劇団あとの祭り 上演台本 三 人 の 地 蔵 作 / 中 島 充 雅 幕前 客入れ時から舞台上では、三人の地蔵が立っている。 静かに目を閉じている。 舞台上には何もない。 雨が降っている。寒さに凍えているようだ。 時々、人が通り過ぎるが、地蔵には見向きもしない。 アナゴさんが通り過ぎる。 イカ男が通る。 本田先生が通り過ぎる。 エステ魔王が通り過ぎる。 レストランのボーイが通り過ぎる。 フンババが通り過ぎる。 忍者が通り過ぎる。 ハードボイルドな男が通り過ぎる。 門屋町一平が麺を打ちながら通り過ぎる。とおー。とおー。 そして… 地蔵たちはそこに立ち、ただ時代だけが彼らの周りを通り過ぎていくだけだった。 地蔵たちにとって、長い時間が通り過ぎる。 日本昔話風の男が客入れをしているが、そろそろ前説を始める。 日本  本日は劇団あとの祭り番外公演「三人の地蔵」にご来場いただきまして、 誠にありがとうございます。さて、開演に先立ちまして、お客様に3つのお願いが ございます。まず、第一にポケットベルや携帯電話の音がでないようにしてください、。 隣のお客様がびっくりします。第にカメラのフラッシュ撮影はご遠慮ください。役者が 恥ずかしがります。第3に演出の都合上、非常口の電気を消します。非常の際は、 この3人の地蔵が適切にみなさんを誘導しますので、安心してください。それでは まもなく開演です。今しばらくお待ちください。 「日本昔話のテーマ」の幕前がアップする。先ほどの男がしゃべる。 第1幕 日本  むかーし。むかしのことじゃった。あるところに、お地蔵さんが立っておった。 お地蔵さんというのは、石で彫った仏様のことで、子供の授からない女たちのために 作られたありがたい仏様じゃった。いつも、生まれてくる赤ん坊たちのために、 静かにほほえみながら、何も言わずにたたずんでおった。 間。 日本  時々目を開けることもあった。 目を開ける。 日本  目を閉じることもあった。 目を閉じる。 日本  右手をあげることもあった。 地蔵達  おーい。(右手をあげる) 日本  左手もあげた。 地蔵達 おーい。 日本  そして、両足をあげることもあった。 地蔵達、日本をばきばき殴る。ふと我に返り「日本昔話のテーマ」を ハミングしながら元の位置に戻る。日本起き上がる。 日本  さて、今日は朝から雨じゃった。お地蔵さんは、かわいそうにさっきから 寒さに震えておった。 地蔵2  ていうかさ、ほら。 地蔵3  何。 地蔵2  まあ何、その地蔵か何かしらんけどさ。こういう仕事にどういう意味があるか いっぺんみんなで話し合った方がいいんじゃない。 地蔵3  うーん。 地蔵2  さっきから雨に濡れて、みんな通り過ぎてくし、やっとってむなしくない。 この仕事。君どう思う。 地蔵1  そうですね。 地蔵2  ならなんでやってるの。 地蔵1  いや、その先輩に紹介してもらった仕事だから今さらしょうがないし。 地蔵2  だけど、やっぱ自分の意見というものを持たないかんのじゃない。 地蔵1  自分の意見。 地蔵3  そうよ。 地蔵2  君は。 地蔵3  私。 地蔵2  君。 地蔵3  一応、地蔵っていうのは仏様だから、今年の女子の求人の中では、上の方だったし。 地蔵1  ふーん。 地蔵2  でも僕らの意見というものもやっぱ上の方にもってかないと、 みんなでいい仕事ができないんじゃないかな。 地蔵3  男の人はそれでもいいいけど、女は社会的にそういう態度が許されないことが多いし。 地蔵2  だから、みんなで話し合おうって言ってるんじゃん。 地蔵3  あっそうか。 地蔵1  ていうか地蔵って仕事なのかな。 地蔵2  仕事じゃないとできないて。 地蔵3  ねえ、誰か来たよ。 女  ごめん、遅れちゃってー。 日本  そこへ、一人の女が走ってきた。女は傘を二つ持ち、レインコートを着ていた。 女はだれかとの待ち合わせに遅刻したようだった。待ち人はいない。右をみてもいない。 左を見てもいない。後ろを見てもお地蔵さんがいるだけじゃった。 雨の音が高鳴る。 女は待っている。 地蔵1  誰待ってるんだろ。 地蔵2  そりゃ男だろ。 地蔵3  いつまで待つのかな。 日本  一時間たった。 地蔵達  おい。 日本  女は男と待ち合わせをしていた。しかし待ち合わせに男は来なかった。 男は仕事で忙しかったのだ。いつものことじゃった。そして女は去ろうとした。 女は地蔵達に気付く。 女  あなた達、この雨の中大変だね。 傘とレインコートをそれぞれに与える。 地蔵1  えー。 地蔵2  おいおい。 地蔵3  ちょっと。 女  私は、濡れて帰るから。 地蔵達  おいおい。 女、去る。 地蔵達  あー。 日本  女は行ってしまった。「私は濡れて帰るから」今日はそういうおセンチな気分じゃったのだ。 地蔵3  どーするのよ、これ。 地蔵1  どーするったって。 地蔵2  俺はおりるぜ。 地蔵3  え。 地蔵2  こんなものもらったって、俺たちは地蔵なんだ。 ガキ。 日本  地蔵が地蔵を殴った。すごい音がした。石同士だから。 地蔵2  何しやがる。 ガキ。 日本  地蔵も地蔵を殴った。すごい音がした。石同士だから。 地蔵1  こういう場合、俺たちは地蔵としての筋があるんじゃないか。 地蔵2  筋! 地蔵1  俺は見た。あの人が泣いていたのを。これが俺の意見だ。 地蔵2  何をするって言うんだ。 地蔵3  笠地蔵よ。 地蔵1  何。 地蔵2  まさか。 地蔵3  笠地蔵の恩返しよ。 地蔵たちは袖から米俵をかついできて、歩き回る。 日本  こうして、地蔵達は女の家に向かったのじゃったが、地蔵達は女の居場所がわからなかった。 道行く人々に尋ねてはびっくりされ、気絶され、ニュースで放送され、 一週間が過ぎた。何度もくじけそうになった地蔵達はお互い励ましあって頑張った。 そして、ある夜、とうとう女の住むアパートを見つけた。時間は午後10時を回っていた。 地蔵たちは下袖の前に立つ。 地蔵3  とうとうついたね。 地蔵1  そうだね。 地蔵3  何階だっけ。 地蔵1  さあ。 地蔵3  まだ怒ってんの。 地蔵2  …ふん。 地蔵3  そんな顔で行ったら、恩返しにならないでしょ。 地蔵2  なぜ恩返しをしなきゃいけないんだ。みんなでもう一度話し合った方が いいんじゃないか。 地蔵1  誰か来た。 地蔵達、直立不動。 仕事帰りの女が、地蔵達の前を遠ざかり、エレベーターに乗る。 ピンポン 地蔵達、あわてて、エレベーターの前に。 地蔵1  8階だよ。 地蔵2  とうとう見つけたー。 地蔵3  あっエレベーター来た。 地蔵たちは下袖に消える。 ブー。重量オーバー。 地蔵たち騒ぐ。 そして、じゃんけんの声。 ブーブーブー。 地蔵1が降りてくる。がっかりしている。 女刑事がやってくる。無線を使っている。 地蔵は直立不動。 刑事  もしもし、はい、捜査一課の酒向です。はい、今から探索を始めます。 不審な人物は現在見当たりません。 地蔵と目が合う。 刑事  はい…はい…はいはいはいはい…わかりました。 刑事、地蔵に顔を近づけるが、…去る。 ピンポン。 地蔵はいそいそとエレベーターに乗る。 女が仕事から帰ってきた。 留守電解除。 母の声  「もしもし、お母さんですよ。元気ですか。最近連絡がないので心配しています。 たまには電話ください。それから、今日はお見合いのことで連絡しました。本郷の西で トマト農家をやってる高木さんのお話が来ています。お母さんはいい話だと思いますので、 そっちに行きますからよろしくね。できれば、」 婆子の声  「ケメ子さーん。おなかすいたよー。すいたよー。」 母の声  「おばあちゃん!もう、ちょっと、そんなの食べちゃだめですよ。おばあちゃん。 ちょっと、きゃーーーーーーー…」 日本  ツー。田舎の母親からの留守電じゃった。いつも、見合いの話を持ってくる母に、 女はすまないと思っていたそうじゃ。女にはいつか結婚したいと思っている男が おったからじゃー。すると、電話がなったそうじゃ。 女  もしもし、あっ…私。 日本  彼からの電話じゃった。「今夜泊まりにいってもいいかな」と彼は聞いたそうじゃ。 女  えっ…うん…必ず来るの?…ホント?…いいよ。…うん。うん。…もう、ばか。 日本  うんうんうんうん。そこで、女は早速準備を始めたそうじゃ。 女、布団と枕を二つ持ってくる。 パジャマ、下着を二人分持ってきて並べ、ティッシュを持ってくる。 なんとなく嬉しくて、パジャマを抱えてごろごろする。 すると、物をたたく音がする。 そして。 ピンポン 女  はーい。…早いなあ。 刑事  どうもすいません、夜分遅くすいません。私、北方署の者なんですが。 女  刑事さんですか。 刑事  はい。これ手帳です。 女  はい、何でしょう。 刑事   現在、この付近を逃走している指名手配犯を捜しております。 女  はい。 刑事  戸締りにはしっかりと、不審な人物を見かけたら110番してください。 女  はい、わかりました。 刑事  では失礼します。他にも回りますんで。 女  はい、ご苦労さまです。 女と刑事が会話している間に、地蔵達が裏から部屋に入る。 地蔵1  あっ、布団だよ。 地蔵3  寝る時間だものねえ。 地蔵2  枕二つあるぞ。 地蔵3  あっ…ホントだ。 地蔵2  なあ。 地蔵1  …。 地蔵3  どうしたの。 地蔵1  …ちぇっ。 地蔵2  …お前まさか、ほれてたのか。 地蔵1  いやそんなバカな。だって、そんなことわかってたことじゃん。 地蔵2  じゃんって。 