りかける山崎。 ヤマザキ  あの! 山崎  え? 立ち止まり、振り向く。 ヤマザキ  …がんばってください…。 山崎、「コノヤロー」とでも言いたげな笑み。 山崎  …お互いに。 山崎、去る。 見送るヤマザキ。 ヤマザキ  …ま、悲劇のヒーローよりはいいさ。 風。 昨日の「今日」とは違う「今日」の風。 ヤマザキ  …さて! 鞄を担ぐと、山崎と反対の方向に去るヤマザキ。 この二人が後の人生で出会うことは二度とない。 おしまい 本作品を上演する場合は、劇団あとの祭りまでご連絡ください。 32