P・マイナス1 舞台はどこかの部屋である。ロビーのような空間。 ちらかってはいるが、清潔でビジネスライクな空間。 ブラインド越しに、朝日が縞になって入ってくる。 やがて、おもむろにドアが開く。 はいってきたのは、男一人。 目深にかぶった帽子とトレンチコート。 そしてポケットに突っ込んだ腕には、なぜか、白いコンビニ袋がぶら下がっている。 間抜けさもさることながら、夜のドラマや映画ではないこの空間には、 あまりに不釣合いなその姿。 男は帽子のつばの下から芝居がかった視線をなげかけながら口を開く。 小山田  「確かにこの町は腐敗しきっているかもしれない… だがな、覚えておくといい…タフでなければ生きられない でも、優しくなければ…生きている資格がない。」… Byレイモンド・チャンドラー。 男(=小山田)、暫くそのまま黙っているが、 やがてこらえきれなくなったように笑い出す。 小山田  (やがて、大笑い)…なんちゃって。いいっしょ、このコート。 欲しかったんスよ。いえね、この前のルポが結構いい値になりまして… って…あれ?…ミサキさん? あたりを見渡すが誰もいない。 小山田、舌打ちすると、机に腰掛け、懐を探る。 煙草の箱を出す。 袋をむしる。 一本出して、食べる。チョコレート。 別のドアが開く。 女(=紅坂ミサキ)、入ってくる。 どうも別室で仮眠をとっていたらしい。眠そうだ。 目があう二人。しばしの間。 ミサキ  …なにやってんの、あんた。 小山田  いえ…えぇっと、ですね…。 間。 ミサキ  …どしたの。そのコート。 小山田  え…あ!いいでしょ、これ!結構高かったんスよ! やっぱ、ミサキさんの横に立つには、これくらい必要かな、なぁんて思って…。 ミサキ  …買ったの? 小山田  ええ。 ミサキ  いつ。 小山田  昨日。 間。 ミサキ  8月よ、今。 小山田  そうですね。 ミサキ  買ったの? 小山田  ええ。 ミサキ  …で、着てきたの? 小山田  ええ、そりゃもう、昨日からずっと着てますよ。なんていうんですか。 やっぱほら、程よくくたびれた感じが欲しいじゃないですか。でね、なんかの本で、 着て寝るといい感じにしわがつくって読んだことがあったんで。あれですね。 受験生が、新品の辞書だと勉強してないみたいだからって、わざわざ手垢つける みたいなもんですよ。やりませんでした、そういうの。 ミサキ  やらない。 紅坂、小山田にはとりあわず、机に向かうと 留守電の再生ボタンを押す。 留守電  「用件ハ一件デス。…午前5時11分。(発信音) 恵子  おはようございます。私です。定時報告。異常無しです。 今から戻ります。(発信音)」 ミサキ、それを聞きながら、机の上の鏡を見ている。 ミサキ  …あぁあ、ひどい顔…。 小山田  やだな、そんなことないっスよ。「君の瞳に、乾杯」なんちゃって…。 ミサキ  …そこで照れてるようじゃ…。 小山田  え? ミサキ  何でもないわよ。…だめね、頭がまだ夜モードだわ。 小山田  よ…夜モードって…。 ミサキ  妙な想像するんじゃない。だいたい、さっきから気になってたんだけど そのコンビニ袋はなに? 小山田  あ、これですか?卵です。 ミサキ  …卵?…何の? 小山田  やだな。ニワトリですよ。いえね、親戚で養鶏やってるとこがあって、 これでも食って精つけろって送ってくれたんですよ。昨日の卵ですけどね、 まだ新鮮ですよ。 ミサキ  …で、それが何? 小山田  おすそ分けです。とりあえず、今から朝飯にいかがです? ミサキ  あたしゃアーリーハンクスか…。 小山田  ああ、年齢的にも…。 ミサキ  (にらむ) 小山田  お湯わかしてきまーす。 小山田、別室にいくと、すぐ戻ってきて、 コンビニ袋から謎の機械を出し、準備する。 ミサキ  …何よ、それは。 小山田  ゆでたまご製造機。「むっちょりくん」っていうんです。結構便利ですよ。 小山田、いそいそとゆでたまごをセットする。 ミサキ  …コート、脱いだら? 小山田、聞こえてない。お湯の様子を見に、別室へ。 ミサキ  …ま、いいけど…。 電話が鳴る。 ミサキ  (コール一回でとる) 紅坂探偵事務所。 課長  私だ。 ミサキ  ! …ボス。…じゃあ…。 課長  ああ。「エリオット・ネスがシカゴへやってきた」…あとはよろしく頼む。 ミサキ  …わかりました。 課長  …(切ろうとする)。 ミサキ  ボス。 課長  ん? ミサキ  いえ…ありがとうございます。 課長  …頼んだ。(切る) ミサキ、受話器を下ろす。 ミサキ  …盗聴か…あり得ないことではないか…。 と、そこへ恵子帰ってくる。 恵子  あ、もどりました。これ、昨日の写真です。 ミサキ  お帰り。 恵子  報告書、どうします? ミサキ  あとでいいわ。それから、今後の予約は取り次がないで。 恵子  え…じゃあ。 ミサキ  「エリオット・ネスが来た」そうよ。 恵子  そうですか。 ミサキ  で、悪いけど迎えにいってくれる? 恵子  ええ、かまいませんけど…。 ミサキ  警察署で「トレンチの男」っていえばわかるわ。 恵子  トレンチって、コートですか? ミサキ  そうよ。 恵子  え?だって今、8月ですよ?そんな人…。 小山田、戻ってくる。コートにエプロン。 小山田  ミサキさん、トースト何枚焼きます? 恵子  …。 小山田  あ…(恵子に)食う?焼こうか? 恵子  …南半球は冬ですよね。 ミサキ  そうね、でもあんまり関係ないと思うわ。 恵子  …ま、とにかく行ってきます。 小山田  パン、食わない? 恵子  食わない。 恵子、再び去る。 小山田  ミサキさん、どうします? ミサキ  後にして。私もちょっと出るわ。 小山田  え? ミサキ  あ、それから、盗聴されてないかチェックしておいて。頼んだわよ。 小山田  あ…ちょっと、ミサキさん? ミサキ、退場。 小山田  …「ヘイ、いるんだぜ、こういうヤツ」 と、その時、しゃべり始める「むっちょりくん」 *  「ユデタマゴノ製造ヲ開始シマス。 現在、生卵デス。 現在、半熟卵デス。 現在、むっちょり卵デス。 ユデスギデス。 ユデスギデス。 ユデスギデス…。」 そして時間はゆっくりと 「ハードボイルド(かたゆでたまご)」に染まっていく…。 P・0  プロローグ 真冬の夜の港。 汽笛の音と波の音。 ときおり、灯台の光がきまぐれに辺りを照らす他は、 明かりらしいものはない。 遠くみえる街の明かりを、倉庫の屋根が切り妻に区切り、 その下はのしかかるような闇 ――――――  。 ホームレスも、TPOを知らないアベック達も出てこない。 そんな、笑っちゃうくらい完成された舞台に男が入ってくる。 目深に被った帽子、首からたらしたマフラーと、 そして第二の皮膚と化した必殺のトレンチ。 そんな、鼻血のでるような「ハードボイルダー」である。 男、中央まで歩くと低く喋り始める。 大神  …街の様子はずいぶん変わっていた。あれから3年、当然といえば当然だ。 昔のここは、もっと暗くて…もっと湿っていた。要するにヤクの取引には もってこいだった。…今はダメだ。灯台の光が乱反射して、辺りを やかましく照らしやがる。…ま、それだけ平和になったってことか…。 言うなれば、ここは社交場だったのだ。俺たち麻薬捜査官とバイヤー達の、 神聖にして冒されざる場所だった。 「市民」という名の羊をねらう狼と、それを阻止せんとする番犬たちが、 互いに牙を磨きあう…そんな場所だったのだが…。 汽笛。 辺りを見渡す、男。 海風。 男、襟を立てる。 大神  …いや、変わらないものがあった…潮の匂いに混じる排ガスとそして… (ニヒルな笑み)…相変わらず…血なまぐさい風だ…。 男、懐から煙草を出すと、一本くわえる。 風を避けて、手で火をおおう。 照り返しで浮かび上がる男の、煙で眉をひそめた顔。 (大勢)  そこまでだ! 大神  !(眉をあげるが、動かない) (大勢)  麻薬捜査官、大神 明!お前を逮捕する! 男、悠然と初めの一息を吐き出すと、立ち上る煙の向こうで 壮絶な笑みを浮かべて見せる。 銃声! 暗転。 音楽と共に、タイトルインの雰囲気。  「ハァドボイルドの犬達」 作 / 福 冨 英 玄   P・2 受付。 一般市民に交じって警官が行き来している。 カウンターには、受付嬢?が座っている。 8月なので、誰もが夏の装い。 トレンチの大神は明らかに異質。 カウンターに向かって呆然と立つ、大神。 受付嬢は張り付いたような笑顔を絶やさない。 大神、受付嬢に話しかける。 大神  …ああ、渋沢…。 受付  いらっしゃいませー。 大神  …。 受付  ご注文を、どうぞ。 大神  …あの、だな。 受付  ただ今、運転免許更新手続きを予約されますと、スクラッチカードが…。 大神  いや、いい。少し考えさせてくれ。 受付  ありがとうございましたー。 大神  …どうなってるんだ…。 入れ替わりに男が受付嬢に話しかける。 受付  いらっしゃいませー。 男  バリューセットのC。 受付  かしこまりました。8番でお待ちください。 男  (去り際に、不審な目で大神を見る。) 受付  (そでに)オーダー入ります。バリューC、交通課プリーズ。 (袖)  オッケー。 受付  サンキュー(例の気の無い返事) 間。 大神  …ああ…。 受付  いらっしゃいませー。お決まりですか? 大神  ………確認したいんだが………警察署、だよな。 受付  交通案内をお求めでしょうか?今、係が出ておりますので お時間3分ほどよろしいでしょうか? 大神  いや、そうじゃなくて。 受付  いらっしゃいませー。 大神  …ええと、だな…渋沢刑事課長…と、いっても肩書きは 変わっているかもしれないが…とにかく、渋沢に会いたい。 受付  アポイントメントはありますでしょうか? 大神  (紙を出して)召喚状だ。略式だが。 受付  (紙を見て)…かしこまりました。お時間は3分ほどよろしいでしょうか? 大神  …ああ…いいよ。 受付  かしこまりました。かけておまちください。 大神、離れると、懐から煙草を出してくわえる。 受付嬢と目が合う。 ぎょっとする受付嬢。 受付  …あなた、煙草…。 大神  ? 受付  (銃を出す)手をあげて!壁に向かって立ちなさい。 大神  …禁煙、だったか?ここ…。 受付  (インターホン)中央窓口です。114発生。 大神  …あの…。 受付  (銃をかまえる) 武装した警官、刑事など登場。 大神を取り囲む。 大神  …おいおい、頼むぜ。エイプリルフールはすぎただろ? 大神の後ろに立っていた男が、銃をつきつける。 男  よぉし、そのままだ。ゆっくりと手をあげろ。 大神  …「銃口を向けるなら、相手を選んだ方がいい。でないと 来年のクリスマスは来ないぜ。」Byエディ・マーフィー。 間。 男  …。 大神  …こういう時は、なんか言い返すもんだろ?ほらみろ、浮いちゃった じゃないか。頼むぜ兄弟。 大神、無造作に体勢を少しかえると、振り向きざまに、 後ろの男に一発入れて銃を奪う。 男  ! 大神  動くな! 一同、銃を向けたまま、止まる。 大神  冗談じゃない、一体何のつもりだ!シカゴからはるばる呼ばれて 来てみりゃ、港でパトロールに追い回され、警察署で包囲され…。 いい加減にしてくれ、俺が何かやったか? 一瀬  罪状を言えばいいのかしら? 女 (=一瀬) 登場。 一瀬  (周囲のものに)持ち場に戻りなさい。 一同、下がる。 大神、一瀬、向き合う。 大神  …。 一瀬  大神  明。渋沢刑事課長のもとで2年の刑事経験を経た後、 麻薬捜査官に。3年前に退職し、以後はシカゴで私立探偵。ただし、 極度のハードボイルドオタクがたたって、収入はほぼゼロ。 大神  見知りおきいただき、光栄の至りだね。 一瀬  一瀬です。渋沢刑事課長の代理です。 大神  代理?本人は? 一瀬  さあ、自殺した…。 大神  ! 一瀬  …という、噂ですが…3日前から無断欠勤が続いています。 大神  …そりゃ、まちがいだな。悪いが、あのダンナのことはよく知ってる。 「間違っても自殺と禁煙だけはしない」ね。By寺沢武一。 一瀬  さあ…それはどうかしら? 大神  …。 一瀬  あなたが着いたら、ある人物に引き渡すよう指示があったそうです。 大神  (笑う)そのあからさまに怪しい「ある人物」ってのは? 