地蔵3  ひどい。 地蔵2  何。 地蔵3  私の立場はどうなるのよ。 地蔵2  おまえらそういう関係だったのか。 地蔵1  僕が慰めてあげるつもりだったのじゃん。 地蔵2  日本語変だぞ。 女、戻ってくる。 女  あっ。 地蔵達  あっ。 地蔵達、直立不動。 女  …。 地蔵達  …。 女  誰、こんなの持ってきたの。ちょっと出てきなさいよ。隠れてるんでしょ。 久しぶりに会うからって、冗談きついんじゃないの。 女、奥に消える。 地蔵たち、ちょっと動く。 女、すぐに戻ってくる。 女  …。 地蔵達  …。 女  もー、どこにいるのよ。こないだ1時間も雨の中待ったのよ。ロンリーだったんだから… その時地蔵にさあ、傘を…。 とかいいながら、奥に消える。 女  地蔵? 女、顔を出す。 地蔵、あわてて動くが、それから直立不動したってもう遅い。 女、地蔵2に近づく。 女  …。 女、地蔵をつつく。 地蔵2  やってられるカー。 といって、米俵を女に投げつける。 地響きとともに、米俵を抱え、ぶっ倒れる女。 地蔵1  何をするんだ。 米俵を投げつける。 地蔵2  痛。 地蔵3  そうよ。ひどいじゃない。 米俵を投げつける。 地蔵2  んだとおー。 とかいって、お互いに米俵をぶつけ合い、どつきあう。 そのたびに、地響きがこだまする。 女  今、何時だと思ってんのよ。ここアパートなの。大きな音だしたら 大家さんに怒られるでしょ。 ピタ 女  何よ。これは。 地蔵1  …恩返し。 女  何の。 地蔵3  傘の。 女  …。 地蔵2  筋なんだよ。 女  …筋。 地蔵達  そう。 女  何の。 地蔵達  地蔵の。 女  あー、あーあーあー、…笠地蔵。 地蔵達  そうそうそう。 和やかな雰囲気。 笑いがこぼれる。 女  これ何。 地蔵達  米俵。 全員爆笑。 女  いらない。 全員爆笑。 途中で「やってられるかよ」「やってられるかよ」と地蔵1と地蔵2は体をぶつけ合う。 ガキンガキンと音がする。 女と地蔵3は止めに入る。 女  いったー、手、はさんだ。 女、手をさする。へたりこむ。 地蔵達、取り囲む。 念仏を唱える。 女、逃げる。 女  やめてよー。なんで、ちょっとすごい痛い。何これ。米俵。ちょっとー。 あんた達、いったい何なのよ。 地蔵2  おい、自己紹介しろよ。 地蔵1  地蔵です。 地蔵3  地蔵です。 地蔵達  僕たち地蔵です。 女  見りゃわかるのよ。何しに来たのよ。 地蔵1  恩返しに来たんですよ。 地蔵2  笠をくれたお礼に。 地蔵3  米俵をかついで。 地蔵達  僕たち律儀な地蔵です。 女  米なんかいらないわよ。 地蔵1  米食べないの。 地蔵3  米を食べないと。 地蔵2  罰が当たるぜ。 地蔵、念仏を唱える。 女  何念じてるのよ。 地蔵2・3  罰が当たらないように。 地蔵1  罰が当たるように。 女  えっ。 地蔵2  そりゃまずいだろ。 地蔵3  何しにきたのよ。 地蔵1  けっ…。 女  だいたい、どうやって入ってきたのよ。この部屋に。私、刑事さんと 玄関でお話していたのよ。 地蔵達  …。 女  非常階段からベランダに入ってきたの?それ知ってるのは彼だけよ。 地蔵2  彼って…。 女  私の彼よ。今夜来るの。今すぐ…。 地蔵1  こーんーやー。今、何時だーーーーー。 女、とび蹴り。地響き。 女  文句あるカー。 地蔵1  けったよ。今けったよ。 地蔵3  私も見たわ。 地蔵2  これが、この女の正体だ。夢なんか忘れちまえ。 地蔵1  わかった! 大家がいつのまにかいる。 大家  ちょっとうるさいんですけど。 女  はい。あーあーすいません。大家さん。 大家  真夜中に何やってるんです。ドシーンバターン。うるさくてねむれないじゃないですか。 下の階の人たちから苦情来てますよ。どういうことですか。 女  すいません。ちょっと地蔵が。 大家  えっ…。 地蔵は動かない。 大家  あら、地蔵。 女  ちょ、ちょっと、インテリアに。はい。すいません。 大家  この地蔵…。 女  はい。 大家  今、まばたきしたわよ。 女  あっ、もういいですから、もう静かにしますんで、すいません大丈夫です。 大家  何よ。 女  もう、夜も遅いので…。 大家  だって、地蔵が、あら枕が二つ。 女、大家を追い出す。 大家  ティッシュ。ほほ。 地蔵、直立不動解除。 三人で顔を見合わせる。 女、戻ってくる。 女  …。 地蔵達  …。 女  なんか言うべきことがあるんじゃない。 地蔵2  …ひやひやさせやがって。 女  それは、こっちのせりふだ。 地蔵達  だってさ。 女   …どこから入ってきたのよ。 大家の声  ドアがー。ドアがー。壊れてるーーーーー。 女  …。 地蔵達  …。 女  隣の部屋から。 地蔵1  はい。 女  ドア壊して。ベランダ越えて…。 地蔵2  はい。 地蔵3  そういうことなんです。 女  もー。大家さんに…。 外へでようとする女を、地蔵1が止める。 地蔵1  まあまあ。 地蔵3  いこ。 地蔵2  そうだな。 地蔵1  僕らで話つけてきますから。 地蔵達、出て行く。 女  ちょっと…。 外で言い争う声が聞こえる。 以下A・B同時進行 *** A 大家  ちょっと何ですあんた達。 …地蔵?見ればわかるのよそんなこと。 何、壊したのは僕たち、ぶつかって壊した。 ぶつかったら壊れた。当たり前でしょ、 地蔵は石なんだから。 …そんなこともわからないの、 …恩返しってね。笠地蔵のつもり。 ピンポンってね、 卓球じゃないのよ。だいたいから、あなた達、 どうして動くのよ。地蔵なら石なら 動かないでしょ。地蔵の証拠を見せなさい。 念仏唱えるんじゃないわよ。 やめなさい。やめなさーい。 念仏やめなさーい。 *** B 地蔵2  地蔵です。 地蔵1 僕たちが壊しました。 地蔵3  ぶつかったんですよ。 地蔵2  つまり、彼女から笠の所有権が 移ったんですよ。ご存知のように、 この場合、恩返しをしないと、 取引が成立しないんですよ。 地蔵1  ピンポン。 地蔵3  この人、何言ってんの。 地蔵2  気が狂ったんだ。 地蔵3  もうすぐ死ぬね。 地蔵1  念仏はじめー。 地蔵達  うだーうだーうだー… 同時進行終り。 間。 地蔵達、部屋に戻ってくる。 女  …。 地蔵1  疲れたから帰るって。 地蔵3  顔色悪かったよね。 地蔵2  いきなり訳わかんないこと言い出したし。 地蔵3  きっと彼女の家庭に問題があるんだよ。 地蔵1  やっぱ、家庭だよな。 地蔵2  ああ、家庭だ。 地蔵3  うん。 地蔵達、くつろぐ。 女  …あのさ。 地蔵達  はい。 女  あなたたち、一体何なの。 地蔵3  地蔵。 女  だから、本当は何なの。 地蔵2  地蔵。 女  地蔵の格好してるだけでしょ。 地蔵1  まっ、最初はみんなそういうけどね。 地蔵3  でも地蔵だもんね。 地蔵2  ね。 女  …そう。 日本昔話出てくる。 日本  女は、思った。「いかれてるぞ、こいつら。やべーよ。こいつら。」 でも、ここで、彼らに自分の本心をぶつけるわけにはいかなかった。 地蔵1  ウノやろ。ウノやろ。 地蔵2  3人じゃきびしくない。 日本  「やばい、こいつらわけわかんない。」と女は思った。もうすぐ、男が来る。 今日は久しぶりに、男と、あん、一夜を過ごせるのに。これはもう、すぐに帰って もらうしかない、そう思ったそうじゃ。でも、怒らせたら、もっと訳わかんない。 また、念仏唱えたり、すごい音を出されたら困る。そこで、女は、 明るく聞いてみたそうじゃ。 女  ねえ、あなたたち、いつ帰るの。 地蔵3  帰って欲しいの。 女 えっ。 地蔵1  大丈夫だよ。心配しなくても。 地蔵2  ああ。 女  何が? 地蔵1  僕たちは石だ。 地蔵3  石よね。 地蔵2  ああ。 地蔵1  しかも地蔵だ。 地蔵3  うん。 地蔵1  隣で君たちが何をやろうが、こうやって黙ってウノやってるだけだから。 地蔵3  心配しないで。 女  してないの。 地蔵1  でも、一応ね。 地蔵3  恩返ししないとね。 女  恩返し? 地蔵2  だって、この米俵いらないんだろ。 地蔵1  せっかく持ってきたのにね。 地蔵3  重かったもんね。 地蔵1  このままじゃ帰れないよな。 地蔵3  筋が通らないよね。 地蔵2  だから、君の役に立つことができるまで、僕たちはここでウノやってるんだ。 地蔵3  ふふ。 地蔵2  はは。 地蔵1  ほほ。 間。 女  だったら、帰ってよ。 地蔵達  えー。 地蔵1  何でー。 女  はっきりいって邪魔なのよ。 地蔵達  うそー。 地蔵2  どうしてー。 女  もうすぐ私の彼が来るの。あなた達がいると困るの。私に恩返ししたいなら、 帰ってちょうだい。それが一番の恩返しなの。 地蔵3  じゃあ何。この米俵また持って帰れっていうの。 地蔵1  重てーよ。 地蔵2  やってらんねーよ。 地蔵達、「やってらんねーよ」といいながら、ごろごろと転げ回る。 壁にぶつかったり、お互いぶつかったりしてガキンガキン。 女  やめてー、音ださないでー。わかった。わかったから。 地蔵2  何がわかったんだよ。 女  わかったわよ。 地蔵1  俺たちのハートがか。 女  米俵はおいていきなさいよ。それでいいじゃない。 地蔵3  それでいいの。 女  持って帰るの大変なんでしょ。なら置いてけばいいじゃない。 地蔵2  さっきいらないって言ったじゃない。 地蔵1  そう言ったじゃない。 