一瀬  呼んであります。もうすぐ来ますわ。 大神  一つ聞きたいんだがね。 一瀬  答えられることでしたら? 大神  あんたとボス…いや渋沢課長の関係は? 一瀬  上司と部下です。 大神  「部下」ね。 一瀬  何か? 大神  いや…もう一ついいかい? 一瀬  …どうぞ。 大神  …禁煙なのか?ここは。 一瀬  (意味ありげに笑う)ええ、もちろん。 大神  …ああ、そう。 一瀬  ちなみに、港湾周辺も禁煙です。以後気をつけてください。 大神  気をつけよう。もう一ついいかい? 一瀬  どうぞ。 大神  あんたの名前は? 一瀬  …一瀬です。 大神  そりゃ、名字だ。 一瀬  この署に一瀬は私しかいません。名字がわかれば十分では? 大神  なるほど。ついでにもう一つ…。 一瀬  (いいかげんうんざりして) …電話番号と、3サイズ以外でしたら。 大神  じゃ、下着の色は? 一瀬  …「シャネルの5番」。 一瀬、去る。 一人になる、大神。 大神  まいったね、どうも…。 大神、ハァドボイルドに帽子をとると、顔をあおぐ。 大神  …あっつー…。 大神、無意識にたばこを出す。 大神  (煙草をくわえながら)やっぱ、日本の風土には、あわんよなぁ…。 大神、火をつけようとして、禁煙だったことを思い出す。 なんとなく、しまうわけにもいかず、そのまま手でもてあそぶ。 大神、考え事をしているが、やがて、どうしても煙草が吸いたくなる。 周囲を確認するが、誰もいない。 大神、こっそりと携帯灰皿を出すと、火をつける。 そこへ、恵子登場。、 大神、あわてて消す。 恵子  こんにちはぁ…あの、大神さん…ですよね?いやぁ、 「トレンチコートを着てるだろうからすぐわかる」って言われたときは 何かの冗談かと思いましたけど…ほんとに着てらっしゃるんですね。 振り向く、大神。 恵子、大神の持っている煙草に目をとめる。 恵子  …ちょっと…。 大神  いや、吸ってない。火をつけただけだ。よってこれは「喫煙」ではない。 そうだよな。な! 恵子  なに言ってんですか!よりによって警察署で! 大神  よりによってって、刑事だって煙草くらい吸うだろうが。 恵子  吸うわけないでしょ! 大神  最近の刑事は健康的だな。 恵子  法律違反なのに、吸うわけないでしょ。 間。 大神  …何? 恵子  知らないわけじゃないでしょ? 大神  知るも知らんも、3年ぶりの日本だ。 間。 恵子  禁煙法ってのがあるの。 大神  あ? 恵子  禁酒法ってのがあったでしょ。あれの煙草版。 大神  …。 恵子  わかる?喫煙はもちろん。取引も禁止なの。 間。 大神  …「ヘイ、いるんだぜ、こういう奴」 暗転。 暗転中 一瀬  (電話)…はい…ええ、「エリオット・ネスは着きました。」…ええ…では、 そのように…はい、全ては御心の赴くまま…。 再び暗転。 P・3 場所はもどって、最初のシーン。 紅坂探偵事務所の一室。 いいかげんコートを脱いだ小山田が、一人ビデオなんか見てる。 ミサキ、バインダーをかかえて、戻ってくる。 ミサキ  恵子ちゃんは? 小山田  まだっスよ。 ミサキ  で、あんたのほうは? 小山田  調べましたよ。何にもなかったっス。 ミサキ  あ、そう。 ミサキ、机につく。 小山田  …どうでもいいですけど、カサブランカって、コート着てられるほど 涼しくないんだそうっスね。暑くなかったんでしょうかね、ボギーは。 ミサキ  …。 小山田  ねえ、ミサキさん。 ミサキ  何? 小山田  そろそろ、何狙ってるか話してくれませんか? ミサキ  …まだよ。恵子ちゃんが戻ったらね。 小山田  …信用ないんスねえ、俺。 ミサキ  口の軽さについてはね。 小山田  なるほど。(ビデオを取り出す。) 恵子、帰ってくる。 ミサキ  あれ、一人なの? 恵子  いえ、ドアの外に来てはいるんですけど。 ミサキ  入れていいわ。 恵子  あの…でも、ほんとに彼なんですか? ミサキ  なんで?「いかにも」って感じじゃなかった? 恵子  でもあの人、何も聞いてないみたいなんですけど。 ミサキ  当たり前でしょ。聞いてたらこんな街、来ないわよ。 恵子  はあ…。 ミサキ  (外に)入って。 ドアが開く。 大神、立っている。あきらかに異質。ドアの向こうは別世界。 大神、靴音と共に入ってくると、低くしゃべり始める。 大神  …例えば…塩をかけられたナメクジは、浸透圧の差で 体の水分を奪われ、やがては死ぬ。…わかるか?脱水症状ってのは、 危険な状態なんだ。それだけは、覚えておいた方がいい。 大神、ハードボイルドに帽子をとる。 大神  …あっつー。 小山田  だったらコート脱げよ。 ミサキ  あんたが言うな。 大神  「これは俺の第二の皮膚だ。脱ぐわけにはいかないんだよ」 By石ノ森章太郎。 小山田  仮面ライダーだろ、それ。 大神、とった帽子を、小山田の頭にのせる。 大神  帽子掛けは必需品だ。覚えておくといい。 小山田  …おっさん。 大神  (銃を抜く)口のききかたに気をつけるんだな、ボーイ。 小山田  …。 大神、あたりを見渡す。 大神  …で、誰が「ある人物」さんなんだ? 一同、無言。 大神  とりあえず、聞かせてもらおうか。この冗談みたいな状況のわけ。 渋沢課長がいなくなったわけ。そして俺が呼ばれたわけ全部だ。 ミサキ  新参者のくせに、ずいぶんな口のききようじゃない。 大神  生まれて初めての禁煙で、気が立ってるんだ。手を出すと、かみつかれるぜ。 ミサキ  そうやって、いちいち濃いしゃべりかたしないでくれる? 大神  …。 ミサキ  大神 明…さんね。 大神  あんたが「ある人物」さんか? ミサキ  もと刑事で、今探偵で、ついでにハードボイルドオタク。 小山田  (笑う) 大神  その言い方はよせ。 ミサキ  「おたく」って、もともとは「刑事コロンボ」の吹き替えのマネからよね。 あんたもやってた口じゃないの? 大神  …(懐から煙草の箱を出す。) 小山田  !おい! 大神  禁煙パイプだ!文句があるか! 小山田  ありません。 大神、イラだちながら、禁煙パイプをくわえる。 恵子  (小声で)情けないわね。 小山田 (小声で)だって、目がマジなんだもん。 大神  …で? ミサキ  そうね。自己紹介でもしましょうか。 大神  勝手にしてくれ。(禁煙パイプを吸う) ミサキ  そこの娘が、橘 恵子。あんたを送ってくれた娘ね。経理担当。 恵子  あ、どうも。 大神  (無視) ミサキ  で、そっちの、いかにも役立たずが小山田クン。雑用係。 小山田  …どもっス。 大神  (無視) ミサキ  で、私が紅坂ミサキ。もと婦警。今探偵。あなたをボスから買った女よ。 大神  ! ミサキ  あなたを入れて全部で4人。頭数としては一応そろったわね。 小山田  ?何の? 恵子 あんた、聞いてないの? 小山田  うん。全然。 恵子  信用ないのねえ。 小山田  悪かったな。 ミサキ  今から話すわ。(大神に)よろしい? 大神  …どうぞ。 ミサキ  …去年の初めに、どういうわけか麻薬取締法が強化されたわ。 習慣性のあるものには基本的には全て麻薬とみなし、法の管理下に置く。 その中でも特に煙草については、真っ先に全面禁止になったから、「禁煙法」 なんて呼ばれてる。 大神  ちょっと待て。 ミサキ  ? 大神  俺は昨日飛行機で日本に来た。空港でもタクシーの中でも吸っていたが 別にとがめられやしなかったぞ。 ミサキ  そりゃそうよ。まだ、全国的に施行されたわけじゃないもの。 だから法っていっても、正確には条例って言うべきかしらね。 大神  ? ミサキ  この街でだけ、通用してるんですよ。試験的に。検問で言われませんでした? 大神  召喚状を見せたら、関係者通路から通された。 ミサキ  で、その後わざわざ、港までハァドボイルドに漬かりに行ったわけね。 大神  やかましい! ミサキ  ま、そんなわけで、とにかくこの街じゃ煙草すっちゃ駄目なわけ。 大神  ああ、そうかい。そりゃよかったな。平均寿命も延びるだろうよ。 俺は気に入らんが。 ミサキ  そうよね。そう思っている人も少なくないわ。だから多分、いえ、 ひょっとしたらもうすでに動き始めているのかもしれない。 そうなってからじゃ遅いわ。70年前と同じことになる。 小山田  なんのことです? ミサキ、一度全員を見渡す。 ミサキ  1930年、シカゴシティ、禁酒法のしかれている中、アル・カポネと シシリーマフィアは密輸と密売でさんざんもうけたわ。 なぜそんなことができたか。みんなが求めていたからよ。 今まではできたことを、新しく禁止するのは、どこかに無理が生じるわ。 そして、無理は歪みを生み、法律は形骸化して、警察でさえ、 マフィアの支配下に下った。そこで政府は切り札をつかった。 マフィアの息のかかっていない土地から刑事を呼び出し、 少数のメンバーでアタックチームを組んだ。決して買収されない、 決してマフィアと手を組まない彼ら…。 大神  「アンタッチャブルズ」。エリオット・ネス率いる、超法規麻薬取締班。 最悪の30年代が生んだ、最高のハードボイルド神話。 ミサキ  そういうこと。 大神  まさかとは思うが…それをこの4人でやろうってのか? ミサキ  「もと」とは言え刑事(大神)でしょ。もと警官(ミサキ)でしょ。 会計係(恵子)でしょ…。 大神  そうすると、こいつ(小山田)は銃の名手か? ミサキ  全然。 小山田  撃ったこともないっス。 大神  …じゃ、こいつは何者だ? ミサキ  …さぁ。 小山田  あ…ひょっとして、俺のじいちゃんがブラジル国籍のユダヤ人だからじゃ ないですかね。 ミサキ  ほんと? 小山田  ほんと。 大神、立ち上がる。 大神  話にならん…。 ミサキ  ? 大神  なんだか知らんが、好きにやってくれ。俺は抜ける。 ミサキ  どうして?そのために呼ばれたんでしょ? 大神  茶番につきあう気はない。ボスの行方も調べなきゃならんのに…。 ミサキ  ?渋沢課長なら、今朝電話があったわよ。 大神  !…そりゃ、かえって臭いな。 大神、出て行こうとする。 ミサキ  ちょっと、ほんとに抜けるの? 大神  「チームワークなんてなぁ、お子様ランチなんだよ」Byジョー・ゴアス。 出て行く。 恵子  …禁煙パイプで、何、すごんでんでしょうねえ。 小山田  どうします? ミサキ  追って。 小山田  え…。 ミサキ  追うの。早く。恵子ちゃんも、お願い。 恵子  え…ええ。 二人、出て行く。 一人残る、ミサキ。 ポケットを探ると、ジッポのライターを取り出す。 蓋を開ける。音。 ミサキ  …ま、再会なんて、こんなもんか…。 火をつけることなく、蓋を閉じる。 暗転。 P・4 暗転中 大神  事務所を出た俺は、まず真っ先にレンタカーで足を確保した。 車種はもちろんブルーバード、といきたかったが金がない。名を口にするのも いやになる、どノーマルのリッターカーをレンタルし、冷房をガンガンかけながら、 街を流した。 落ち着ける場所が必要だ。 静かで、薄暗く、シックな雰囲気があり、できれば煙草と大人の酒が飲める場所。 だが、街はコンビニとファーストフーズに占領され、行き届いた都市計画のせいか、 路地裏さえろくにない。 おかげで、やっとの思いで俺がその店を見つけた時には、ちょうど日が落ちていた。 ドアの開く音。 明転。 所変わって、バー。 もちろん、「ハァドボイルド」なバー。 大神、入り口に立っている。 男が一人、黙々とグラスを磨いている。 女(ホステス)が、うさん臭そうな目で大神を見上げる。 大神、周囲を見渡すと、カウンターに近づく。 大神  …いい店だ。と、いうより、この街で「店「」といっていいのはここだけだな。 マスター  そりゃ、どうも。 女  何にします? 大神  そうだな…。 マスター  「ベルモットを効かせたギブソン…」。 大神  ! マスター  …だろ?大神。 大神  …!お前…木場か? 間。 大神  おいおい…冗談はなしだぜ。 木場  久しぶりだな。 大神  「久しぶり」じゃないよ。風のうわさに警察やめたとは聞いてたが… まさか、バーテンとは…。 木場  まぁ、いろいろとな。(女に)おい、エアコン最大だ。 アイコ  は? 木場  いいから、いけ。 アイコ、エアコンを最大に効かせる。 大神  (アイコを見て)…あれは…? 