地蔵3  どういうことよ。 女  だから、もらってあげるって言ってるのよ。 地蔵1  もらってあげるって何だよ。 地蔵3  何よ。 地蔵2  やってられるかよー。 地蔵達「やってらんねーよ」と言いながら、ごろごろと転げ回る。 壁にぶつかったり、お互いぶつかったりして、ガキンガキン。 女  やめてー。やめてー。お願いもーやめてー。 ピンポーン。 女  あっ、はい。 女、出て行く。 地蔵達、玄関の方をのぞきこむ。 女  …あっ、もー、うん。いいよ。あがって…もー遅かったじゃ…。 女、地蔵達と目が合う。 女、あわてて振り返り。 女  ああ、見ないで、じゃなくて、見て見て、じゃなくて、これ、地蔵なの。 うん。本物。そう。そうなの。私が運んだの。そう、一人で。うん。もう重くて、 肩脱臼しちゃったのよ。あっ、まだあがらないで。部屋散らかってるし、あー、そうだ。 ちょっと買ってきて欲しいものがあるの。うん。えっ、だってー、 今日久しぶりに泊まってくんでしょー。ちゃんと準備してある?だからー、準備。そう、 …うん。…ごめん、下のコンビニで買ってきて。…うん。じゃあ、お布団しいて、 待ってるから。…。 バタン。 女、戻ってくる。 地蔵達  …。 女、頭を下げる。 女  お願い、帰ってください。 地蔵達  …。 女  私たち、今夜が久しぶりなんです。 地蔵達  …。 女  彼、高校の教師で、演劇部の顧問なんです。いつも忙しくて、滅多に会ってくれなくて、 今夜は本当に久々なんです。彼と久しぶりに、一晩一緒にすごせるんです。 地蔵2  僕たちは邪魔なの。 女  いささか、邪魔です。 地蔵3  私たちは石よ。 女  でもなんかいやです。 地蔵1  僕たち地蔵だよ。安産の。 女  すこぶるいやです。 地蔵2  なんか手伝えることがあったら、手伝うよー。 地蔵達  よー。 女  帰ってー。 母登場。 母  今きたばっかりなのに帰れとは何ですか。 女  母さん! 母  もう、遅くなっちゃったわ。上がるわよ。 女  母さん、なんで。 日本  そこへ現れたのが、女の母親じゃった。時はもうすでに十一時をとうに過ぎておった。 こんな時間になんじゃろーと、女は思った。 女  何しに来たの、こんな時間に。 母  お見合い写真持ってきたの。 女  お見合い写真。 母  今日行くって言ったじゃない。留守電に入れておいたのよ。聞いてないの。 女  そんな、聞いてないよ。 母親、留守電をスイッチオン。 母の声  「もしもし、お母さんですよ。元気ですか。最近連絡がないので心配しています。 たまには電話ください。それから、今日はお見合いのことで連絡しました。本郷の西で トマト農家をやってる高木さんのお話が来ています。お母さんはいい話だと思いますので、 そっちに行きますからよろしくね。できれば、」 婆子の声  「ケメ子さーん。おなかすいたよー。すいたよー。」 母の声  「おばあちゃん!もう、ちょっと、そんなの食べちゃだめですよ。おばあちゃん。 ちょっと、きゃーーーーーーー…」 母  ほらほら、最後の方で言ってるわ。 女  何これ、何言ってるか聞こえないじゃない。 母  もお、おばあちゃんたちが、手におえないくらいぼけちゃったんだよ。 人が電話してる横で大騒ぎしてたんだから。 女  もー。 母  おばあちゃんには気をつけなさいよ。 地蔵たち、その時の格好で静止。地蔵たちの念話(ささやき) 地蔵2  誰だよ。 地蔵1  母親だろ。この女の。 地蔵3  何でこんな時間に。 地蔵1  さあ。 母  とにかくお見合いの話なのよ。もーあなたいつも断っちゃうじゃない。 今回ね、向こうが乗り気なのよ。あんたもいつまでも一人暮らしってわけには 行かないでしょ。ほら、これが写真。 女  帰ってよ。 母  なんで、親子じゃない。あっそうだ。お茶ちょうだい。電車で3時間乗ったら のど渇いちゃって。母さん自動販売機嫌いだし。 女  結婚しようがしまいが、私の勝手でしょ。 母  だから、お茶。 女  お茶飲んだら帰って… 女、お勝手に行く。 母  どうなの都会の生活は。だいぶ慣れたの? 女の声  いつも同じこと聞かないでよ。 母  いい人でもいるの。 女の声  私の勝手でしょ。 母、地蔵たちに気付く。 母  あんた、都会でどういう生活してるの。 女の声  ふつーのせーかつ。 母  ふつうなの。 女の声  ふつうよ。 母  悩んでるんじゃないの。 女の声  悩んでないよ。 地蔵達にさわってみる。 母  …。 地蔵達  …。 母  …ねえ。 女、戻ってくる。 女  あっ、それ、地蔵。 母  なんで。 女  何が。 母  なんで地蔵があるのよ。 女  私の勝手でしょ。 母  勝手って何よ、勝手って。だいたいから、誰のおなかから生まれてきたと 思ってるの。この私のおなかよ、おなか。人が5時間もかけて 田舎から出てきたってのに、帰れっていったり、私の勝手だっていったり、 地蔵っていったり、なんて親不孝なの。 女  ごめんなさい、わかったから、だから、私今から出かけるの。 母  こんな時間から、どこへ行くのよ。 女  私の勝手でしょ。とにかく出かけるから。 母  なんで、枕二つあるのよ。 女  …。 母  この部屋入ったときから、母さん気付いてたのよ。人が8時間もかけて田舎から 出てきたってのに。帰れっていったり、私の勝手だっていったり、地蔵っていったり、 枕二つあったり、今から出かけるって言ったり、母さん今日、何しに来たのよ。 お見合い写真持ってきたのよ。なんて親不孝なのー。 女  今日は勘弁してよー。 母、女に詰め寄る。 地蔵達1・3、布団の中に入る。 母  なんでこの枕が二つあるのか、ちゃんと説明しなさい。 布団の山がうねる。 激しくもみあっている様子。ガキンガキン。 地蔵1・3、布団の中で… 母と女は呆然と見る。 激しさは頂上を登りつめ、そして、ひゅーと冷めていく。 地蔵達、顔を出す。 地蔵1、たばこを吸い出す。 地蔵3  もう、寝たばこやめて…。 母  …。 地蔵1  今夜の君はとってもかわいかったよ。 デコピン。コツ。 地蔵3  うふ。もうばか。 デコピン。コツ。 そして、二人は爆笑。 そして、女と母の顔を真剣に見つめる。 間。 地蔵2、叫ぶ。 地蔵2  さて、何点でしょう! 女  …。 地蔵2  10点満点で点数をおつけください。 女  母さん。 母  なあに。 女  点数をつけてあげて。 母   私が。 女  お願い。 地蔵2  何点でしょう。 女  お願い早く。 母  でも。 地蔵2  点数を。 女  後悔しないうちに早く。 間。 母  3点。 地蔵達  ばっかやろー。 地蔵達、布団を投げ、米俵を投げ、大騒ぎ。 地蔵達、母親を掛け布団で巻き上げ、ロープでしばり、三人で担いでしまう。 地蔵1  二人の夜を邪魔する敵は俺たちがなんとかしてやる。 母  ちょっとあなた達、なんなの。 地蔵3  君にとって邪魔なものは、私たちにとっても邪魔なの。 母  ちょっとなんで縛るの。 地蔵2  まあ、掛け布団がなくたって、敷布団がある。 地蔵達  それで十分じゃないか。 地蔵達、日本昔話のテーマを口ずさみながら、母親を担いで どこかへ行ってしまう。 女  ちょっとどこへ連れていくのよ。 地蔵1  隣の部屋で話し合いをしてくる。 以下A・B同時進行 *** A 母の声  ちょっとなんで縛るの。 私が何をしたって言うの。ちょっとほどいて ちょうだい。私は娘と大事な話があるの。 だいたいあなたたち何者。 地蔵。地蔵って何。地蔵じゃ わけわかんないでしょ。 つまんないんだからしょうがないでしょ。 何急にやってんの。やめなさーい。 やめなさーい。 *** B 地蔵2  3点つけました。 地蔵1  3点だよな。 地蔵3  身削ったネタだったのに。 地蔵1  地蔵です。 地蔵2  地蔵です。 地蔵3  地蔵です。 地蔵達 3点しかもらえない地蔵です。 地蔵1  予選落ちかな。 地蔵2  念仏始めー。 地蔵達  うだーうだーうだー。 同時進行終り。 などとやっている間にピンポン。 女  あっはい。あっ、お帰り。ご苦労様。あっそう それ買ってきたの。あっうん。いいよ。あがって、というか、ちょっと今取り込んでるの。 えっ、なんか騒がしい。あー、うん、今母親が来てるの。あっ、帰らないで。 帰らないでー。そんな、あってくれなんて言ってる訳じゃないって。大丈夫なの。 うん。もうすぐ帰るって。電車。ううん、走って帰るって。うん。本当。 えっお経が聞こえる。あっお母さんの趣味なの。うん、大丈夫。やめさすから 今すぐ。じゃあさあ、ちょっと外で、時間つぶして来てくれる。5分でいいから。 大丈夫。絶対帰っちゃダメよ。絶対ね。うん。 婆子達が念仏を唱えながら、奥から登場。 地蔵達も念仏を唱えながら、登場。 2者が遭遇。 女、部屋に戻ってくる。 地蔵達は、直立不動。 婆子  …。 地蔵達  …。 女  おばあちゃん。 婆子1  孫ですよ。 婆子2  孫だね。 女  おばあちゃん。…地蔵…最悪。 日本  女には双子のおばあちゃんがいた。一人を金婆ちゃん。金歯がよく似合った。 一人は銀婆ちゃん。銀歯がよく似合った。二人は双子だけど 全然似てなかったそうじゃ。二人の婆さん達は、それはたいそうにボケとったそうじゃ。 女  おばあちゃんたち、こんなところで何やってるの。 日本  女はいきなり、強気にでた。今度の敵は強いのじゃ。一気に勝負にでた。 婆子2  だってさ。 婆子1  だってさ。 女  何よ。 婆子2  おなかすいたんだよ。 婆子1  ケメ子さんがさあ、ご飯作ってくれないのさ。 