木場  …やとってるんだ。…それだけだよ。 大神  …(笑)。 木場  まだ、探偵か? 大神  皮肉か?…って、俺が探偵だ、となぜ知ってる? 木場  こんな店は、このあたりには他にないからな。自然といろいろ 集まってくるさ。そういう話が、な。 大神  「情報屋」か? 木場  …高いぞ。 アイコ、戻ってくる。 アイコ  (小声で)誰? 木場  …昔の同僚だ。 アイコ  「昔」って、どの「昔」よ。 木場  …刑事だったころ。 アイコ  あ、その「昔」ね。(大神に)アイコです。よろしくう。 大神  ああ。 木場  奥、行ってろ。 アイコ  いいじゃない、別に。 木場  邪魔だ。 と、女客が入ってくる。 木場  客だ、行け。 アイコ  …ふーん、だ。 女客、奥の席へ。 アイコ、注文を聞くと、ジャック・ダニエルのボトルとカットグラスを持っていく。 大神  (笑)…しかし、お前の店か。なるほどな。(笑) 木場  …笑うなよ。 大神  そりゃ無理な注文だ。…飲めるか? マスター、少し考える。 アイコ、戻ってくる。 木場  …まぁな。 大神  ?…開店、まだだったか? 木場  いや。 大神  そうかい。…懐かしい顔に会えた…こんな日は「ボギー」がいい…。 アイコ  ぼぎー? 木場  「フォアローゼス」のハイボール。ボギーことハンフリーボガード扮する フィリップ・マーロウが好んだ、世界で一番ハードボイルドなカクテルだ。 そのくらい覚えとけ。 大神  仕事がうまくいかない。だから金がない。そんな時だからこそ飲みたい。 そういう酒だ。 木場  …(作る)。 アイコ  あの…ねぇ、いいの…。 木場、二つつくると、大神に差し出す。 アイコ  マスター! 大神、受け取ると、軽くグラスをあげて一気に飲み干す。 木場、遅れて飲む。 大神、吹き出す。 木場、まずそうに飲み干す。 大神  …木場…。 木場  (グラスを置く) 大神  冗談はなしだぜ。これ、ウーロン茶だろ? 木場  そうだ。 大神  おいおい…。 木場  大神…うちに酒はねぇよ。 大神  だって、お前、それ…。 木場  瓶だけだ。 大神  …。 木場  瓶だけ、なんだ。 大神  …(座る) 木場、自分のグラスを洗い始める。 木場  麻薬取締法が改正されて、煙草ほどじゃないが、酒類も管理下に置かれてな。 一般の飲食店が酒類を扱うには許可がいるようになった。…うちなんか 飲食店経営許可さえ取ってないからな…店の雰囲気は守りたかったし… だから、瓶だけだ。…瓶だけなんだ。 大神  …。 大神、グラスを差し出す。 大神  …もう一杯だ。 木場  大神。 木場  もう一杯だ。今夜は「ボギー」がいい。 木場  …。 苦笑を交わす二人。 大神  煙草の次は酒か…やってられんな。ストレスたまる一方だ。 木場  (次を出しながら)ハードボイルドには暮らしにくくなったよ。 大神  全くだ。 再び、乾杯。 飲み干す、二人。 大神  …あの日以来だな、 木場  …ああ。 大神  3年前だ。この街で、麻薬取引の現場をおさえ、俺は元締めをおさえに そのまま渡米した。 木場  シカゴに本部を持つ密売組織。ボスは「プリーチャー(説教師)」と 呼ばれる男だった。 大神  ああ。 木場  自首したそうだな。今じゃ刑務所で贅沢三昧だそうじゃないか。 大神  …らしいな。 間。 木場  …俺は、その次の日に辞表を出したよ。 大神  …なぜ。 木場  (一口飲む)…あれは、ひどい事件だった。一般人、警ら中の警官を 巻き込んでのドンパチ…相手はマシンガンまで持っていた…俺は思ったね、 「もう、たくさんだ」ってな。 大神  …。 木場  すまんな。 大神 別に。 間。大神、一口飲む 大神  ところで、木場。 木場  ん? 大神  後ろの客は、どういうつもりで銃なんか持ってるんだ? 客  ! うしろの客、振り向かず、ゆっくりと立ち上がる。 大神  (振り向かず)手入れもいいが、ほどほどにした方がいい。 オイルの匂いがする。 客  …そうですか。以後気をつけますわ。 客、バッグから銃を出す。 大神  やめときな。少なくとも片方は怪我をする。 客  …全ては御心の赴くまま…。 大神  …聖書か?「言っておくが俺は強いぜ。あんたが飲(や)ってる テネシーバーボンとはわけが違う」By北方謙三。 客、コンパクトを出すと片手で開く。 大神、なみなみとつがれたグラスを持ち上げる。 肩越しに相手の位置を確かめる二人。 木場、アイコと共に隠れる。 張り詰める雰囲気。 緊張が高まりきった瞬間、互いに背を向けたまま、 肩越しに相手の方に発砲する。 銃声×2 2発とも見当違いの方に着弾。 客、ドアの方へ逃げる。 と、小山田、飛び込んでくる。 しかし、軽くあしらわれる。 逃げる客 大神  …なにやってんだ、お前。 小山田  うるせえな。通りすがりだよ!くそったれ。 木場、出てくる。 木場  悪いな。時々ああいうのが来るんだ。大丈夫だったか? 大神  こっちこそ、すまん。壁に穴あけちまった。アントニオ・バンテラスの ようにはいかんな、やっぱ。 木場  勘弁してくれよ。大事な店なんだ。 大神  だからあやまってる。…だいたい、お前が相手してやりゃ良かったんだよ。 木場  刑事やめてから、銃は撃ってないんだよ。お前こそ、刑事やめたくせに、 なんで銃なんか、持ってんだ。 大神  ま、いろいろとな。 恵子、入ってくる。 恵子  小山田くん、大丈夫? 小山田  だから、やだって言ったんだよ。向いてないんだよ、こういうの。 恵子  じゃ、何にむいてるのよ。 小山田  悪かったな! 大神  おい。 振り向く二人。 大神  何やってんだ、お前ら。 小山田  …銃声が聞こえたから、助けに来たんだよ。 大神、吹き出すと、笑う。 小山田  笑うことないだろ。 恵子  そうよ、一応、これでも、一生懸命だったんだから。 小山田  …フォローになってないよ。 大神  (まだ笑っている)悪かった。木場、こいつらに、なんかやってくれ。 木場  何かはいいが…何もないぞ。 大神  いいさ、ボギーで。 木場  …知らんぞ。 木場、あっという間に作って、小山田、恵子に出す。 木場  (出す) 大神  (受け取る)ほら、まぁ飲みな。 小山田  (飲む)! 恵子  (飲む)!何これ、まっずー。 大神  (笑う)…帰って、紅坂に伝えてくれ。「さっきのは無しだ。」 恵子  え? 大神  気が変わった。俺も協力しよう。というより、協力が必要だ。 なんなら、さっきのことはあやまってもいい。 小山田  なんだよ、いきなり。 大神  別に…明日、事務所に行く。帰って、そう伝えてくれ。 恵子  …「帰って」伝えるわけね。 大神  ああ、そうだ。 恵子  …行こか、小山田くん。 恵子、去る。 小山田  言っとくけどな、お前の命令を聞く義務なんか、無いんだからな! 小山田、去る。 大神と木場。 大神  出直すよ。バタバタして、悪かった。 木場  いや。 去りかける、大神。 大神  …ところでな、木場。 木場  ん? 大神  一つ聞きたいんだが…一番早い取引は、いつ、どこだ? 木場  …それを俺に聞くのか? 大神  ロハでな。 木場  (苦笑)…今夜だ。7番倉庫。大きい取引じゃないぞ。警察も手は 出さないつもりらしい。 大神  そうかい。そりゃ好都合だ。 木場  一人でやるのか? 大神  俺はその方が気楽だがね。 木場  …さっきの連中か。 大神  まぁな。 木場  ま、せいぜい気をつけてな。 大神  「ちっちっち。トラブルのない人生なんざ、願い下げだぜ」 木場  お前は宍戸錠か! 去る、大神。 音楽。 アイコ  濃い人ねえ…。 暗転。 P・5 事務所。 ミサキ、机でノートパソコンに向かっている。 一通り打ち終わって、処理を待つ。 その間、無意識にジッポの蓋を開けたり閉めたりしている。 恵子、戻ってくる。 恵子  戻りましたぁ。 ミサキ  お帰り…?一人? 恵子  ええと、まぁ、何ていうか…。バーに入ってですね、で、尾行が ばれまして、で、あ、そうだ、女の客が銃を持っていて… ミサキ  何、喋ってんだか、さっぱりわかんないわ。 恵子  でしょうねえ、いや、私もよくわかんないんですけど、とにかく 協力してくれるらしいです。 ミサキ  …。 恵子  ええと、ですね…。 ミサキ  いいわ。本人に聞くから。 恵子  ああ、そうしてください。 ミサキ  小山田くんは? 恵子  尾けてます。一回連絡いれるって言ってましたけど…。 TEL ミサキ  (とる)紅坂探偵事務所。 小山田  (携帯)ミサキさんですか? ミサキ  彼を追ってるわけね。 小山田  ええ、バーを出て(名前を口にするのもいやになるリッターカー) で移動中です。なんかノリノリですよ。曲がり角ごとにバンパーぶつけてます。 ミサキ  ハリウッド以降、ハードボイルドってのはそういうもんなのよ。 小山田  まあ、おかげで、尾行は楽ですが。あ、止まった。運ちゃん、止めて! ミサキ  ちょっと待て、あんたタクシーで尾行してんじゃないでしょうね? 小山田  そうッスよ。いやぁ、一回やってみたかったんスよ。「運転手、あの車を 追ってくれ」なんてね。 ミサキ  不経済でしょ! 小山田  必要経費っス。・ ミサキ  どこがよ…ったく、で?今、どこ? 小山田  貸オフィスによってます。ファックスかなんかだと思うんですけど。 …あ、もう出てきた。「つりはいらねえ」とか言って、店員困らせてます。 どうしましょう?つけますか?連絡先確認した方がいいスか? ミサキ  尾行は楽なんでしょ?だったら…。 ミサキ、パソコンの画面を見て、止まる。 ミサキ  …追って。 小山田  ? ミサキ  追うの!…いいえ、先回りして。行き先は7番倉庫。カメラあるわね? 小山田  ええ。 ミサキ  取引があるわ。写真に撮って。いい?彼が現場を押さえる前から撮るのよ! 小山田 え?あの…。 ミサキ  言う通りにする! ミサキ、受話器を置く。 恵子  どうしたんです? ミサキ  メールで伝言してきたわ。彼からよ。(画面を見せる) 恵子  (読む) ミサキ、、出口へ向かう。 ミサキ  恵子ちゃんは、ここで待機。…そうね、マスコミには匿名で情報流しておいて。 警察はまだよ。 恵子  あの…どういうことです? ミサキ  宣戦布告する気なのよ。「アンタッチャブルズ」がそうしたようにね。 恵子  あ! ミサキ  私も行くわ。あと、頼んだわよ。 恵子  え、行くわって…。 ミサキ、出て行く。 恵子  ミサキさん!…丸腰でどうする気よ。…もう、自分で言うほど、 冷静じゃないくせに…。 恵子、あわててパソコンに向かってキーを打ち込む。 恵子、机の上のジッポに、ふと目を止める。 恵子  …A・O?…アキラ オオガミ…? 恵子、ミサキの出ていった方を見る。 暗転。 P・6 冒頭の港。 明かり一つ無い中に、人の雰囲気。 女  遅かったわね。 男  すまんな…金は? 女  ここよ。…ブツは? 男  ここだ。 女  本物でしょうね。 男  間違いねぇ。混じりっけなしの純国産だ。 女  結構。 男  そっちこそ、金はあるんだろうな。安くないんだぜ。 女  あるわ。キャッシュで10。 男  いいだろう。じゃあ、合図でこっちへ滑らしな。 大神  よし、そこまでだ。そいつはこっちへもらおうか。 男  何! 女  つけられたわね! 男  いや、そんなはずは…。 大神  ホールド・アップだ。妙な真似すると、それ以上、歳食わないぜ! と、灯台の明かりが回ってくる。明転。 明るくなった舞台に立っている、主婦風の女と、 店のエプロンをつけ、米袋を背負った、米屋のオヤジ。 一同  …。 大神  (米袋をみる)…まじりっけなしの…。 男  (うなずく)純国産。 大神  まぎらわしいまね、するな! 乱射する大神。 逃げる二人。 と、袖の方でも銃声。 大神  向こうか! 大神、去る。 *** そのちょっと前 *** 薄暗い中、会話する二人。 一人は男。一人は女。 二人ともトランクを持っている。 女  遅かったわね。 男  すまんな…金は? 女  ここよ。…物は? 男  ここだ。本物だろうな。 女、トランクをあけると、札がぎっしり入っている。 女  そちらは? 男、トランクを開けると、煙草がぎっしり。 女  いいでしょう。じゃあ合図で…。 と、袖から声。 大神  まぎらわしいまね、するな! 銃声! 女 …つけられたようね…。 男  いや…違う、俺じゃない…。 女  (銃口を向ける) 男、逃げ出す。 女、男が置いていったトランクを拾う。 女  …木場か…あの男…。 女、戻って、自分のトランク(金)を拾おうとする。 と、そのトランクを手にしている、小山田。 女  …。 小山田  …あ、ども。 女  (無造作に撃つ) 小山田  (トランクに当たる)わ、ちょっとタンマ…。 逃げる、小山田。 追う女。 *** で、時間はつながる *** 袖から逃げてくる小山田。 女、その足元に、一発撃つ。 止まる、小山田。 小山田  いや、あのですね。ちょっと魔が差したっていうか、出来心っていうか…。 女  「全ては御心の赴くまま、神は与えたもう、奪いたもう…」 小山田  あ、俺、宗派、違うから…。 女、トランクを撃つ。 小山田、トランクを落とす。 銃口を向ける女。 小山田、両手を上げる。 大神  (袖から)「いい腕だ…だが、その程度じゃ、世界で2番目だな」 大神、銃を手に登場。 小山田  「怪傑ズバット」! 大神  「エースのジョー」だ!日活アクションくらい観とけ! 女、逃げる。 大神、足元を撃つ。 一瞬、振り向く女。 大神  お前…一瀬…。 女、逃げる。 大神  待て! 追って去る、大神。 入れ替わりに入ってくる、ミサキ。 ミサキ  小山田くん。 小山田  あ、ミサキさん。 ミサキ、足元を見ると、金と煙草の2つのトランク。 しかし、辺りに人影は無い。 ミサキ  なに?どうなってんの? 小山田  あのですね。ここで、取引があって…。 ミサキ  そんなこと、わかってるの。はでに押さえて名をあげなきゃ 意味がないでしょ。バイヤーは? 小山田  いや、それが…。 大神、戻ってくる。 大神  ちぃ。逃がしたか…。 ミサキ  …(ため息)。 大神  …(ミサキに気付く)…早かったな。 ミサキ  おかげさまで。お待たせしたわね。 大神  なぁに。こっちも今来たとこだ。 ミサキ  で。 大神  逃がした。 ミサキ  えらく、あっさり言ってくれるわね。 大神  収穫はあった。足取りは追える。 ミサキ  どうだか。 大神、ムっとする。 と、サイレン音。 小山田  警察? ミサキ  ああ、恵子ちゃんに呼んでもらったのよ。「現場を押さえたところを おっとり刀で駆けつけるこっぱ役人」のつもりだったけど…。 大神  …俺のせいか? ミサキ  別に。 小山田  俺じゃないですよ。 大神  お前だ! ミサキ  !…ちょっと待ってよ…この構図ってマズくない? 二人  ? ミサキ  ここに、金と煙草があるのよ。…どうみても、あたしらがバイヤー…。 大きくなる、サイレン音。 大神  どうするんだ? ミサキ  どうって…? 小山田  逃げましょう!これ持って! ミサキ   なんで! 小山田  だって、このままじゃ、犯人扱いですよ? ミサキ  だからって…。 小山田  とにかく逃げるんです!大丈夫です、俺、逃げ足なら自信ありますし。 ミサキ  …ジーザス。 大神  …とんだ、アンタッチャブルだな…。 間。 ミサキ・大神  …ヘイ。いるんだぜ、こういうやつ。 P・7 明転。 恵子  だからって、持って来ちゃって、どうするんですか! 紅坂探偵事務所。 ミサキ  しょうがないでしょ。なりゆきでそうなっちゃったんだから。 小山田  だって、置いてくるのもなんだし…。 恵子  あんたか! 小山田  え?だって、もったいないじゃん。 恵子  あんた、ことの重大さ、わかってないでしょ! 小山田  何が。 恵子  …これ、麻薬なの。わかる? 小山田  うん。 恵子  これ、持ってると犯罪なの。 小山田  うん。でも外に持ち出しちゃえば、ヤバいもんでもないんでしょうが。 恵子  誰が、持ち出すの? 小山田  そらぁ、運び屋にでも頼んで…。 恵子  その運び屋の金も、盗んできちゃったわけでしょうが! 小山田  あ…。 恵子  どうすんのよ、警察も運び屋も敵にしちゃって…。 小山田  ええと、いや…。 恵子  ミサキさん、私、ヒマもらってもいいですか? 小山田  いっそ、これ持って、俺と逃げるっての、どう?「ボニー&クライド」みたいに。 恵子  他人事みたいに言うな!こうしている間にも…。 ドアが開く。 びっくりする、恵子、小山田。 入ってきたのは、大神。 恵子  …寿命縮むわ…。 大神  国道に検問が敷かれたらしい。どうする気だ。 ミサキ  私が聞きたいわ。 大神  そうのんびりしてる暇は無いと思うがな。 ミサキ  だから、いまどうすべきか考えてるの。黙っててくれる? 大神  …(肩をすくめて見せる) 間。 恵子  …とにかく下手に動けませんね。 ミサキ  それは、どうかしらね。 恵子  え? ミサキ  …おかしくない? 恵子  何がです? ミサキ  (大神に)警察は、今日の取引のことは、目をつむるつもりだったわよね。 大神  木場の話ではな。 ミサキ  それにしては、動きが早いと思わない? 恵子  !…警察にも影響力を持ってる…? ミサキ  そう見た方が、無難でしょうね。 恵子  …。 間。 大神  運び屋に情報をリークするってのはどうだ。 一同  ! 大神  どのみち、いつかはばれる。それなら、いっそのことばらしあった方が、 相手の動きを読みやすい。うまくいけば、足をひっぱりあってくれる。 ミサキ  …悪くないわね。 大神  …(小山田、恵子に)と、言うわけだ。 小山田  ? 大神  つての一つくらい、あるんだろ? 小山田  (ミサキを見る) ミサキ  …行って。 二人、出て行く。 大神  …あんたは行かないのか? ミサキ  そういうあんたは? 大神  …あんたが出たら、行くさ。 ミサキ  戸締り、したいんだけど?(事務所のキーを見せる) 大神  なら、俺がキーを預かろう。 ミサキ  …。 大神  なんだよ。 ミサキ  …別に、いいけどね。(渡す) 大神  何が。 ミサキ  トランクの中に(煙草が)いくつ入っているか、数えてあるからね。 大神  ! ミサキ  減ってたら、殺すわよ。 ミサキ、出て行こうとする。 大神  おい、待て。 ミサキ  ? 大神  銃は? ミサキ  …何? 大神  銃!丸腰で行く気か? ミサキ  そうだけど? 間。 大神  お前、まさか銃、持ってないのか? ミサキ  当たり前でしょ。ここ日本よ。 大神  …ジーザス …。 大神、懐から、一丁だす。 大神  貸してやる。持っていけ。もと婦警なら撃ち方くらいわかるんだろ。 ミサキ  いらないわ。 大神  「使わないに越したことはないが、あって困るものでもないぜ。もらっときな」By… ミサキ  …拳銃って、嫌いなのよ。 大神  …一応、心配してるつもりなんだがな。 ミサキ  ありがと。でも大きなお世話。 大神  おい。 ミサキ  キーは植木蜂の下にいれといて。 ミサキ、ドアを開ける。 ドアの外で、聞き耳立てている小山田と恵子。 ミサキ  …。 二人  …行ってきまーす。 ミサキ  …ったく、なにやってんだか…。 三人、去る。 大神  …やれやれ、だぜ。 一人残る、大神。 大神  #聞きわけのない、女の頬を… 大神、鼻歌で「カサブランカ・ダンディ」なんか歌いながら、 机の上の受話器をとって、ダイヤルする。 大神  一つ二つ、はりたおして…。 電話、待ち時間。 大神、無意識に、懐からライターと禁煙パイプの箱を出す。 大神  背中を向けて… 大神、禁煙パイプに火をつける(!)。 大神  煙草を、吸え…!(むせる)…。 ひとしきり、はげしくむせる大神。 大神  …だめだ、ボギー。あんたの時代はふた昔前だ…。 電話つながる。木場の店。 大神  (木場が出ると思っている)俺だ…。 アイコ  (うざったげに)…誰? 大神  …っと…すまん。大神だ。木場はいるか? アイコ  それが、いないのよ。めったなことじゃ、店から出ない人なのに…。 大神  …そうか。 アイコ  なんか女が訪ねて来てさ。二人で出てっちゃって…。 大神  !…女? アイコ  うん。 大神  …さっき、店で銃を撃った女か? アイコ  ううん。それとは別。…(女の姿)…で、首から趣味の悪い クロス(十字架)下げててさ…。 大神  !…一瀬…? アイコ  知ってる人? 大神  あるいは、な。当たってみる。 アイコ  そう。じゃ、つかまったら「早く店に戻って」って言ってくれない? 大神  そうしよう。 アイコ  ありがと。 切れる。 大神、受話器を置く。 大神  …まさか、な…。 大神、出て行こうとする。 ドアの外にまだいる小山田。 大神  …。 小山田  …「およびでない?…」 大神  よせ。 小山田  「こらまた…」 大神  やめろ。 小山田  …By植木… 大神  やめろ! 小山田  …。 大神  そんなにヒマか?お前。 小山田  うるせぇな。大体なぁ…。 大神  何だよ…。 小山田   …。 大神  言えよ。 小山田  …あのさ。 大神  何。 小山田  …あんたさ。…ミサキさんと、どういう関係? 間。 小山田  「みっともねー奴」とか思ってんだろ!いいんだよ! 自分でもそう思ってんだよ!しょうがねぇんだよ! 大神  初対面だ。 小山田  嘘だね。 大神  少なくとも俺には覚えが無い。 小山田  信じねぇよ。 大神  なぜ。 小山田  …カンだっ! 大神  …いい答えだ。 間。 大神  一つクイズを出そうか。…おまえ「彼女」って漢字で書けるか? 小山田  あ? 大神  「彼女」。 小山田  …「彼の女」だろ。 大神  ちっちっち。 小山田  ? 大神  …「彼方の女」だ。 小山田  …。 大神  「大事な女はな。…そばに置くべきじゃない。」By… 大神、去る。暗転。 P・8 バー。 アイコ  …で、首から趣味の悪いクロス下げててさ…そう。じゃ、 つかまったら「早く店に戻って」って言ってくれない? ドアが開く。ミサキ入ってくる。 アイコ、顔を向けるが、電話は続ける。 アイコ  …ありがと(切る)。 ミサキ  ごぶさた。 アイコ  ホントよ。何してたの? ミサキ  ちょっとね。 アイコ  なによ、それ。…何、飲む? ミサキ  ウーロン茶。 アイコ  そうストレートに言わないでよね。これでも雰囲気売ってるんだから。 ミサキ  (笑)…じゃ、ローゼスの40をロックで頂戴。 アイコ  毎度。 アイコ、自分の分と、二つ作る。 ミサキ  …マスターは? アイコ  お出かけ中。 ミサキ  あら、めずらしい。どこ行ったの? アイコ  それがわかんないのよね。 ミサキ  ふぅん…そう、いないの…。 アイコ  「仕事」のこと? ミサキ  まぁね。 アイコ  私でも、少しはわかるけど? ミサキ  …でも。 アイコ  お代はとらないわよ。 ミサキ  (笑)…運び屋をあたってるんだけど、どうもね…みんな忙しそうなのよね。 何かあるのかな、と思って。 アイコ  私としては、どうしてミサキさんが、そんなことに興味を持ったのか、 そっちの方が気になるけどね。 ミサキ  別に。 アイコ  そういえばさっき、港がとうとか… ミサキ  企業秘密。守秘義務ってやつよ。 アイコ  そうやって、難しい言葉使わないでしょ。私、頭悪いんだから。 ミサキ  頭悪い人は、普通そんなに鋭くないわよ。 アイコ  ふふん…で? ミサキ  私が聞いてるの。何か知らない? アイコ  知らなーい。マスーに聞いて。 ミサキ  …いい年こいて、そういうのやめたら。 アイコ  うっさいわね!30女に言われたかないわよ。 ミサキ  失礼ね。まだ20代よ。 アイコ  秒読みでしょ? ミサキ  自分だってサバよんでるんでしょうが。ホントはいくつなのよ。 間。 二人、にらみ合う。 ミサキ  …話題、変えない?こういうのって「かさぶたのはがしあい」だわ。 アイコ  …そうね。 二人、飲む。 アイコ  …あ、そうだ…。 ミサキ  ? アイコ  ちょっと待っててね。 アイコ、奥へ行く。 瓶を手に、戻ってくる。 アイコ  じゃーん。 ミサキ  ?何? アイコ  とっとき。 アイコ、ロックにして出す。 アイコ  はい、もう一杯。 ミサキ  ?…ありがと。 ミサキ、飲む。 ミサキ  !…これ…本物? アイコ  いいでしょ。 ミサキ  こんなもの、どうやって…あんた、まさか…。 アイコ  ぶー。残念でした。これは麻薬取締法が変わる前から持ってたんですぅ。 