婆子2  だから、ケメ子さん探して。 婆子1  ケメ子さんおっかけてきたんだよ。 婆子達  ケメ子さーん。 母の声  はーい。 婆いこうとする。 女  待ちなさい。ご飯なら家で食べればいいでしょ。 婆子1  ついでに孫の顔見に来たんだよ。 婆子達  まごー。 女  ここにいるでしょ。 婆子1  最近、目が悪なったよねー。 婆子2  耳もね。 日本   あと、5分でこいつらを片付けなければならないと思うと、 女はとほーにくれとったそうじゃー。 女  だいたいから今何時だと思ってんの。 婆子1  おやじーじゃよ。 婆子2  (地蔵に)ケメ子さん、ごはん作っておくれ。 女  それは地蔵よ。 婆子1  えっ。 女  それは地蔵。 婆子達  いただきます。 女  それはごちそう。 婆子1  よしよし、おこづかいをあげよーね。 女  それは小僧。 婆子2  ぱおーん。 女  それも小象。 婆子1  胸を大きく広げて横ふり。 女  それはラジオ体操。全然違うんだ! 婆子2  耳悪いんだ! 女  わざとでしょ。わざとわかんないふりしてるんでしょ。 婆子1  わかんないんだよー。 婆子2  ホントなんだよ。 婆子1  信じてくれよー。 婆子2  私ら家で居場所ないんだー。 婆子1  誰も私たちの言うこと信じてくれないんだー。 婆子2  ケメ子さんご飯作ってくれないし。 婆子1  ぼけても誰もつっこんでくれないし。 婆子2  つっこんでくれて嬉しかったよー。 婆子1  会いに来てよかったよー。 婆子達  まごー。 女   あはあはあはあはあはあはあは…。 日本  女はとうとう壊れたそうじゃ。 女、壊れる。 婆子1  おもしろいね。 婆子2  そうだね。 婆子達、笑いながら、女を布団に寝かせる。 日本  こうして、おばあちゃんと女は、それはそれはたいそう楽しそうに笑い、 女の大切な一夜はふけていったそうな。三人のやさしい笠地蔵たちは、女の成仏を祈り、 いつまでもいつまでも念仏を唱えたそうじゃ。 婆子達も念仏。 念仏が続くさなか…。 地蔵3  あきらめちゃだめだよ。顔をあげて。顔をあげて。顔をあげて。 女  えっ。この声は。 女、立ち上がる。 女  闇に閉ざされた私の心に呼びかけるこの声は…。 地蔵1  君は闇に閉ざされたわけじゃない、少し眠ってしまっただけさ、だけさ、だけさ…。 地蔵3  さって、目を開けて、開けて、開けて…。 女  いや、私はもう壊れたの。私は彼と一夜を過ごすことができない。放っておいてちょうだい。 地蔵2  ほっておけないよ。だってほら、僕たちは友達じゃないか、ないか、ないか。 女  友達って、あなた達は誰。 地蔵3  忘れたのかい。私たちのことを。 地蔵1  忘れたのかい。僕たちの存在を。 地蔵2  忘れたのかい。僕たちに君がしてくれたことを。 女  あなた達は誰。 輪唱 地蔵3  地蔵だよ。地蔵だよ。地蔵だよ。 地蔵1  地蔵だよ。地蔵だよ。地蔵だよ。 地蔵2  地蔵だよ。地蔵だよ。地蔵だよ。 女  あはあはあは。 女、倒れる。 地蔵達、駆け寄る。 地蔵2  おい、しっかりするんだ。 地蔵3  だめ、死んじゃだめ。 地蔵1  だめだ、脈が弱くなっている。 地蔵3  見て、この子泣いてる。 地蔵1  よっぽど悔しかったのさ。 地蔵2  くっそー、誰が彼女をこんな目にあわせたんだ。 日本   あんたらやん。 地蔵1  彼女にとって、今夜は大切な日なのに。 地蔵3  彼女にとって邪魔なものは。 地蔵1  僕たちにとっても邪魔なものだ。 地蔵2  くそー、俺は今、燃えている。 地蔵達  燃えている。 地蔵1  燃えてるかー。 地蔵3  燃えてるさー。 地蔵2  燃えてるよー。 地蔵1  じぞー。ファイファイファイ 地蔵達  オー。 地蔵1  やっつけるぞー。 その頃。 婆子1  もっとこう腰をのばす。 婆子2  あー。 婆子1  のばす。 婆子2  うー。 婆子1  曲がりっぱなしですよ。 婆子2  老人の青春と腰は帰ってこないんですよ。 婆子1  その怒りをぶつけなさい。 婆子2  そーれ、ボーリングだー。   婆子達、ボーリングを転がす。 ボーリングのピンのように、はじき飛ばされる地蔵達。 地蔵達がはじき飛ばされる音が響き、ドアを突き破る音。 地蔵達、去る。 女、びっくりして起きる。 静寂。 婆子1  ストライク。 婆子2  やったね。ぱし。 婆子1  やったね。ぱし。 女  何、何、今の何。 女、起きて、ドアを見る。 女  あー、壊れてるードアー。ドア、倒れちゃってるじゃない。 婆子1  やったね。ぱし。 婆子2  やったね。ぱし。 女  何やったの。 婆子達  そーれ、ボーリングだー。 女  ボーリングったって、地蔵は、地蔵。 婆子1  ゴロゴロゴロ。 婆子2  パッカーン。 婆子達  ボーリングだー。 女  あー、もー、おばあちゃん、どうしてくれるのよ。大家さんになんていえばいいのよ。 婆子1  壊れましたー。 婆子2  破けましたー。 女  今夜どーすんのよ。ドアがなかったら困るじゃない。もうすぐ彼が…。 婆子達  彼! 女  …彼が来るの。 婆子1  か、彼って、男かい。 女  あたりまえでしょ。 婆子2  ももももももももしかして。 婆子1  ととととととととまりかい。 女  …うん。 婆子1  やったね。 婆子2  やったね。 女  だから、今夜はおばあちゃんたちに、帰って欲しいの。だってさ、ねー。 彼、泊まってくしさー。…あ、あれ、そういえば、もう5分たってるんじゃ…あれ。あれ。 婆子1  どうしたの。 婆子2  どこいくの。 女  ちょっと見てくる。 婆子達  きゃ。 女、外を見に行く。 婆子達、布団に集まる。 婆子1  この布団だね。 婆子2  この布団だね。 婆子達  うんうんうん。想像しようね。 婆子1  この布団で、孫が。 婆子2  この布団で、孫が。 婆子1  あーなって、こーなって。 婆子2  こーなって、あーなって。 婆子1  これもして、あれもして。 婆子2  あんなこと、こんなこと。 婆子1  上になって。 婆子2  下になって。 婆子1  立って。 婆子2  しゃがんで。 婆子1  サービスして。 婆子2  サービスし返して。 婆子1  そのうちレシーブ。 婆子2  トス。 婆子1  アタック。 婆子2  ブロック。 婆子達  おー。 婆子2  彼はバットを大きく振るね。 婆子1  女は打球に喰らいつくね。 婆子2  そのうち一塁を女は回るね。 婆子1  男は二塁も回るかもね。 婆子2  二人で三塁をつっきって。 婆子1  たたたたたたたたたたたたたたたた。 婆子2  セーフセーフセーフ。 歓声。校歌が聞こえてくる。 婆子1  …いい試合だったね。 婆子2  若いっていいね。 婆子1  私たちももう一度やり直したいね。 婆子2  もう一度、やり直せるならね。 婆子1  無理だよ。 婆子2  無理だね。 大家の声  何度言ったらわかっていただけるんです。 女の声  すいません。 大家の声  あら、ドア。 女の声  あって、ドア倒れてますから、足元気をつけて。 大家の声  ドア、私のドア。 大家と女が現れる。 大家  ドアが、ドアが。 婆子1  壊れましたー。 婆子2  破けましたー。 大家  何これ。 女  おばあちゃんです。 大家  …。 女  すいません、本当にすいません。 大家  なんでドアが…。 女  いろいろ事情がありまして。弁償しますから。 大家  あのー、ボーリングの音しましたけど。ボーリングしました? 女  してません。 婆子1  ゴロンゴロンゴロン。 婆子2  パッカーン。 大家・女  …。 大家  はははは。 女  はははは。 大家  あって、それから、最近、勝手に粗大ゴミ、下にパーって出す非常識な人が 増えてますね。 女  はは、そうですね。 大家  いやー、まさかね。 女  何か。 大家  びくりしました私。 女  はあ。 大家  まさか、お宅もその一人とは思いませんでしたわ。 女  えっ、私そんなことしません。 大家  だって、下に粗大ゴミが出してあったんですけど。あれ、お宅のでしょ。 女  そんな私、粗大ゴミなんか出してません。私がそんなマナーのない人間に見えるんですか。 ひどい侮辱じゃないですか。大きな音を出したのは謝ります。もうしません。でも、それに かこつけて、ゴミまで私のせいにするなんて、ひどい、ひどすぎます。 婆子1  ガーター。 婆子2  ガーター。 大家  …だって、あの地蔵、おたくのでしょ。 女  へ。 婆子達  ゴロンゴロンゴロン。 大家  下のゴミ捨てに転がってましたわよ。 女  あ。 婆子達  ぱっかーん。 大家  お部屋のインテリアとかいってた地蔵が下に落ちてましたわよ。 女  …地蔵達、下まで階段転がっていったんだ。 婆子達  ストライーク。 婆子1  やったね。ぱし。 婆子2  やったね。ぱし。 女、とび蹴り。 女  何が「ぱし」じゃ。 婆子1  蹴ったよ、今蹴ったよ。 婆子2  これが、孫の本当の姿だよー。 婆子達  まごー。 女  出てって。今すぐこの部屋から出てって。 婆子達  えーん。 大家  おたくもでてって。 婆子達・女  えっ。 大家  だってそうじゃない。騒音は出すでしょ。ゴミの決まりは守らない。 おまけにドアも壊れたし。こんなとこ住めないし。男の人が泊まりに来たってドアないし。 枕二つあっても、ね。困るのあなたよね。それとも何、ドア開けっ放しでもやっちゃうの。 いいわね、若いって。だから出てって。お願い。