だから、あたしの。 ミサキ  貴重品じゃない。 アイコ  だって、マスターのいるとこで開けたらさ、ついであげなきゃ ならないじゃん。そしたら、あの人飲み干しちゃううもん。 こんな日じゃないと、分け前減っちゃうし。 ミサキ  …もらっていいの? アイコ  いいよ。おごったげる。一人で飲んでもしょうがないもの。 ミサキ  …なんか複雑なのね。まぁ、いただくわ。 アイコ  乾杯。 ミサキ  ん、乾杯。 間。 ミサキ  うまくいってるの? アイコ  マスターと?全然。 ミサキ  そ。 間。 アイコ  そっちこそ、どうなのよ。 ミサキ  どうって? アイコ  知ってるもんねー。ミサキさん、煙草吸わないくせに、ライター持ってるもんねー。 ミサキ  あ…あれは…。 アイコ  男のものと見たね。 ミサキ  違…そういうんじゃないわよ。 アイコ  じゃ、なんなのよ。 ミサキ  …預かり物よ。 アイコ  だから、男からなんでしょ? ミサキ  いや…まぁ、そうだけど。 アイコ  そうなんじゃない。 ミサキ  …だから…私がね、婦警だったじゃない。その時に…ほら、 ちょうどさ、麻薬取締法が変わる直前に、港で銃撃事件、あったじゃない。 アイコ  ああ、マスターが刑事辞めた時のやつね。 ミサキ  …そうなの? アイコ  らしいよ。 ミサキ  ふぅん…で、その時に、私もいたのよ。「警ら中に巻き込まれた警官」って、私。 アイコ  …そうなの!? ミサキ  うん。 アイコ  だいぶ死んだんでしょ?あの事件。よく生きてたね。 ミサキ  そりゃね。8人て言やあ多いけど、1割未満って言えば 生きてて普通って感じだしね。 アイコ  ふぅん。 ミサキ  でね。その時に、居合わせた麻薬捜査官の人から、預かったの。 アイコ  あぁあぁあぁ、あれね。「必ず受け取りに来る。 だからそれまで大事に持ってろ」ってやつね。 ミサキ  そういうやつ。 アイコ  …ホントに?…だっさー。 ミサキ  その後に「…高かったんだからな。」って言うのよ。正直、どうしようかと思った。 アイコ  で、その人のことが忘れられなくて持ってるんだ。ミサキさんって 案外男のセンス、悪いねぇ。 ミサキ  律儀なのよ、私は。 アイコ  どうだか。 二人、飲む間。 ミサキ、左の胸ポケットに手をやる。 ミサキ、事務所にライターを置いてきたことに気付く。 ミサキ  !…ごめん。急用思い出しちゃった。 アイコ  あ、そ。 ミサキ  帰っていい? アイコ  いいよ。 ミサキ  悪いわね。せっかくごちそうになったのに。今度、埋め合わせするわ。 アイコ  マスターのいないときにね。 ミサキ  (笑)…じゃあね。 ミサキ、去る。 間。 アイコ、グラスの残りを飲み干す。 ドアが開く。 アイコ  ! マスター、帰ってくる。 その後ろから、女=一瀬も入ってくる。 木場  しつこいな、あんたも。断ると言った。何度も言わせないでもらいたいな。 一瀬  それは、あなたの方でしょう?十分にお礼はすると言っているじゃない。 木場  勘違いするな。うちは酒場だ。 一瀬  酒も置いてないのに? 木場  酒場は「酒」を売ってるわけじゃない。「場」を売ってるのさ。 一瀬  …。 木場  悪いが、組織でのあんたの立場がどうなろうと、俺の知ったことじゃない。 一瀬  そう。 木場  帰ってもらおうか。客としてなら、また来るといい。 一瀬  そうね…そうさせてもらうわ。 一瀬、去ろうとする。 去り際、懐(?)から紙包みを出し、 それと、下げていたクロスを置いていく。 アイコ  あの…お客さん? 一瀬  …。 去る。 アイコ、包みをとって、開けようとする。 木場  アイコ。 アイコ  …(木場に持っていく) 木場、包みを開ける。 中から出てきたのは銃。 アイコ  ! 木場、慣れた手つきで、弾装を確認する。 アイコ  マスター…。 木場  (クロスを彫ってある字を読む)…「青き馬を見よ…そにまたがる者の名は “死” 。その後には…闇が従う。…黙示録。 アイコ  …。 ドアが開く。 大神、入ってくる。 びっくりする、木場、アイコ。 木場  !…大神。 大神  いたか、木場。女は? 木場  出てったよ。ついさっきな。去り際に土産までもらった。 大神  …それを、その女が? 木場  ああ。ものはいいぞ。 大神  木場、その女な…。 木場  知ってるよ。プリーチャーの手下だった。下っ端だな。 大神  そうか、やはりな…。 木場 傑作だったぞ。久々に笑わせてもらった。 大神  ? 木場  …金をやるから…お前を殺せとさ。 間。 大神  やってみるか?案外「2度死ぬ」かも知れないぜ? 木場  ジェームズ・ボンドじゃあるまいし。 大神  (笑う) 木場  …やつらの話にのる気はないよ。それだけは言っておく。 大神  そうかい。それを聞いて安心した。 木場  飲んでくか? 大神  …やめとくよ。そんな気分じゃない。 木場  そうか。 大神  じゃあな。 大神、去る。 アイコ  …マスター…。 木場  アイコ。フォアロゼなんか、どこから持ってきた? アイコ  え? 木場  瓶を隠しても、匂いでわかる。 アイコ  あ…ええと、別に隠してたわけじゃ・・・。 木場  アイコ。 アイコ  ! 木場  …俺に隠し事をするな。 アイコ  …。 木場  奥に行ってろ。 アイコ  …怒った? 木場  行ってろ。 アイコ  …うん。 アイコ、去りかける。 木場、一人残る。 木場、銃を弄ぶ。そのうちに忘れていた感覚が、わずかによみがえる。 木場  プリーチャー…か…。 銃をもてあそぶ木場。 その様子を、肩越しに見ているアイコ。 暗転。 P・9 音楽。 暗い舞台。 男が一人、立っている。 神父(牧師)の格好。手には聖書を持ち、顔だけはにこやかに 笑みを浮かべている。 男  「青き馬を見よ…そにまたがる者の名は“死” 。その後には…闇が従う。」 男、本を閉じる。 男  「規則というものは、破るためにある」というのは、誰が言い出したんでしょうね。 少なくとも宗教家ではないと思いますがね。 私ね。思うのですよ。これ、真理です。人は誰も規則を破りたがっているのです。 規則を破ることがね、快感なんですよ。それも破りがたい規則なら、 なおさらなんですよ。 だからね…あなたたちはそのために存在するのです。 規則を取り締まることにより、規則を破ることの価値観を高くし、 結局は破らせてやる。わかります?あなたたちの存在価値など、 所詮その程度ということですよ。 いい話だ。実にいい。そうは思いませんか。 ねぇ、渋沢課長? 舞台、明るくなると後ろ手に縛られ、椅子に座るボス。 渋沢  …。 男  …いい景色だと思いませんか、この街。美しい街です。あなたの部屋から 見える景色はまた格別にいい。破るべきルールを、まだ山のように持つ… いい街です。 渋沢  そりゃ、そうだろうさ。そういう街になるように、あんたが仕向けたんだから。 男  違いますね。私は何一つとして強制していない。 渋沢  そうやって、手を汚すことなく、罪を重ねてきた。 男  全ては、御心の赴くまま。決断を下すのは、あなたの中の神だ。 渋沢  …偽善者め。 男  なんとでも。 ドアが開く。 女=バーの客が入ってくる。 女  ボス。 男  ああ、どうでした? 女  だめです。どうやら失敗したようです。 男  それは…つまり「取引が失敗した」ということですね。 女  はい。 男  ああ、それなら結構です。それは成功ですよ。 女  ?…それは…? 男  質問は許可していませんよ。全ては御心の赴くまま。 女  …はい。 男  一瀬は? 女  木場と接触を持ったようです。 男  木場か…なるほど、かませ犬というわけですか。悪くない。 女  いいんですか? 男、少し考える。 男  …一瀬を処分なさい。彼女はもう用済みだ。 渋沢  まて。 男  何か? 渋沢  聞き捨てならないな。そいつはつまり殺人教唆なわけか。 男  さあ、法律にはうといもので。 渋沢  いい年して、カマトトぶるもんじゃないぜ。 男  …人はだれも、使命をもって生を受けるのです。役目を終えれば、 天に帰るのが妥当でしょう? 渋沢  勝手な理屈だな。 男  では法律は違うのですか?私は、自分が生まれる前から既にあった規則など、 守る気も起きませんがね。 渋沢  …。 男  あなたは、もう少し自分の行き方を振り返った方がいい。 渋沢  聞く耳もたんな。説教か 男  そうですよ。だから説教師、プリーチャーなどと呼ばれているのです。私は。 間。 プリーチャー  …ちなみにあなたたちは何とよばれているか、ご存知ですか? 渋沢  さあ、おおかた「白ブタ野郎」とか、そのへんだろ。 プリーチャー  失礼な。豚は食べられますよ。 渋沢  …。 プリーチャー  「犬」です。法という鎖につながれ、野生のかけらもない。 渋沢  言い得て妙だが、月並みだ。 間。 プリーチャー  …一つクイズをしましょうか。 渋沢  …。 プリーチャー  ドッグのつづりを逆さから読むと、どうなります? 渋沢  …。 プリーチャー  ゴッド。神です。法律と戒律は相反するのです。覚えておくといい。 渋沢  そりゃ誰の受け売りだ?パーネルホールあたりか? 間。 プリーチャー  …連れて行きなさい。 間。 プリーチャー  …何か? 女  いつまで、続けるおつもりなんですか? プリーチャー  …。 女  「禁煙法」はもうだめです。利益を回収するには、あまりに資金を 使いすぎました。 プリーチャー  …だから? 女  …あの…。 プリーチャー  いいんですよ。…別に利益を得るためにやっているのでは ないのですから。…ただ…。 女  ? プリーチャー  …いい街だと思いませんか。この街、実に美しい。煙草の吸殻一つ 落ちていない街など、そうは無いですよ。彼らには、さぞ住みにくいでしょうね。 女  ボス。 プリーチャー  …借りをね、返しておきたいのですよ。…3年前のね。 女  …。 プリーチャー  明日には、帰らなくてはなりません。後は頼みますよ。 プリーチャー  出て行こうとする。 女  どちらへ? プリーチャー  …迷える子羊を救いに…いや「子犬」かな…。 女  ? プリーチャー  渋沢と一瀬のこと、頼みましたよ。 プリーチャー、去る。 暗転。 P・10 事務所。 ドアが開く。ミサキ入ってくる。 ミサキ、机の上を探す。 ライターを見つける。 奥から、大神が出てくる。頭にはアイスノンなんかのせ、 裸足になっているが、それでもコートは着ている。 大神  あっつー。やっぱ日本じゃだめだよな。湿気が多くて。 目が合う二人。 同時に、アイスノンとライターを後ろ手に隠す。 ミサキ  …いたの? 大神  そっちこそ。 ミサキ  何か用? 大神  …別に。そっちは? ミサキ  私は…ここの所長だから、管理責任ってものがあるでしょうが。 大神  ああ、そう。 ミサキ  そっちは、何の用よ。 大神  なにって…ハァドボイルドな探偵ってのは、事務所に寝泊りするもんだろうが。 ミサキ  ふぅん。 間。気まずい間。 ミサキ  あ…。 大神  ? ミサキ  なんか、音がしたわ。 大神  何が。 ミサキ  あっちで、何か音がしたわ。見てきて。 大神  あ?何言ってんだ、お前…。 ミサキ  いいから、行く! 大神、去る。 ミサキ、ライターをポケットにしまう。 ミサキ  …(やれやれ) ミサキ、振り向く。 ふと見ると、金と煙草の入ったトランクが、ほっぽり出してある。 ミサキ  …ったく。やばいものだって、自覚しなさいよね。 ミサキ、一応目立たないように片付ける。 音をたてず、ドアが開く。 ミサキ、振り向く。 ドアのところに、立っている一瀬。手には銃。 ミサキ  ! 一瀬  喋らないで。妙な真似すると撃つわよ。 ミサキ  どちら様? 一瀬  バイヤー。 ミサキ  …どうしてほしいの? 一瀬  話が早くて助かるわ。…港で拾ったものがあるわよね。 ミサキ  …。 一瀬  返して。 ミサキ  さあ…なんのことかしら。 一瀬  いい年して、とぼける気? ミサキ  年は関係ないでしょ! 一瀬  煙草と金の入ったトランクがあるはずだわ!どこ! ミサキ  …知らないわ。勝手に探したら? 一瀬  …立場がわかってないようね。(撃鉄をあげる) ミサキ  …あなたこそ、立場がわかってないようね。私を殺して困るのは あなたじゃないの? 一瀬  別に。幸いにも狭い事務所だもの。家捜ししたって、たががしれてるわ。 ミサキ  悪かったわね狭くて…。 一瀬  茶番につきあってるヒマはないわ!出すの?出さないの? ミサキ  仮に、私が持っていたとして…。 一瀬  いまさらとぼけたって、遅いわ。 ミサキ  …持っていたとして、この狭い事務所にいつまでも置いておくと思う? 一瀬  持ち出してるヒマがあったとは、思えないわね。 ミサキ  そう? 一瀬  ? ミサキ  …大体、まだトランクにはいってると思うわけ?あんなかさばるものに、 いつまでもいれて置くと思う? 一瀬  くだらないブラフだわ。そんなもので私がびびると思うの? ミサキ  思うわね。その証拠にあなた、この事務所に、私一人しかいないと思ってる。 一瀬  ! …それもブラフだわ。仮にもう一人いたとしても、あなたが人質で あることにかわりはない。 ミサキ  まぁ、そうね。でも電話くらいできるわよ。 一瀬  どこに?警察呼ばれて困るのは、お互い様じゃないの? ミサキ  失礼ね。仲間くらいいるわよ。 一瀬  …。 ミサキ  どうするの? 一瀬  どうもしないわ。おとなしく出せばよし…。 ミサキ  …「さもなくば」って?そういってただですんだ悪役って多分いないわよ。 一瀬  撃たないと思ったら、大間違いよ! ミサキ  だったら撃てば? 一瀬  ! ミサキ  …撃てば?でも、もう夜中だしね。銃声なんか、さぞ響くでしょうね。 一瀬  あなたドラマのみすぎだわ。銃声なんてそんなに大きいものじゃないのよ。 ミサキ  私、もと婦警よ。銃声の大きさくらいわかるわ。 一瀬  …(ひるむ)。 ミサキ  …つまったわね。私の勝ち。 一瀬  …何を…。 ミサキ  いいのよ、もう。長いおしゃべりに付き合ってくれて、助かったわ。 おかげで仲間が配置につけた。あなたの負けよ。 一瀬  …。 ミサキ  欲しいの?そのトランク。 一瀬  …。 ミサキ  欲しいんでしょ? 一瀬  …だったら? ミサキ  「お願い」してみたら?私の気がかわるかもよ? 一瀬  お願い? ミサキ  …大事にはしたくないんでしょ?だから一人で来た。違う? 一瀬  …「プリーズ」とでも言えって言うの? ミサキ  だから、試しに言ってみたら? 一瀬  …Please…。 ミサキ  …Kiss my ass (くそくらえ)。 ミサキ、中指を立ててみせる。 一瀬、切れる。 銃を構える一瀬。 銃声! 一瀬、銃を落とす。 大神、出てくる。 一瀬  …。 大神  「俺は、女は撃たない。特に火曜日はな」Byジョン・ウェイン。…行け。 一瀬  …後悔するわよ。 大神  占いは、いいことしか聞かない主義でね。 一瀬、去る。 二人、残る。 二人、目があう。 同時に。 ミサキ  遅いじゃない!その場の思いつきで、カマかけつづけるのが どれだけ大変かわかってんの?だいたいあんたが、トランク出しっぱなしに したのが悪いのよ1 大神  わざわざ挑発するな!死にたいのか!大体、銃にだけ当てるのが どれだけ難しいか、知らないだろ、お前! 間。 大神  …なぜ挑発する? ミサキ  なりゆきよ。口から出任せでしゃべってたら、たまたまそうなっただけ。 …そっちこそ何やってたのよ。遅かったじゃないのよ。 大神  野暮用だ。 ミサキ  …あんたね。 大神  なんだ。 ミサキ  「靴下、履いてた」って言ったら、怒るわよ。 大神  …………………。 ミサキ  …あんた、最悪。 間。 大神  なあ。 ミサキ  ? 大神  …いや、なんでもない。 ミサキ  …何よ。言いなさいよ。 大神  いや、デジャブか?このシチュエーション、どこかで…。 ミサキ  ! 幾度かの銃声! 大神  ! ミサキ  外だわ!大通りの方! 二人、駆け出す。 暗転。 P・11 バー。 木場が一人、銃をいじっている。 アイコ、片付けをしつつ、時々話しかけようとするが、 なんとなく、きっかけがつかめない。 ドアが開く。 アイコ  閉店よ。 プリーチャー  そうですか。それは残念です。 木場  ! プリーチャー、入ってくる。 手には旅行鞄を持っている。 プリーチャー  昔のよしみで、一杯いただけませんか。 木場 …お前。 プリーチャー  久しぶりですね。ちょうど3年ぶりですか。木場刑事。 木場  …何しに来た? プリーチャー  ここは酒場でしょう? 木場  …閉店だ。 プリーチャー  まあ、そういわないで。 プリーチャー、木場の向かいに座る。 プリーチャー  気に入ってもらえたみたいですね、それ。 木場  …別に。 アイコ  マスター…。 木場  引っ込んでろ。 アイコ  …。 プリーチャー  グラスをもらえますか。 アイコ  え?…あの…。 木場  …出してやれ。 アイコ  あ…うん。 アイコ、出す。 プリーチャー、ポケットからボトルを出し、グラスに入れる。 プリーチャー  いかがです? 木場  うちは酒場だ。 プリーチャー  みかけだけね。 木場  …。 プリーチャー  「本物」ですよ。 木場  結構だ。 プリーチャー  そうですか。 プリーチャー、一口飲む。 木場  …服役中だって聞いていたが。 プリーチャー  今でもそうですよ。書類の上ではね。もっともそう長いこと 外出するわけにも行きませんから、明日には日本を出ますが。 木場  そうかい…これ(銃)はあんたが? プリーチャー   まぁね。部下が勝手にやったことですが、 結果的にはよかったと思ってますよ。 木場  …あんたも、俺に大神とやりあえって言うのか? プリーチャー  (笑)まあ、単刀直入に言えば、そうなりますね。 木場  それを聞いて安心したよ。 木場、銃を向ける。 木場  弾丸は出る。細工はない。そうだろ? プリーチャー  だから? 木場  ホールドアップだ。 プリーチャー  刑事はやめたんでしょう? 木場  これは、俺が現役だったころの延長戦だ。 プリーチャー  なるほどね。罪状は? 木場  …麻薬取締法違反の現行犯。 木場、グラスを見せ付ける。 木場  文句はないよな。 プリーチャー  ですが、あなたも同罪になる。 木場  あいにくと、うちは瓶しか置いてない。 プリーチャー  なるほど。「見掛け倒し」と言うわけですか。今のあなたに ぴったりだ。 木場  …口の聞き方に気をつけろ。 プリーチャー  おや、怒りましたね。人は誰も図星をさされると怒るものです。 木場  銃口はあんたに向いているんだぜ。 プリーチャー  …私は法律には疎いのですがね。確か警察官と言えど、 銃は威嚇にしか使えないのでしょう?馬鹿な決まりを作ったものです。 威嚇というのはリアリティがあって初めて威嚇になり得るのです。 撃たないとわかっている銃がどうして威嚇になります? 木場  撃つさ、俺は。 プリーチャー  …そうですね。あの日もあなたは遠慮なく撃ってくれましたから。 木場  ! プリーチャー  …あなたはそういう人だ。目的のためには手段を選ばない。 警察よりむしろ私たちに近い。犬よりむしろ…狼に近い。 間。 木場  まさかとは思うが、あんた俺を懐柔しようってんじゃないよな。 プリーチャー  いいえ。教えを説いているのです。 木場  宗教の斡旋なら、間に合ってる。 プリーチャー、懐に手を入れる。 木場、銃を構えなおす。 プリーチャー、机の上に煙草とライターを置く。 木場  ! プリーチャー  どうせ、違反者ですから、ついでにいただきますよ。 プリーチャー、火をつけて、ゆっくりと一口吸う。 木場  …。 プリーチャー  …こうやってね。銃口を向けられていると(吸う)… 緊張するじゃないですか。そうするとね、口の中がアドレナリンの味で いっぱいになるんですよ。あなたならわかるでしょう?…口の中が ささくれだって、ザリザリするんですよ。その感じをね、煙草の苦味が やわらげてくれるんです。その意味でね。煙草は必需品なのですよ。我々に とってはね。 法で禁じられた程度でやめられるほど、ぬるい生き方はしてなかったはずだ。 だから法をやぶってでも吸うか。吸わなくてもいいように生活を変えるか。 …狼を貫くか、犬になりさがるか。そのどちらかしかない。そうでしょう? プリーチャー、もう一口吸う。 木場  …。 プリーチャー  …いい目です。おあずけをくらった犬にそっくりだ。 木場  !貴様…。 プリーチャー、木場の顔に煙をふきかける。 木場、立ち上がって、銃を突きつける。 プリーチャー  よかったら、一本いかがです? 木場 …え? プリーチャー  …と…失礼。どうも最後の一本だったらしい。 プリーチャー、机の上で、まだ長い煙草を消す。 木場  いい加減にしろよ。 プリーチャー  今、一瞬ひるみましたね。 木場  …。 プリーチャー  望んでいるんですよ。あなたの心が望んでいるんです。 その証拠にほら、銃口が震えているじゃないですか。 木場  …。 プリーチャー  吸えば、とまりますよ。素直になるといい。全ては御心の 赴くまま。 木場、銃口をおろす。ひどく憔悴した様子。 プリーチャー  …私は帰ります。 木場  …勝手にしろ。 プリーチャー  さようなら。 プリーチャー、煙草もライターも鞄も置いて、てぶらで帰ろうとする。 プリーチャー  …ああ、そうそう。お代を払わなくては。 木場  何も出しちゃいない。いいからとっとと失せろ! プリーチャー  大神君が持ってますよ。我々から奪った煙草をね。 木場  だからどうした。 プリーチャー  情報です。お代のかわりに。それから、その鞄の中のものは、 あなたの忘れ物です。確かに返しましたよ。 木場  用はそれだけか。 プリーチャー はい。 木場 …失せろ。 プリーチャー  そうします。全ては御心の赴くまま。神は与えたもう、奪いたもう…。 プリーチャー、帰る。 ドアが閉まる。 木場、机の上のシケモクに飛び付くと、火をつける。 アイコ  マスター…やめてマスター! アイコ、とめに入る。 木場、振り払う。 アイコ  …。 木場、ジャンキーのように深く吸う。 木場、自分の手を見る。 木場  …アイコ。 アイコ  …何? 木場  酒だ。 アイコ  …え? 木場  あるんだろう?持ってこい! アイコ、先ほどの封のあいた瓶を持ってくる。 木場、ひったくるとラッパ飲みする。 木場、むせる。 アイコ、背を支える。 木場  …ハァドボイルドってのはな…。 アイコ  …え? 木場  「かたくなに自分を守り続けること」なんだ…。 アイコ  …。 木場  …アイコ。 アイコ  何? 木場  店は閉める。お前はクビだ。荷物まとめて出て行け。 アイコ  …。 木場  …行け! アイコ  でも! 木場  …お前が行かないのなら、俺が出て行く。 アイコ  …。 木場、プリーチャーが置いていった鞄をとり、開ける。 中を見る。 出てきたのはコートなど、ハァドボイルドグッズ。 木場、静かに笑う。 木場  …大神…すまんな。…悪いな。 木場、銃を握りしめる。 P・12 また事務所。 大神、ミサキが神妙な顔つきで座っている。 大神、くわえていた禁煙パイプを、もみ消そうとする。 大神  …(やれやれ)。 小山田、恵子入ってくる。 ミサキ  どうだった? 恵子  ダメです。まったく動く気配なし。 小山田  検問も、動きなしッス。 大神  納得ずくってわけだ。やっぱり消されたな、あの女。 ミサキ  警察は完全に、連中の飼い犬ね。 小山田  どうしましょう? ミサキ  そうね…。 大神  例のトランク(金と煙草)をどうするかだな。とりあえずそれしか手がない。 小山田  今のところ僕らって、別に犯罪者扱いされてるわけじゃないですよね。 いっそのこと警察に届けちゃうっての、どうです? 大神  そいつは、やめた方がいい。 小山田  あんたにゃ聞いてない。 恵子  私も反対。 小山田  …。 恵子  難癖つけられるのがオチだと思う。へたすると、その女のことまで 背負わされるわよ。 小山田  でも…じゃ、どうするんですか。 ミサキ  恵子ちゃん、マスコミの方でなんとかならない? 恵子  連絡は取れると思いますけど…警察にもばれますよ、きっと。 ミサキ  そうよね…。とはいえ、長いこと所持すればするほど、いいわけが たたなくなるし…。 間。 恵子  …なんか、バカみたいですね。 ミサキ  ? 恵子  3年前まで、1箱240円の品物で大騒ぎして、逃げ回ったり隠れたり…。 