じゃ、明日ね。 女 ちょっと。 大家  明日よ、いいわね。 大家  出て行く。 婆子達  えーん。 女  そんな。…私、何にも悪いことしてないのに…。みんな邪魔して、もう、いや。 婆子達  ねー、おなかすいたよー。 女  うるさい。 女はふてくされ、布団虫になる。 婆子たちも布団虫になり、女を慰める。 日本  女はそれはそれはつらい気持ちだったそうじゃ。5分たったら戻ってくるはずの 彼氏はいつの間にかどこかへ行ってしまい、住むところを失い、老人問題まで抱えてしもうた。 女に残されたのは、地蔵達が運んできた米俵だけだったそうじゃ。 ニ宮金次郎が現れる。 二宮  あのー。 女  えっ。 二宮  すいません。ここに地蔵が来ませんでしたか。 女  …あの。 ニ宮  地蔵来ました? 女  ぼくね。 ニ宮  はい。 女  名前は。 ニ宮  ニ宮金次郎 女  そう。 ニ宮  うん。 女  土足だよ。 ニ宮  うん。 女  ぬぎなさい。 ニ宮  いや。 女  なんで。 ニ宮  石だから。ぬげない。 女  そう。 ニ宮  うん。サイタサイタサクラガサイタ。 女  何それ。 ニ宮  教科書。勉強してるんだ。薪背負ってさ。家の仕事手伝いながら 勉強してるんだぜ。えらいだろ。 女  そう。でも、本読みながら登下校したら、きっと車にひかれて死ぬわ。 ニ宮  ううん。僕、石だから大丈夫なんだ。 女  そう。僕、とっても強いんだね。 ニ宮  僕、うーんと勉強してね、将来は大蔵官僚になるんだ。最強だろ。 女  そう、そして、庶民の生活を土足で踏みにじるのね。 ニ宮  いやー、お姉さんには一本とられたな。 女  でていきなさい。 ニ宮  いやだ。 女  お姉さんね、今日、全てを失ったの。うふ。だから、私が正常なうちに でてって。もーなんでもありだもん私。 女は笑う。 ニ宮  お姉さん、どうしたの。 女  やっておしまい。 婆子達  いえっさー。 ニ宮  僕たちは、石仲間の地蔵達を探しに来たんだよ。 女  こいつをしとめたら、ごはん作ってあげるよ。 婆子達  いえっさー。 ニ宮  地蔵達はどこに行ったの。 女  攻撃準備。 婆子1  老人全快。 婆子2  ぶるぶるぶるぶる。 婆子達は攻撃準備。 婆子1  もっとこう腰を伸ばす。 婆子2  あー。 婆子1  伸ばす。 婆子2  うー。 ニ宮  それはうわさのボーリング攻撃。 女  小学校の中庭にお帰り、坊や。 婆子2  老人の青春と腰は帰ってこないんですよ。 婆子1  その怒りをぶつけなさい。 婆子2  そーれ、ボーリングだー。 女  死ねー。 ニ宮  おとうさーん。 雷鳴。 信楽焼登場。 婆子・女  誰だ、お前は。 信楽  信楽焼の狸です。息子がたいそうお世話になっています。 日本  女と婆子達はそれはたいそうにおったまげたそうじゃ。 信楽  石の地蔵がニ宮金次郎を呼び、そして石の狸である私を呼びました。 なぜ石である我々が動けるのか、秘密のベールは深く閉じられたままです。 日本  そこには、どぶろくをさげ、袋を風に揺らした巨大な狸がおった。石の地蔵が ニ宮金次郎を呼び、そして、信楽焼の狸を呼び、今夜はなんでもありということに なったそうじゃ。ただ一つ、信楽焼は石じゃなくて、割れ物である、という間違いを 誰も指摘しないという優しさが皆の心にあった。 信楽  こんばんは。 婆子・女  こんばんは。 信楽  そしてすいません。 婆子・女  えっ。 信楽  私のように、酒におぼれ、女をもてあそび、気がつけば、こんな腹と こんな袋になってしまったことをまず、みなさんにお詫びします。そして。 ニ宮  お父さん。 信楽  ああ。 ニ宮、父に甘える。 信楽  この子が私の息子です。堕落した生活を送る私を捨てた妻が残していった 最後の宝、私の夢です。許してやってください。 ニ宮  お父さーん。 信楽  息子よ。私の人生訓は、「生まれて、すいません」 ニ宮  えーん。 二人、泣く。婆子達も泣く。 女  あの。 信楽  はい。 女  何しに来たの。 信楽  石友達の地蔵君に呼ばれてきました。 女  地蔵達なら、下で粗大ゴミになってるわよ。 信楽  そうですか。 ニ宮  大変だね。 信楽  ああ。 女  …あのさ。 信楽  はい。 女  人んちで何勝手に泣いてんの。 信楽  あっ、すいません。 女  なんで、ニ宮金次郎と信楽の狸まで、私の家に来るの。 信楽・ニ宮  ごめんなさい。 女  わかった。話し合いましょ。なんで、地蔵が動くのか。ニ宮金次郎がしゃべるのか。 信楽の狸が自己嫌悪に陥るのか。最初っから説明して。説明に時間かかってもいいから。 もういいから、私。もう、いいんだ。男も家も失ったし、もう、いいんだ。もう。 婆子2  目が真っ赤だね。 婆子1  うさぎさんだね。 婆子2  やり投げな態度だね。 女  わかった。うん。座ろ。そこ座ってよ。うん。じっくり話聞くから。 信楽  袋が邪魔で座れません。 女  あのね。 信楽  歩くのも結構大変なんです。 女  だったら歩くな。信楽の狸が歩くな。 信楽  生まれてすいません。 女  はいはい。 信楽  あの。 女  何。 信楽  先ほどの、あなたの質問にお答えしたいのですが。 女  何の。 信楽  なぜ私たちが動けるのかについて。 女  説明してよ。 信楽  それは私たちにも心があるからです。 女  心。 信楽  心です。心があるから、息子の金次郎はしゃべり、私は後悔と反省を繰り返すのです。 そして、石をも動かす心の動きが、地蔵にもあるのです。 女  石に心。 信楽  ありますとも。 ニ宮  ありますとも。 婆子1  ありますとも。 婆子2  ありますとも。 女  おばあちゃん関係ないよ。 婆子達  うー。 信楽  そして、石の心を動かすことを、あなたはしたのです。 女  私が地蔵達に傘をあげたこと。 信楽  そうです。 女  なんであなたは知ってるの。 信楽  私は、地蔵君たちから、あなたのことすべてを聞いています。私は地蔵君たちに 呼ばれてきたのです。今日、ここで心の優しい素敵な女性に会えると。 女  そんな、私なんか…。 信楽  私も地蔵君の心の代わりになって、あなたに恩返しをしたい。私の能力で。 女  あなたの能力って。 信楽  いずれわかります。 信楽、どぶろくを飲む。 ニ宮  おばあちゃん。 婆子1  なんだい。 ニ宮  これ、おばあちゃんたちの枕。 婆子2  違うよ。これは、男と女の枕なんだよ。 ニ宮  男と女の枕って、何。 婆子1  男と女で枕を並べて夜を過ごすのさ。 ニ宮  それって、普通に寝るのと、何が違うの。 婆子達  違うも違わないも。 婆子2  いいかい。これ、膨らましてごらん。 婆子1は細長い風船を膨らませ始める。 婆子2  これが男さ。 全員  おー。 婆子2  男は女のそばにいると、だんだん大きくなってしまうんだよ。 ニ宮  こんなに大きく。 婆子2  この大きさを持つ者は勇者と呼ばれるよ。 女  呼ばない。 信楽  私はこのくらいです。 全員  おー。 ニ宮  そんでどうなるの。教えて教えて。 婆子2  うんうん。 女  子供が聞くな。 婆子2  いいじゃないか。 婆子1  保健体育。 信楽  子供の情操教育。 ニ宮  知りたい知りたい。 婆子2  男は長旅を終えた宇宙船みたいなものさ。そして、宇宙船は母なる地球、 女の滑走路をめざしてテイクオン。 ニ宮  宇宙船?地球?滑走路?すごーい。 婆子1  船長、ただいまより、女の滑走路に突入します。ご指示を。 ニ宮  えっ。 婆子1  さあ、今から君が、宇宙船「大根」の船長だ。 ニ宮  えっ、僕が。 婆子達  船長―――。 婆子1  あんたが持ってあげなさい。 女  えー。 婆子1から、風船をもらう女。 ニ宮  よーし、宇宙船「大根」、女の滑走路に向け、突入を開始する。 婆子達  ラジャ。 信楽  わが息子よ。大きく成長しておくれ。わしより大きくなってくれ。 一皮も二皮もむけた男になっておくれ。父より。 婆子1  ただいまより突入開始。動力全開。 婆子2  オーケー。膨張率80パーセント。 婆子1  機関部オールグリーン。異常無し。 婆子2  レーダーに敵影なし。視界良好。 婆子1  突入開始。突入開始。 婆子2  まず、どんな角度で、大気圏に突入するのかが問題さ。この角度は浅すぎても 深すぎても駄目だ。角度が浅いと壁に跳ね返される。また角度が深すぎると ブラックホールに吸い込まれちまう。 ニ宮  突入。 全員  突入。 婆子1  突入成功しました。 衝撃音。 全員  ぐわっ。 婆子1  さて、ここからが問題なんだ。大気圏に突入した宇宙船「大根」は 空気の摩擦にあい、抵抗にあい、女の滑走路目指して、複雑な動きをすることになる。 まず前後運動。そして、上下運動。たまにゆっくり左右運動。前後。上下。左右。 前後。上下。左右。前後。上下。左右。ときには回転する大根もいるのだ。 回転。 全員  わー。 婆子1  だめだ。このままではエンジンが爆発しそうだ。 婆子2  もうだめ。引き返しましょう。 全員  船長、引き返しましょう。 ニ宮  駄目だ。 全員  えっ。 ニ宮  このまま突入を続行する。 全員  そんな。 ニ宮  諸君、私によい案がある。 全員  えっ。 ニ宮  逆噴射だ。 全員  逆噴射。 婆子1  まだ早すぎる。 信楽  息子よ。早すぎるのは女に嫌われるのだ。 ニ宮  みんなの命には換えられない。 信楽  でも早い。 婆子2  でも、逆噴射するにもエネルギーが足りません。 ニ宮  あの女の心を利用するのだ。 