ミサキ  人が死んだり。 恵子  ! ミサキ  記録を見る限りじゃ、70年前のシカゴシティもそういう街だったわ。 シシリーマフィアが私腹を肥やし、アンタッチャブルズが対抗し、 ギャングも警官もたくさん死んで…結局、禁酒法という法律は 姿を消して…あとには何にも残らなかった。 恵子  …。 ミサキ  結局…エリオット・ネスもアル・カポネも、バカを見たってことよね。 もう数年待てば、どうでもよくなってたはずなのに…命をかけるには、 馬鹿らしすぎるわよね。 ミサキ、立ち上がる。 ミサキ  決めた。「自首」するわ。 一同  ! 小山田  ミサキさん! ミサキ  弁護士、呼んどいて。それまで黙秘しとくから。殺人罪さえしょわされ なければ、多分なんとかなるわ。 小山田  呼んどいてって…まさか一人で? ミサキ  みんなで行っても、しょうがないじゃない。 小山田  ダメッスよ、そんなの! ミサキ  賭けましょうか。禁煙法は長続きしないわ。 小山田  …。 ミサキ  今、信じている正義が明日も通用するとは限らないのなら、 命がけで守るほどの物じゃないわ。 小山田  でも・ ミサキ  言いたくはないけどね、小山田クン。…一番偉いの、私なの。 小山田  …。 ミサキ、トランクを取りに行こうとする。 その先に、立っている大神。 大神  いいのか。 ミサキ  だめなの? 間。 大神  一つ聞いていいか?…なぜ、この仕事を請け負った? ミサキ  お金になるから。悪い? 大神  …ここであっさり退くくらいなら、始めから請け負うべきじゃない。 あんた探偵としては失格だ。 ミサキ  なら、辞めるわ。探偵って職に、未練があるわけじゃないから。 ミサキ、言ってしまってから、言葉のあやに気付く。 大神  ?…じゃ、お前、何に…。 TEL 一同  ! なり続ける電話。 一同、顔を見合わせる。 恵子  (受話器wとろうとして、ミサキをみる。) ミサキ  (うなずく。) 恵子  (とる) …はい、紅坂探偵事務所…はい…ええ、はい、少々お待ちください。 ミサキ  私? 恵子  いえ…大神さん。 大神  ? 大神、かわる。 大神  大神だ。 プリーチャー  久しぶりだ。 プリーチャー、別空間に。 大神  …ようやく、おでましか。 プリーチャー  すまんね。すぐにでも会いたかったのだが、こちらも いろいろと不自由な身でね。許して欲しい。 大神  服役してる奴は、普通もう少し不自由なんだがな。 プリーチャー  悪いが、そういうことには疎くてね。 大神  どうやら、あんたには檻じゃ手ぬるいらしい。今度、俺が首輪を プレゼントしてやるよ。 プリーチャー  なるほど。「首を洗って、待っていろ」というわけだ。 大神  話が早くて助かる。…ちょっと待て。 プリーチャー  ? 大神  すまん、30秒くれ。 大神、受話器を離す。 ふと見ると、受話器の声に思いっきり聞き耳を立てている一同。 大神  …。 一同  …。 大神  こういうときは気を利かせるのが、礼儀だと思わんか? ミサキ  私の事務所の電話なんだけど。 大神  気にするな。料金は向こうもちだ。 小山田  行きましょ、ミサキさん。邪魔しちゃ悪いッスよ。 ミサキ  何であんたが…。 小山田  いいから…ま、あんたもがんばって! 小山田、大神の肩をなれなれしくたたく。 小山田、他の二人をつれて出て行こうとする。 大神  おい。 小山田  え? 大神  もう少し、ましな演技をしろ。 大神、肩につけられた盗聴マイクをはずす。 小山田  う…。 大神  出て行くんだろ? ミサキ  …。 ミサキ、出て行く。 続いて、二人も出る。 部屋は大神一人になる。 大神、受話器を構え、話し始める。 大神  待たせたな。 プリーチャー  彼らがいた方がよかったんじゃないか?仲間なんだろう? 大神  これは、3年前の延長戦だ。あいつらは関係ない。 プリーチャー  君がそういうなら、かまわんが。 大神  おい。勘違いするなよ。あいつらとは「他人」だ。 プリーチャー  すさんでいるな。「汝の隣人を愛せよ」…聖書くらい読みたまえ。 大神  「冗談は顔だけにしな」Byアーノルド坊や。 間。 大神  で、早速だが、今どこだ?脱獄中の野良犬には首輪をかけておかないと、 保健所に怒られる。 プリーチャー  (笑)大丈夫。保健所の職員は、空の上まで追いかけてくるほど 勤勉じゃない。 大神  ! プリーチャー  飛行機の中だよ。君のいう「檻」に帰るところだ。 鍵のかかっていない檻へね。(笑) 大神  …図にのるなよ。 プリーチャー  …それはこっちのせりふだな。 プリーチャー、雰囲気が変わる。 大神  ! プリーチャー  …3年前の取引の失敗で、俺がどれほどの目にあったか、 お前にはわかるまい。…大神、お前だけは殺す。必ず殺す。そのための、 そのためだけの禁煙法だ。 大神  何? プリーチャー  …初めての禁煙はどうだね? 大神  ! プリーチャー  そうして、敵と話していると、口にアドレナリンの味が広がるだろう? 口の中がささくれだって、ザリザリいうはずだ。受話器を持つ手も震えている。 体がニコチンを求めている。いや、「煙草を吸う」という行為を求めている。 そうだろう?その手で銃が握れるかね。できないだろう?煙草を吸えばおさまる。 だが貴様は吸わない。吸うことができない。それが貴様が自分に課した 「正義」とかいう枷だからだ。そうだろう? 大神  なるほど、これがあんたお得意の「説教」か。 プリーチャー  ! 大神  催眠術だか話術だか…うかつに聞くと、その気になるってのも わからなくはない。どういう芸かは知らんが、あんたはその手で 悪事を働いてきたってわけだ。いや、その口でっていうべきか? プリーチャー  …。 大神  …お前については、俺もいろいろ調べたさ。手のうちは見えている。 もう一度、言おう。…図にのるなよ! プリーチャー  …なるほど。貴様はそれなりに心構えができていたわけだ。 だが…木場は違ったぞ。奴はふぬけだ。 大神  木場?…お前、木場に何を! プリーチャー  思い出させてやったのさ。煙草の味を。奴自身が封印していた 禁断の味。極限の緊張の中だけで味わえる、禁断の煙草の味をだ! 大神  貴様、一体…。 プリーチャー  後は本人から聞きたまえ。 電話、切れる。 大神  おい!…おい、待て! 唐突につながる電話。 プリーチャーとは、また別の空間に現れる、一人の男。 目深に被った帽子。首からさげたマフラー。 そして、身にまとった漆黒のコート。 別人と化した、木場である。 木場  …。 大神  !…木場…木場か? 木場  ああ、俺だ。本物の俺だ。…3年ぶりだな、大神。 大神  …お前。 木場  思い出したよ。…かつて俺が何を求め、何を探していたのか…。 大神、すまんな。俺はやはり、バーテンには向いていないらしい。 大神  …あの女は、どうした。 木場  アイコのことか?クビにした。 大神  …。 木場  心配するなよ、大神。俺は別に狂ったわけじゃない。ただ、 思い出しただけだ。 大神  今までは、忘れていた、とでも言うのか。 木場  そう。だからお前にも思い出して欲しい。あの日の、港の風景… 気まぐれにあたりを照らす灯台のあかり。波の音に混じる銃声。 潮のにおいに含まれた、血と硝煙のにおい。口の中を駆け巡るアドレナリンの味。 そして、怒りと、恐怖と、いくばくかの興奮とを快楽へいざなう紫煙のゆらめき。 大神…煙草が必要だ。あの日の煙草が必要なんだ。俺が、いや、俺たちが ハァドボイルドであるために、あり続けるために必要なんだ。 大神  …。 木場  持ってるんだろう? 大神  …ああ。 木場  大神…あの日へ帰ろう。 間。 大神  …木場。お前の話を聞いていて、ひとつわかったことがある。 木場  ? 大神  やっぱりお前、のせられてるよ。それさえわかっていないとしたら、救いようが無い。 木場  …どういう意味だ? 大神  知りたいか?だったら港へ来い。3年前の港へ。ハァドボイルドとは どういうことか、俺が教えてやる。 木場  俺にか? 大神  そうだ。 木場  この「俺」にか。 大神  そうだ! 木場  …。 大神  港へ来い。俺もすぐに行く。 木場  …いいだろう。待っているぞ、大神。 大神  覚悟してこいよ。 木場  ? 大神  ぶっこわしてやる。 木場  …期待しよう。 電話切れる。 部屋には、大神一人。 大神、煙草の入ったトランクを開ける。 その中から、一箱取り出し、じっと見る。 大神、それをコートのポケットに入れ、寒くもないのに、 コートの襟を立てる。 大神  …さて…。 ドアが開く。 外に立っているのは、ミサキ。 ミサキ  行くの? 大神  …ああ。 ミサキ  「殺し合いに行くのか」って聞いてるの。 大神  だから、「そうだ」と言っている。 間。 ミサキ  …どうして。 大神  女にはわからないさ。 ミサキ  …。 大神  どいてくれ。 ミサキ、道を開ける。 ミサキ  (すれ違いざま)もう一度言うけど…禁煙法なんて長続きしないわよ。 大神  だろうな。 ミサキ  でも、行くの? 大神  ああ。 ミサキ  正気? 大神  …「生き様」がかかってるんだ。俺と…そして奴自身のな。命をかけなきゃ 得られないものもある。 ミサキ  「タフでなければ生きていけない。でもやさしくなければ、生きている資格が ない」と。そういいたいわけでしょ。Byレイモンド・チャンドラー。 大神  …。 ミサキ  言わせてもらうけどね。あなたの言葉って借り物だらけだわ。うんざりよ。 大神  …違うな。 ミサキ  どこが?結局あなた、全然自分が見えてないのよ。空想と現実の区別が ついてないんだわ。はっきり言えば、子供なのよ、あなた。 大神  違う。 ミサキ  だから、どこが? 大神  その訳は誤訳だ。…正しくはこう訳す。…「情けをかけてちゃ生きていけない。 …だがな、情けもかけられない人生なら、生きていたって意味が無い。」 ミサキ  …。 大神  Byレイモンド・チャンドラー。翻訳、大神 明。 ミサキ  …茶番だわ。 大神  男だからな。 ミサキ  「茶番に付き合う気はない」んでしょう?あなた昨日そういったわ。 大神  昨日? ミサキ  言ったわよ。ここで…。 大神  「昨日?そんな昔のことは、忘れたよ」。 ミサキ  …。 大神  …。 大神、出て行く。 ドアが閉まる。遠ざかる足音。 ミサキ残る。 ミサキ、机の中から、銃を出す。 ミサキ  …。 ミサキ、駆け出していく。 *** 暗い舞台。 大神が、ややうつむいて立っている。 大神  元祖ハァドボイルダー、レイモンド・チャンドラーはこういった。 「ハァドボイルドとは、探し、求めることである」と。 木場、出現。 木場  そして、探し求めた末に見出したものが、すでに変質していたなら… その時にハードボイルドが完成するというのだ 大神  ならば、「ハードボイルドな生き方」を手探りで探す男達にとって、 ハードボイルドな世界とは、けして手に入らない蜃気楼なのか。 木場  仮にそうだとしても…友よ。その矛盾に屈するなかれ。 その矛盾を無視するなかれ。 大神  そして友よ。それが、せめてもの救いになるというのなら…。 大神・木場  お前に銃声という歌を贈ろう。お前に弾丸という花束を贈ろう。 すべてはお前の魂に、やすらぎをもたらすために! 大神  来たぞ!木場! 舞台、一転。 闇をつんざく汽笛の音と共に、舞台は港へ。 波の音。 灯台の明かり。 二人はそれぞれ、街灯の明かりがつくる円錐の下に立っている。 大神  …待たせたな。 木場  待ったさ。 大神  いい夜だ。ただでさえ不快指数は70を軽く超えている上に むせかえるほどの潮の匂い。…それでもコートを脱ごうとはしない、 あくまで形にこだわる俺たちは、端から見ればタダのバカだ。 木場  …だから、いい。バカは俺たちだけでたくさんだ。 大神  …まったくだ。 木場、先ほどのシケモクを大事そうにポケットからだし、 のばしてから、点火する。 ライターの照り返し。 大神、ポケットから箱を出す。 大神  木場…ここに煙草がある。見えるか? 木場  見える。 大神  欲しいか。 木場  欲しい。…だがその前に、大神、お前が吸え。 大神  結構だ。「軽く一杯も、重く一杯もない」Byエリオット・ネス。 木場  刑事は辞めたんだろう? 