全員  えっ。 女は、先ほどから一人で、前後運動、上下運動、回転運動を続けている。 女  きゃーーーー。わーーー。にゃーーー。 ニ宮  彼女は久しく、彼と一夜を過ごしていない。その心のストレスを爆発させれば。 信楽  女の心は思うがままだ。 ニ宮  うん。 信楽  よくできた息子よ。 女  きゃーーーー。わーーーー。にゃーーーー。 信楽  女なんて。 信楽・ニ宮  ちょろい。ちょろい。 警報音。 信楽  何事だ。 婆子1  12時の方向から、敵機三機接近中。 ニ宮  何。 婆子2  すごいスピードです。振り切れません。8秒後には女と遭遇します。 ニ宮  攻撃準備。ロックオン次第打ち落とせ。 婆子1  だめです。攻撃安全圏内をすでに突破しています。 婆子2  だめだ。衝突するぞ。 ニ宮  父上。やつら連邦軍の新型モビルスーツでは。 信楽  いや、違うな。 ニ宮  …えっ。 信楽  やつらの名は…地蔵だ。 ニ宮  スクリーン映し出せ。 地蔵達、あらわれる。 地蔵1  そうです。私たちがあの恩返しで有名な。 地蔵達  笠地蔵です。 女  助けて。誰か助けてー。 地蔵3  さあ、その手を離して、ぼくたちにつかまるんだ。 女  だめ、手になじんで離れない。 地蔵1  目を開けて、僕たちをよく見るんだ。 地蔵2  君が今、手にしているものと、僕たちを比べてみろ。 地蔵3  差は歴然よ。 女  えっ。 地蔵2  俺たちの方が。 地蔵達  大きくて太いじゃないか。 女  えっ。 地蔵達、首をカクカク動かす。女もクビがカクカク動く。 女  こっちの方がいいー。 女、地蔵達にしがみつく。 信楽  残念です。 地蔵1  やあ、信楽の旦那、久しぶり。 地蔵3  あいかわらず、人の心のスキマにつけこんで、悪いことしてるね。 地蔵2  俺たち三人が来たからには、もう好き勝手にはさせないぜ。 女  えっ、いったいどういうこと。 地蔵3  まだわかんないの。 女  わかんない。 地蔵2  あんた化かされてたんだよ。 女  えっ。誰に。 地蔵1  狸に。 女  えー。 信楽  ばれてしまっては仕方がないのが残念です。はっはっはっ。 日本  女は狸に化かされていたことを、お地蔵さんたちに教えてもらったそうじゃ。 日本昔話で、狸や狐が人間を化かすのは当たり前のことじゃった。知らなかった人は アンダーラインしなさい。 信楽  心があるから、息子の金次郎はしゃべり、私は後悔と反省を繰り返すのです。 そして、石をも動かす心の動きが地蔵にもあるのです。そして心を喰らうことを 生業とする者もいるというわけです。 女  ひどい、女の心をよくももてあそんだわね。 信楽  今さら泣いても、もう遅いのです。あなたのその優しい心の所有権を私によこしなさい。 地蔵1  そんなに優しくないよ、この人。 信楽・女  えっ。 地蔵2  そうだよな。 地蔵3  結構わがままだし。 地蔵1  米俵もらってくれないし。 女  もらってあげるって言ったじゃない。 地蔵1  もらってあげるって何だよ。 地蔵3  何だよー。 地蔵2  やってられるかよー。 地蔵たちぶつかりあう。 婆子1  もっとこう腰を伸ばす。 婆子2  あー。 婆子1  伸ばす。 婆子2  うー。 女  えっ、おばあちゃん。 信楽 こやつらはまだ私の術中にあります。 婆子1  曲がりっぱなしですよ。 婆子2  老人の青春と腰は帰ってこないんですよ。 婆子1  その怒りをぶつけなさい。 女  おばあちゃん、やめてー。 地蔵たち、信楽に近づく。 肩をたたく。 地蔵2  あのさ。 信楽  あっ。 割れ物の音。 地蔵1  あんた石じゃなくて、割れ物じゃん。 信楽  じゃんって。 地蔵3  私たちとは堅さが違うんじゃない。 信楽  あっ。ひびです。 ニ宮  お父さんをいじめるな。 地蔵3  でも、あなたも石じゃない。 ニ宮  うん。 地蔵3  お父さんだけ、割れ物なの。 ニ宮  そうか。 地蔵3  仲間はずれにしなきゃダメでしょ。 地蔵1  最近学校でさ。 地蔵2  いじめが増加してるよね。 信楽  生まれてすいません。 地蔵達、信楽にぶつかるぶつかるぶつかる。 ひび割れの音。 日本  みんな、信楽の狸だけ、仲間はずれであることに気付いた。 信楽  生まれてすいません。生まれてすいません。生まれてすいません。 信楽、泣きながら去っていく。 婆子1  行ってしまったね。 婆子2  私たち、いったい何してたんだろうね。 婆子1  まるで、夢を見ていたようじゃ。 婆子2  若い頃に戻ったようじゃったのに。 地蔵3  おばあちゃん。夢だったんですよ。 婆子達  そうか。夢か。 爆笑。 ニ宮  それじゃあこれで。 地蔵2  もう行くのか。 ニ宮  帰って勉強しないと。 女  そうね。お父さんみたいな、人生の破産者にならないためにも。 ニ宮  うん、僕いっぱい勉強して、絶対大蔵官僚になるよ。 地蔵1  坊主、がんばれよ。 ニ宮  うん。ありがとう。 ニ宮、去る。みんな手を振っている。 女  ありがとうみんな。 地蔵達  えっ。 女   なんだかんだいって助けてくれて。 地蔵達  いやいや。 女  これが地蔵の恩返しなのかな。 地蔵達  まあね。まあね。 ドアがひっくりかえる音。 女  何かしら。 婆子1  見に行こうね。 婆子2  見に行こうね。 婆子達は見に行く。 女  もう彼氏もどっか行っちゃったし、今夜は泊まっていってよ。 婆子1  おーい。男の人が倒れているよ。 婆子2  血だらけだよ。 婆子1  ドアの下敷きになってるよ。 婆子2  ドアが倒れて、下敷きになっちゃったんだねー。 婆子達  かわいそーにねー。 女、出て行く。 女の声  きゃーーーーーー。 地蔵達、顔を見合わせる。 女の声  きゃー。しっかりして。どうしたの。えっ、いきなり地蔵が飛び出してきた。 なんで、ちょっとしっかりして。じゃあ何、このドアの下でずっと下敷きになっていたの。 あーお願い、死なないでー。今夜久しぶりじゃない。ねー…。 地蔵1  帰った方がいいかな。 地蔵2  長居しすぎたよね。 地蔵3  一応感謝してたみたいだし。 地蔵1  とにかく行こう。 地蔵2  いいことした後は気分がいいね。 女の声  しっかりして。目を開けて。 地蔵3  ほら、あの子の声が聞こえる。 地蔵1  ホントだ。 女の声  あー血よ。鼻血がでてきたわ。きゃー倒れないで。 地蔵2  僕たちのおかげだね。 地蔵達  うん。 女の声  もー。 地蔵3  じゃあ、二人の冥福でも祈って。 地蔵1  いっちょ、念仏でも唱えますか。 地蔵達  うだーうだーうだー。 女が戻ってくる。手には、ボーリング。 地蔵達、あわてて勝手口に去る。そのままベランダを抜けていくのだろう。 女、すばらしいフォームで、勝手口にボーリングを投げ込む。 ぱっかーん。 女、ティッシュを持って、玄関へ出る。 母が、布団巻きのまま、出てくる。 女の声  じゃあ、あがってよ。鼻血まだ出る?一人で立てる? 女も部屋に戻ってくる。 女、母に気付く。 間。 女、男の元にいったん戻る。 女  ごめん、ちょっと外で待ってて。 女、戻ってくる。 母  …私のこと、忘れてたでしょ。 女  ごめん。忘れてた。 母  隣の部屋で全部聞いてました。あなた変わったお友達がいっぱいいるのね。 お母さんびっくりしたわ。 女  私もびっくりしたよ。 母  外にいる彼ともいい仲なのね。 女  いい仲っていうか。 母  いいじゃない。あがってもらえば。母さんも会いたいわ。あんたのいい人に。 女  いや、今日はちょっと。 母  どうして。 女  だって、なんか恥ずかしいし。 母  なんで恥ずかしいの。 女  だって。 母  だって。 女  枕二つあるし。 母  あるわね。 女  ティッシュまであるし。 母  そうね。 女  うん。 母  それ何。 女  えっ。 母  それ。 女  うん。 母  あれなの。 女  えっ?…あっ、うん。 母  …そう。 女  そう、そうなの。うん。 女、彼が買ってきたものを片付ける。 母  何で片付けるの。どうせすぐ使うなら置いときなさいよ。 女  だから、恥ずかしいって言ってるでしょ。 母  いつ結婚するの。 女  えっ。 母  結婚。 女  わかんないよ。 母  なんで。あなたたち、そういう話、しないの。 女  そういう話しないもん。 母  でも、そういう関係なんでしょ。あなたたち。 女  まだそういう雰囲気じゃないもん。 母  そういう雰囲気だから、枕が二つになったんでしょ。 女  そういうことと結婚は関係ないでしょ。 母  ないわけないわよ。 女  ほっといてよ。 母  ほっとけないわよ。今はね、いいのよ。好きだ腫れた言ってるうちはいいのよ。 でもそのうちにね。傷つくのはあなたよ。捨てられたらどーすんのよ。 女  捨てられるわけないでしょ。 母  なんでそんなことわかるのよ。 女  わかるわよ。 母  捨てるか捨てられないか何でわかるの。彼の心のことがなんでわかるのよ。 彼の心はあなたの心じゃないでしょ。 女  何言ってるのよ。 母  結婚の約束をしなさい。彼の心を確かめなさい。 女  そんなことに何の意味があんのよ! 母  …心配して言ってるの。 女  …帰ってよ。 母  …帰るわ。おばあちゃん、ちょっと来てください。 婆子達  はいはいはいはいはいはい。 母、布団巻きのまま、帰ろうとする。婆子達がやってくる。 婆子1  ケメ子さん。 婆子2  ご飯作ってくれよ。 母  はいはい。作りますよ。さっ。帰りましょう。 婆子達  はーい。 婆子達、母を担ぐ。 母  あっ、また電話するから。 女  …。 母  …風邪、ひかないでね。 女  …。 母  バイバイ。 女、手を振る。 日本  こうして、母と子は別れたそうじゃ。次第に遠ざかる母と婆子達に、 女はいつまでもいつまでも手をふっていたそうじゃ。そして、ふと女は 玄関の外で男が待っていることに気付いたそうじゃ。 女   あっ、やっべー。彼と母さん、鉢合わせじゃん。 母の声  あらあなた。 女  ちょっとまっ… 母の声  こんばんは。…いつも娘がお世話になってます。 女  えっ。 母の声  あとはよろしくね。 女  …。 日本  こうして、母と婆たちは、さわやかな雰囲気を残して去っていった。 女  今のが母さん。私の。 日本  ふと気付けば、二人はやっと二人っきりになったそうじゃ。 女  あがってよ。今日はいろいろなことがあったの。最初っから説明してあげるから。 さっ、あがって…。 日本  こうして、二人は誰にも邪魔されることなく、すてきな一夜を過ごしたそうじゃ。 地蔵達  めでたし。めでたし。 地蔵達が勝手口から出てくる。 日本  …。 日本は、自分のテーマソングを口ずさみながら静かに去っていく。 女はまだ気付いていない。 女  えっ。その地蔵の説明から?地蔵って何のこと…。 女、地蔵に気付く。 女  …。 地蔵達  はっ! (何かポーズを決める) 女  説明できない。 刑事  説明してもらわなければ困ります。 女  えっ。 地蔵達  えっ。 女  えっと確か…。 刑事  刑事です。先ほどの。 地蔵達  そうなんです。 地蔵3 しかも。 地蔵2  この人。 地蔵1  土足です。 地蔵達  許せますか許せますか。 刑事  やっかましい。 刑事発砲。 弾は地蔵1、2、3、の順でカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン… 刑事  というわけで刑事です。失礼します。 女  でも土足は困ります。 地蔵2  キューン パリーン 下の方で大家の声 大家  だーれ、夜中に騒いでる人は。今いって注意しますよー。 地蔵2  うるせーんだよ。バーカカーバくそばばあ。これるもんなら来て見ろっていうんだ。 8階だバーカ。3号室だバーカ。おまえの母ちゃんたーまきん。だ。へっ。言ってやったよ。 地蔵1  えらい。 地蔵達、拍手。 女  たー。 女、米俵を投げつける。 地蔵2、ぶっ倒れる。 地蔵2  今投げたよ。米俵投げたよ。 地蔵3  ひどい。私たちの米俵なのに。 女  たー。たー。 女、投げまくる。 逃げ惑う地蔵達。 地蔵1  何するんだ。 女  こっちのセリフだ。 地蔵2  せっかく戻ってきてやったというのに。 女  戻ってこなくたっていいのだ。 地蔵3  私たちを見捨てるつもりなの。 地蔵1  まだ恩返しが終わってないんだよ。 女  もう帰れ。 刑事  この方々、この部屋の方ですね。 女  はっ? 刑事  こいつら、お宅のベランダでぶら下がっていました。不審に思いまして 早速職務質問したところ、この家の者だと言いました。 女  …。 地蔵1  うっす。 地蔵2  うっす。 地蔵3  うっす。 女  …知りません。赤の他人です。 刑事  そうでしょうか。そうには見えませんが。 女  この人たちは地蔵です。私は人間です。  地蔵達  でも友達なんです。 女  な。 地蔵1  人間と 地蔵2  地蔵は 地蔵3  分かり合えるんです。 女の手を握り 地蔵達  ありがとうありがとう。 女  じゃかましい。 刑事  というわけで、この人たちを保護していただけませんか。 地蔵達  わーい。 女  なんでやー。 刑事  私もいやなんです。 女  何。 刑事  私は忙しいのです。この付近に、私の予想では間違いなくこのアパートに 潜伏している強盗犯を、私は今、追跡しているのです。 地蔵2  そりゃしょうがないよな。 地蔵3 そうね。 地蔵1  やっぱ仕事優先だよ、こういう場合。 刑事  ありがとう。 女  あのー。 刑事  私がこいつらにかまっているうちに、強盗犯が逃げたらどうするんですか。 私の今までの努力はどうなるんですか。 女  そんなこと言われても。 刑事  お願いします。もう少しで奴を捕まえることができるんです。 女  どんな強盗なの。 刑事  はい、身長170センチ。顔は面長。黒い革靴を履き、褐色のロングコートを 着用しています。えっ… 女  えっ。 刑事  …貴様 走り去る音 刑事玄関へ。 女  身長170センチ。顔は面長。黒い革靴を履き、褐色のロングコート…えっえっえっ。 刑事  後姿しか見えなかったけど、確かにあいつだ。追います。待てー。 地蔵1  いけー走れー。 刑事去る。 女  うそよ。何かの間違いよ。何で。何で。 地蔵1  行っちゃったぞ。 地蔵3  ねえ、どういうこと。 地蔵1  さあ。 女  なぜ彼が犯人なのよ。 地蔵3  彼って、誰の彼。 女  私の彼よ。 地蔵1  彼氏が犯人だなんて。 地蔵達  かっこいい。 地蔵達、拍手。 大家が入ってくる。 大家 やかましいのよ。今何時だと思ってんの。 地蔵達  大家だ。 大家  出て行きなさい。今すぐ出て行きなさい。 女  待ってください。 大家  待てません。もう言い訳など聞きません。 刑事  私は聞きたいことがあります。 地蔵達  刑事だ、 大家  あなた誰よ。 刑事  刑事です。強盗犯を追っています。そしてまた逃がしました。 地蔵達  よっ税金泥棒。 刑事発砲。 地蔵達に当たるが跳ね返る弾。 地蔵達  (小さく)カンカンカンカンカンカン…。 刑事  犯人は取り逃がしたが、手がかりはあります。なぜ、犯人が君の部屋の前で うろうろしていたのか。聞かせてください。 女  彼は犯人じゃありません。 刑事  彼?相手は悪名高い強盗犯ですよ。 女  彼が何をしたっていうの。 刑事  …それは。 全員  それは。 刑事  レイプ強盗です。 全員  えっ。 刑事  強盗なんです。しかもレイプもするんです。 全員  えっ。 刑事  しかも女だけじゃないんです。押し入った部屋の住人は、老若男女人類皆兄弟、 誰でも彼でもかまわずとまらず、ヤリまくりまくりまくりなんだー。 全員  きゃー。 大家  私どうしましょう。 地蔵1  地蔵は大丈夫だろ。 刑事  信楽の狸がやられたことも。 地蔵2  あいつにそんな過去が。 女  うそよ。 女は勝手口にフラフラと逃げる。 刑事  ホントなんです。やつは身長170センチ。顔は面長。黒い革靴を履き、 褐色のロングコートを着用しています。 女  うそよ。 勝手口にそのものズバリの男が立っている。 全員  あっ。 日本  そして、勝手口に一人の男が立っていたそうじゃ。右を見れば、意地悪な大家と刑事。 左にはお地蔵さん。そして女の後ろには、誰かが立っている。女はまさに絶体絶命に なったんじゃ。女はゆっくり振り向いたそうじゃ。 向き合う二人… 女  …あんた誰。 地蔵・大家  えっ。 女  あんた誰よ。 強盗  私は。 刑事  そうおまえは。 強盗  全国3200万の寂しい女性のお友達。 刑事  身長170センチ。顔は面長。黒い革靴を履き、褐色のロングコートを着用しているが。 強盗  しているが。 刑事  その中身は。 強盗  何も着てません。 強盗、ロングコートご開帳。 全員  ぎゃーーーーーーー。 強盗  いいものはいい。悪いものは悪い。私のやっていることは、いいことですか悪いことですか。 全員  悪いことです。 強盗  そうでしょうか。 全員  そうです。 強盗  ならあなた達はしないんですか。一生しないんですか。 全員  えっ。 強盗  そう、そうやって黙るんですねー私たち。みんなやってるのに、 どうして隠れてやるんです。みんな、いいと思ってやってるのに、 どうして私だけ白い目で見られるんです。 刑事  それは、あなたが犯罪者だからです。逮捕します。 強盗  私は何も悪いことをしたことがない。 刑事  たくさんの女性が泣いた。 強盗  あれはね、うれし涙と言うのだよ。 刑事  どこまでも傲慢な男。 強盗  もし私が、悪いことをしたというなら。一つだけ盗みをしたことがある。 刑事  貴様。 強盗  そう、私はあるとき、女の心を盗んだことがある。常に女性に悦びを 与え続けるだけの私の存在が、初めて奪った女の心。 刑事  それ以上言うな。 強盗  愛してるよ、典子。 刑事  大嫌いよ。 強盗  君は僕の肉体を、覚えているはずだ。 刑事  (絶叫)忘れたわ! 強盗  そうかい。でも、僕の肉体はこんなこともできるよ。 強盗、ロングコートご開帳。 女達  きゃーーーーーーーー 強盗  むーすんでひーらいて、てーをうって、むーすんでー 地蔵1  すごいぞ。 地蔵2  これは人間業か。 強盗  まーたひらいて、てをうって、その手を上にーーーーーー 全員  おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。 全員、拍手。 地蔵2  9、6,9,8,9,9,7。優勝―――――。 歓声があがる。 地蔵1  やるなお前。俺たちの完敗だ。 強盗  ありがとう。 地蔵3  私たち3点だもんね。 地蔵1  くやしいぜ。 刑事、拳銃を落とす。 全員  あっ。 刑事  ひどい。私の前じゃ、一度もそんなことしてくれなかったじゃない。ひどい。 ひどいわーーーー。 刑事、泣きながら去る。 地蔵1  いっちった。 地蔵2  みんないろいろあんだな。 