大神  辞める前の俺として、ここへ来た。お前がそうであるように。 木場  強がるな。手が震えている。 大神  …。 木場  お前が来るまでに、俺も考えた。…3年前のあの日以来、 俺は不本意な毎日を送っていた。あの日の緊張感を、あの日の煙草の味を もう一度味わいたいと思いながら、その感情に潜む自分の凶暴性におびえ、 今日の今日まで不本意に生き長らえてきた。…だがな、不本意ってことは、 間違ってるってことだ。そしてどこかで間違えているのだとしたら…あの日に 戻ってやり直すしかないだろう。いささか役者が足りないが、相手がいないことには しょうがない。二人でやりあいながら、道を探すさ。 大神  木場… 木場  「間違っていたとしたら」な。…あいにくと俺は、自分が間違っているとは 思わない。…たとえ時代が動こうとも、俺は自分を信じ続けてみせる。それが ハァドボイルドだ。そうだろう、大神。俺は間違ってはいない。 見ろ。俺の手は震えていない。これが俺の正義を証明している。 大神  …。 木場  大神…煙草を吸え。でないと俺は、お前を犬死させてしまう。 大神  …木場。やっぱりお前、何もわかっちゃいないよ。 木場  …。 大神、煙草をポケットにしまうと、禁煙パイプを出して一本くわえる。 大神  …バーボンがなぜハードボイルドだか知ってるか? 木場  ハンフリー・ボガードが映画で使ったからさ。 大神  違うな。…全然違う。 木場  …。 大神  バーボンがハードボイルドなのは、バーボンがウイスキーの代わりだからさ。 金もなく、仕事もない時に飲める安酒だから意味がある。…洒落たラウンジで、 わけ知り顔のナンパ野郎が、フォアロゼのダブルを「エイト・ローゼス」と頼んで 出てくるのは、バーボンのうちに入らないんだよ。ありゃ、ガキの遊びだ。 木場  …だから? 大神  わからないか? 木場  何をわかれと言う? 大神  …木場…お前、自分が始めて煙草を吸った日のことを覚えているか? …俺は覚えている。理由なんか覚えちゃいないが…その日の俺が、ひどく 絶望していたことは確かだ。俺は絶望のふちで思ったね。「いっそ楽になろうか」ってな。 しかし、俺のなけなしのプライドが、それが負け犬の選択だとわめき散らすので …俺はせめて、自分の寿命を縮めることで、ジレンマからぬけようとした。 その日、俺ははじめて煙草を吸った。 木場  …。 大神  教えてやるよ。ハァドボイルドってのはな…けして満足しないことなんだよ。 我慢し続けることなんだよ。…ブランデーの代わりにバーボンを啜り、 消えてなくなりたい気持ちを煙草でおさえ、女の代わりに銃を抱いて、 かたいベッドで目を覚ます。…のしかかる疲労を泥のように濃いコーヒーでごまかし、 不精髭をそる暇もなく、くたびれたコートを背負って、きしむドアを今日もくぐる… わかるか?ハァドボイルドってのはな、「やせがまんの美学」なんだ! 木場  ! 大神  …By大神  明。 木場  …・ 大神  お前は、何も間違っちゃいなかった。お前が間違ったとすれば、 それはあの男の口車にのせられたことだ。 木場  …違う。俺はのせられてなんかいない。 大神  お前は、バーテンでいるべきだった。 木場  違う。 大神  瓶だけのバーボンに囲まれて、刑事に戻りたい気持ちをおさえ、 女を側におきながら、巻き込まないために遠ざける…お前は十分 ハァドボイルドだったぜ。うらやましいほどにな。わかるか木場! お前はバーテンでい続けるべきだった! 木場  大神! 木場、銃を抜き、大神に向ける。 木場  …俺は…俺を否定する全てを許すわけにはいかない。 例えそれが法だろうと…お前だろうと。 大神  …それでいい。しょせん俺たちにはそれしかないのさ。 ゆっくりと銃を抜く、大神。 大神  言っておくがな…俺は日本に来てから、一滴の酒も飲まず、一本の 煙草も吸っていない。俺は今、最高にハァドボイルドだ。安易に過去に逃げた お前に俺は倒せないぜ。 木場  相変わらず、口は達者だな。 大神  (笑)口だけかどうか、試してみるか? 木場  (笑)無論だ。 大神  …BRAKE IS OVER…(幕間が終り…) 木場  …NOW…IT‘S SHOW TIME! (そして今…幕が上がる!) 互いに、天に向けて発砲する二人。 弾丸は街灯を撃ち抜き、あたりは闇に覆われる。 交錯する二人の足音、足音。 発砲する大神。 発砲する木場。 その瞬間、照り返しで男達の顔が照らし出される。 大神  3年のブランクは大きいか?当たらないぜ!(発砲!) 木場  お互い様だ!当ててから言え!(発砲!) 走る二人。 大神  相変わらず、変な構えで撃ってるんだろう!(発砲!) 木場  お前こそ!相変わらず当たりもしない大砲、使ってるんだろうが!(発砲!) 発砲しながら、走る二人。 遠からず息が切れる。 木場  大神ィ!(発砲!) 大神  何だ!(弾切れ) 木場   どうでもいいが、暑いな!(切れる) 大神  だからどうした! (あわてて弾を込める) 木場  コートを脱いだらどうだ!(込める) 大神  断る! (込める) 木場  なぜ!  (発砲!) 大神  なぜと聞くなら、お前が脱げ!(発砲!) 木場  断る! (発砲!) 大神  お前、ホントは脱ぎたいんだろう!(発砲!) 木場  そういうお前はどうなんだ!(発砲!) 大神  まねするんじゃねえ!(発砲!) 木場  そっくり返すぜ!(発砲!) あらぬ方向から、銃声!銃声! 伏せる二人。 ミサキ、両手に銃をかまえ、出てくる。 ミサキ  何、低レベルな喧嘩してるのよ! (大神に発砲!) 大神  何しに来た!口を挟むな!(いいながら木場に発砲!) ミサキ  バカバカしすぎて見てられないのよ!(木場に!) 大神  男の戦いに、女が出るな!(木場に!) ミサキ  子供の喧嘩に大人がでたのよ!(大神に!) 大神  なお悪い! (木場に!) ミサキ  怪我する前によすのね坊や!(木場に!) 木場  うっとうしい!痴話ゲンカならよそでやれ!(大神に!) 大神・ミサキ  そんなんじゃない!(二人して木場に!) ミサキ  大体、なんで撃ち合わなきゃならないわけ? 大神  男の戦いだ!女にわかるはずもない! ミサキ  詭弁だわ! 木場  巻き込まんとしてるんだ!わかってやったらどうだ! 大神  作るな! ミサキ  そういうの、偽善っていうのよ! 木場  それでも善だ!悪よりはいい! ミサキ  屁理屈こねないで! 大神  屁理屈だって理屈のうちだ! ミサキ  それを屁理屈だって言ってるの! 大神・木場  お前、ちょっと黙ってろ!!(ミサキに向かって連射!!) ミサキ、引っ込む。 ざまぁみろ、と言った感じの二人。 ふと気付くと、無防備。 二人、思い出したように、銃を向ける。 引き金をひく!…弾切れ。 二人、あわてて隠れると、弾を込める。 弾を込めながら、笑いがこみ上げてくる。 しょせんは意地のはりあい。 まったくもってバカらしい。 大神  木場! 木場  何だ! 大神  まだやるか! 木場  いや! 大神  だな! 木場  でも。けりはつけたい ! 大神  同感だ! 木場  あと一発だけってのはどうだ! 大神  いいだろう! 二人、込めた弾を抜き、一発だけにする。 二人、銃を握りなおし、必勝の位置へと静かに移動する。 闇と静寂の港。 ときおりめぐり来る、灯台のあかり。 長い長い間。 撃鉄を上げる音! 木場  とったぜ、大神。…この距離ならはずさない。 大神  …お互い様だぜ、木場…。 間。遠くで聞こえる汽笛。 木場  なぜ撃たない? 大神  お前こそ。 間。 木場  大神…。 大神  …ん? 木場  …俺たちは所詮、犬だ。…たてがみを生やすほど立派でもないくせに 羊の沈黙も認めない。だがな…犬死にはしない。 大神  …下手なしゃれだ。 笑う二人。 その声は、だんだん大きくなり、ついには絶叫になる。 めぐり来る、灯台の明かり。 照らし出される、二人。 二人、互いに銃口が、相手の心臓に触るほどの位置まで接近している。 まさに必勝の位置。 二人  ! 銃声! 弾丸は、確かに二人に当たる。 紅にそまる互いの視界。 灯台の明かりが遠ざかると共に、二人の意識も遠のく。 暗転。 *** ミサキ、かけてくる。 大神、足を投げ出して、倒れている。 ミサキ  …うそ…。 ミサキ、近づく。 大神  …3年前…。 ミサキ  ! 大神  ここで、銃撃戦があった。 ミサキ  …ええ。 大神   木場はその中で、禁断の煙草の味を覚えた。 ミサキ  …ええ。 大神  俺は吸わなかった。 ミサキ  …。 大神  なぜならば…ライターを持っていなかったからだ。 ミサキ  …ええ。 大神、震える手でポケットから煙草を出す。 袋を開ける。が、その途中で、箱を落とす。 大神、架空の煙草の箱を拾う。 マイムで箱を開け、一本出す。 大神  火。 ミサキ  …。 ミサキ、ライターを出すと、架空の煙草につけてやる。 風があって、うまくつかない(らしい)。 大神、ミサキの手を手探りでつかむと、握り締めて、火をつける。 吸う。 深く深く吸う。 ミサキ、離れる。 ミサキ  …救急車、呼んでくる…。 大神  ミサキ! 立ち止まる、ミサキ。 大神  …いい火加減だ…。 ミサキ  …。 ミサキ、走り去る。 大神、笑う。 大神、笑いながら、もう一服吸う。 架空の煙草を、深く深く吸う。 そして、吐き出すことなく、うなだれる。 港に、朝日がのぼる雰囲気。 動かない大神。 暗転。 エピローグ 事務所。 ドアが開く。 ミサキが入ってくる。どこか沈んでいるよう。 ミサキ、机につく。 ミサキ、仕事にかかろうとするが、手につかない。 ミサキ、懐からライターを出す。しばらく見つめるが、 それを机に置き、奥の部屋へひっこむ。 間。 果たして、不死身のタフガイ=大神 明は死んだのか? ドアが開く。 大神がこっそり入ってくる。 大神、きょろきょろと当たりを見渡す。 大神、机の上にライターを見つけると懐にしまう。 大神、こっそり出て行こうとする。 奥の部屋へのドアが開く。 ミサキが入ってくる。 ばったり顔をあわせる二人。 間。長い間。 ミサキ  …。 ミサキ、大神など見えないかのように、机につくと、仕事を始める。 所在なげな大神。 大神  「…俺は不死身のタフガイなのさ。特に満月の夜はな」By平井和正。 ミサキ  …(無視) 大神  …別に隠してた訳じゃないんだが… ミサキ  聞いてないわ。 大神  …(いたってシリアスに)…「プリーチャー」が生きている。禁煙法の 支配する暗黒時代は、まだまだこれからだ。だから俺は追わなきゃならない。 俺は走り続けなきゃならない。 ミサキ  聞いてない。 大神  俺の側にいちゃアブ無いんだよ。知っているか?「彼女」って言う字はだな…。 ミサキ  …「聞いてない」って言ってるの。You see? 大神  …I see。 ミサキ、仕事を続ける。 大神  …だけどな…。 ミサキ  …。 大神   なんていうか。…なんかあってもいいだろ? ミサキ、手をとめる。 しばらく考える。 ミサキ  「夕ご飯までには帰ってくるのよ、ぼうや」 大神むっとする。 大神  「Long good by」 Byレイモンド・チャンドラー。 間。 二人、どちらともなく、ほほえむ。 大神  じゃあな。 ミサキ  …ええ。 大神、去ろうとする。 ミサキ、まだ笑っている。というか、こらえている。 大神  ? ドアが開く。恵子、小山田らが駆け込んでくる。 恵子  大変ですよ、ミサキさん!禁煙法が廃止になっちゃいました! 状況を理解する間。 大神  何い! 恵子  やばいですよ。下手するとギャラでませんよ、これ!請求書作って、 早く送信しないと。 小山田  いや、でもさ…。 恵子  うるさいわね!手伝ってよ!ただ働きでいいの? 小山田  だって、もうニュースになってんだよ。今さら…。 ミサキ、こらえきれなくなって、笑う。 びっくりする恵子、小山田。 大神  …お前、知ってたな。 思いっきり笑う、ミサキ。 恵子  …あの、ミサキさん。 小山田  いや笑い事じゃなくて、ですね…。 ミサキ、ひとしきり笑うと、大神に聞く。 ミサキ  …だってさ。どうするの。 苦虫をまとめて噛み砕く大神。 大神  …一服するさ。 暗転。 本作品を上演する場合は、劇団あとの祭りまでご連絡ください。