地蔵3  人間って大変だ。 強盗  よっ。 女  きゃ。 強盗、拳銃を拾い、女を人質に取る。 強盗  というわけで、形勢逆転だ。 大家・地蔵  あっ。 強盗  この女の命が惜しかったら、私の言うとおりにしろ。 地蔵3  そんな卑怯よ。 地蔵2  そうだそうだ。 地蔵1  俺たちはまだ恩返しをしていないんだ。 強盗  それ以上、近づくなと言うんだ。 全員  えっ。 強盗  要求を言う。 地蔵1  何だ。 強盗  私とこの女を二人っきりにしろ。 女  えっ。 地蔵達  何。 強盗  私がこの女と一夜を過ごす。 大家  まさか。 強盗  私がこの女を慰める。 地蔵達  やめろ。 女  離して。 強盗  離しはしない。俺はずっと一緒だ。 女  えっ。 強盗  どこかの誰かさんとは違うぞ。 女  何を言ってるの。 強盗  俺にはわかる。お前は寂しかったはずだ。一人で過ごす夜に泣いたこともあるはずだ。 冷えた布団の中で、彼のことを憎んだことがあるはずだ。お前の目を見ればわかる。 女  ば、ばかにしないで。 強盗  うそをつくな。肉体と心は切り離すことなどできないんだ。 ミサイル着弾音。衝撃。 全員  わーーーーーー。 地蔵1  何だ。 地蔵2  攻撃だ。おそらくミサイル。 地蔵3  なんで、ミサイル攻撃が。 刑事の声   …ガガガガガガ。あー、アパートのレイプ強盗に告ぐ。君は完全に包囲された。 武器を捨てて、おとなしく出てきなさい。 全員  何だって。 日本  その夜は村をあげての大騒ぎとなったそうじゃ。女刑事の怒りは天をも焦がし、 自衛隊第7師団の出勤を可能にしてしまったそうじゃ。音のアパートの周りを幾重にも 幾重にも銃包囲網が張り巡らされとったそうじゃ。女、絶体絶命のピンチじゃ。 強盗  典子―、いくらなんでも、やりすぎじゃないかー。 刑事  典子と言うなー。 ミサイル。 地蔵1  壊れるんじゃない、このアパート。 大家  私のアパートが。私のアパートが。 地蔵3  私たちは石だから平気だけどさ。 地蔵2  これからどうなるんだ。 強盗、拳銃を女に。 全員  …・ 強盗  動くな。動けばぶっぱなす。 大家  やめなさい。 強盗  全員早く、この部屋から出て行け。この女の命が惜しかったら、早くだ。 大家  あきらめなさい。もうあなたは逃げられないわ。自首しなさい。 強盗  へっ、いやだね。どうせ自首しても女のいない刑務所にぶちこまれるくらいなら、 死んだ方がましだ。 大家  なんですって。 強盗  なら、この女と最後のお楽しみさ。 強盗、拳銃を女の口に突っ込む。 地蔵1  やめろ。 強盗  やめない。 地蔵2  その人に手をだすな。 地蔵3  その人はあんまり優しくないけど。 地蔵1  短気で頑固だけど。 地蔵3  すぐにとび蹴りするし。 地蔵1  ちょっと親不孝だけど。 地蔵2  僕たちに傘をくれたんだ。 地蔵1  その人は本当は、いい人なんだ。 地蔵達  手を離せ! ミサイル着弾。 強盗  やかましいわー。 女、拳銃を握る。 女  …。 強盗  あとで、もっといいものぶちこんでやるぜ。 女  …。 強盗  な、なんだ。 女、拳銃に手を触れ、自分から引き金を引こうとする。 強盗  何だ。何するんだ。やめろ。弾がでちまうよ。弾が、やめろ。わー。 強盗、拳銃を落とす。 「バン」 強盗  はあ…はあ…はあ… 女  あんたの拳銃は最低よ。私が、ぶちこわしてやる。 強盗  ちくしょー。 大家が拳銃を拾う。 大家  この部屋から出て行くのは、どうやらあなたのようね。 強盗  何。 地蔵1  やるう。 大家  その布団から降りなさい。 強盗、布団に乗っている。 強盗  何だと。 大家  その布団はこの女性のものです。汚い足をどけなさい。彼が来るのを待つための 大切なものです。そして、私のアパートから出て行きなさい。このアパートは私と、 そこに住む人たちみんなの大切なものです。 女  大家さん。 地蔵1  大家さん。 地蔵3  大家さん。 地蔵2  くそばばあ。 大家、地蔵2へ発砲。 地蔵2  カン。 大家  逃げ道はないわよ。おとなしく観念しなさい。 強盗  くそ。 ミサイル着弾音。連続的に…。 大家  何。何なの。 強盗  やばい。 地蔵1  何が。 強盗  総攻撃が始まった。 全員  えっ。 ミサイル着弾。全員吹っ飛ぶ。 地蔵2  女、怒らすと、怖いね。 地蔵1  あんたのせいだよ。 強盗  はい。 女  とにかく、早くあなた自首しなさいよ。 強盗  多分、全員殺されます。 全員  えっ。 強盗  あいつ怒らすと手がつけられないんです。だから僕、別れたんです。 女  そんな。 ヒュルヒュルヒュルヒュル… 大家  私のアパート壊すつもり、いい加減にしなさい。とっちめてやる。 女  大家さん。 大家、玄関から出て行く。 大家  ちょっとどういうつもりよー 私のアパートよー 強盗  ムダです。あいつ怒ったら、もう誰にも止められない。 ミサイル着弾。 日本  夜空を駆け巡るミサイルが女刑事の怒りを乗せて、一発また一発とアパートを 襲ったそうじゃ。何でもありの今宵一夜は、全員全滅という形で終わろうと していたそうじゃ。 女  これで…終りなんだ。 地蔵1  あの。 女  何。 地蔵1  僕ら、ちょっと行って、話つけてきます。 地蔵1、勝手口からベランダへ。 地蔵1の声  あのーーーー。地蔵ですけど、話し合いたいんですけどーーー 攻撃。 全員伏せる。 地蔵1、左手がない。 地蔵1  やっぱ、俺たちじゃ無理だわ。 地蔵3  そうね。 女  きゃー、あなた、腕。 地蔵1  ああ、ちょっと壊れちゃった。 女  壊れちゃったって、痛くないの。 地蔵1  俺たち、石だから。 女  石って。 地蔵2  一緒に行こう。 強盗  えっ、僕。 地蔵3  男として、最後まで責任取りなさい。 強盗  どういうこと。 地蔵3  あなたが、あの女刑事と話をつけてちょうだい。 強盗  無理だよ。女のところにたどりつく前に、ミサイル攻撃だよ。 地蔵1  大丈夫だよ。 地蔵2  俺たちが盾になってやるよ。 強盗  えっ。 地蔵1  俺たち三人が、弾幕の盾になってやる。あんたを無事、女刑事の元まで 連れて行ってやる。 女  ちょっと、そんなことうまくいくわけないじゃない。 地蔵3  大丈夫よ。ねえ。 地蔵1  ああ。 女  違うのよ。あなた達、いくら石だからって、そんな、死んじゃうじゃない。 地蔵1  石は死なないんだ。 地蔵2  石は傷つかない。 地蔵3  石は泣かないんだ。 地蔵1  ただ、壊れるだけ。 地蔵2  壊れて石になって、川を下って、海に出る。 地蔵3  それだけなの。 地蔵1  それだけの僕たちに、あなたは傘をくれた。 地蔵2  あんたはいい人だ。 地蔵1  だから恩を返すのが。 地蔵3  私たちの筋なの。 恩  …そんな恩、いらない。 地蔵達  さよなら。 強盗  ちょっと止めてよ。 地蔵達、強盗と一緒にベランダから飛び降りる。 攻撃。 そして、静寂。 女一人、勝手口から物音。 女  …誰。 女、勝手口をのぞきこむ。 女  今までどこ行ってたの。大変だったのよ。 日本  男がいつもどおり、ベランダからお勝手に忍び込んだそうじゃ。 女  今夜はどうするの。 日本  男はおなかがすいたのか、勝手に夜食を作り出したそうじゃ。 女  私作るよ。 日本  いいよ。自分で作るから。と男は言ったそうじゃ。男は女の気持ちが、 ちーともわかっていなかったそうじゃ。 女  今度は演劇部でどんなお芝居をやるの。 日本  男は言ったそうじゃ。日本昔話。ほら、笠地蔵をパロディにしたものだよ。と。 女  どんな話なの。 日本  「現代の社会で、三人の地蔵が出てきてね、女の人に恩返しをしようと するんだけど、逆にすっごい迷惑をかけてしまうお話。」と男は言ったそうじゃ。 女  へー、高校演劇にしては、面白そうじゃん。 日本  ありがとう。 女  部活部活もいいけどさ。…ちゃんとご飯食べてる。 日本  最近は外食が多いかな。と男は言ったそうじゃ。 女  ごはん作るよ、私。 日本  いいよ。ありがとう。 女  今日、映画見てきた。豪華客船が沈没する話。 日本  へー、面白かった? 女  うん、すっごい泣いた。 日本  やっぱ、そういうのって、男と女が恋に落ちて、船が沈没して、男と女だけになって、 男は死んじゃうんでしょ。 女  そうだよ。 日本  だよね。 女  でも泣いたの。 日本  どうして。 女  船沈んでね。二人は海に投げ出されちゃうの。そしてね。約束するの。 どんなことがあっても、希望を忘れずに二人で生きていこうって。だけどね。 男は救命ボートが来る前に、女の人の目の前で凍死しちゃうの。女の人は一人で 生きていく決心をして、救命ボートに助けを呼ぶの。 日本  そう。 女  私ならどうするかなって。 日本  どうするの。 女  一緒に死ぬと思う。 日本  俺は生きて欲しいな、君だけでも…。 女  でもさ。死ぬときくらい、一緒にいたい。 日本  …。 女  …私は一緒にいたいよ。 日本  …。 女  私、ご飯作るぞ。 日本  …うん。 女、立ち上がる。 日本  でも、できればさ。 女  うん。 日本  一緒に生きていたいね。 女  うん。どんなことがあっても。 女、勝手口に消える。 地蔵達が現れる。 全身包帯つぎはぎだらけ。 地蔵達が立っている。 地蔵たちの周りを長い時間が通り過ぎていく。 女が、赤ん坊を抱えて出てくる。 季節は春。 おしまい。 本作品を上演する場合は、劇団までご連絡ください。 16