P・0  プロローグ     暗い舞台。 そこに3人が立っている。 ソデの方には男(村雨)。 舞台に背を向けているので、顔は見えない。 その左手には、のっぺりとした黒いマスクが握られている。 反対側には女(ルリ)。 男とは逆に、客席に正対している。 不安げな表情と、両手で握る白いマスク。 そして、二人の中央に立つ女(橘)。 ルリ  本当に…。 ルリ、男の方に目を向ける。 少しうなだれたまま、眠っているかのように動かない男。 ルリ  本当に…それで救われるのでしょうか? 橘 さあ…そいつは保証しかねるね。 ルリ  …。 橘  あんたが言いたいことは分かるよ。「それはつまり、暗示をかけ重ねること」「仮面の上から、別の仮面をかぶせることなんじゃないか」っていうんだろ? ルリ  …。 橘  でもね…ほうっておいても同じなんだよ。言っちゃなんだけど、この御仁、もう壊れてるんだからさ。 ルリ  …。 橘  それでも生かしておこうって言うんなら…選択の余地はないよ。 ルリ  …そう…ですね。 橘  さぁ…閉じこめよ。 記憶も… 感性も… 情動も… やがて閉ざされたその中が、 混沌のままに充満し、 つきやぶって噴き出す日まで…。 あなたの手で。 ルリ、手にしていた白いマスクをゆっくりとあげる。 対応するように、片手をあげ、背を向けたままマスクをあげる村雨。 そして、2人が顔に仮面をつける。 落雷! たちまち降り始める、激しい雨。 そして橘を中心に仮面の2人を取り囲む登場人物達。 麻生 西暦1853年。 圧倒的な科学力、軍事力の産物「黒船」とともに、列強諸外国はこぞって日本に開国を迫った。 これに対し、幕府・朝廷は団結し、苛烈なまでの攘夷活動を展開。 人口・物量・技術、全てにおいて劣る日本は、「神国・日本」という根拠のない誇りだけを胸に、断末魔の雄叫びをあげ続けた。 時に西暦2014年。文久154年。 いまだ鎖国を続けるここは、今でない「日本」での物語。 山本 見つけたぞ! 男が声をあげる。 村雨以外の登場人物が去り、周囲は雨の山奥。 山本  「神国防衛隊」隊士、山本大介!人心を惑わし、治安を乱す逆賊め!正義の刃受けてみよ! 村雨、ゆっくりと振り向く。 幽鬼のごときその仮面。 山本、男と対峙する。 男、刀を抜き放つ。 山本 !…覚悟! 音楽! 互角の殺陣が続く。 やがて、互いに間をとったところで、 村雨、静かに、刀を逆手に握りなおし、腰を落とす。 山本 ! とたんに高まる男の殺気。 別人のように動きがよくなる男。 やがて、幾度目かの斬撃が、山本のきき腕を斬りつける。 うずくまる山本。 山本 くそ…。 音もなく山本に迫る、仮面の男。 山本 貴様…。 男 …仮面セイバー…この世に斬れぬものは無し。 山本 ! 男 成敗…。 倒れた山本に、刀を突き立てる男。 山本の悲鳴。 とどめを刺そうと、逆手の刀を振り上げる男。 ルリ 待って! ルリ、男の背後に現れる。 振り上げたまま、制止する男。 やがて、男、刀をゆっくりとおろし、仮面に手をかける。 振り向き様に、仮面を外す男。 ルリ ! 再びの落雷! ルリ、男の素顔を見て、驚きの表情を浮かべる。 激しい雷光。 右手に逆しまの刃を、左手に仮面を持った象徴的なシルエット。 しかし、ルリが仮面の下に何を見たのかは、分からない。 ルリと男去る。 P・1 御浪 隊長!山本が!…山本が戻りました! 舞台は変わって、「神国防衛隊」屯所。 しかし、山本は依然舞台に残ったまま。 そろいの制服に身を包んだ男達が足早に入ってくる。 風見 !…山本…。 御浪 隊長。これは…。 風見 この傷…間違いなかろう…。 御浪 ではやはり…。 と、遅れて入ってくる男。 山本を見て…。 麻生 !…山本! 駆け寄ろうとする麻生を止める筑波。 麻生 どけ! 筑波 落ち着け! 麻生 落ち着いてなどいられるか!山本!山本! 風見、立つと、麻生を殴りつける。 麻生 …! 筑波 隊長…。 風見 これしきでうろたえるな。…隊士たるもの、死は覚悟のはず…。 と、うめき声を上げる山本。 麻生 !…山本? 駆け寄ろうとする麻生を筑波が押さえる。 耳を寄せて、何事が聞く風見。 風見 …分かった…。 山本 麻生…そこにいるのか、麻生…。 麻生 山本! 駆け寄る麻生。 麻生 山本…。 山本 麻生…ルリさんを…。 事切れる、山本。 麻生 !山本! 風見 誰か! 風見、部下に命じて、山本の死骸を運ばせる。 麻生 …。 筑波 風見隊長。 風見 現れたな…「黒い逆賊」…。 御浪 「仮面セイバー」が! 風見 その名を口にするな!それは開国論者どもが英雄妄想の末に名付けた、忌まわしき偶像にすぎん!奴は逆賊。徳川幕府と、我ら神国防衛隊にたてつき、多くの隊士を手にかけた、反逆の徒(と)!これ以上奴をのさばらせれば、人心は乱れ、諸外国の思惑にはまるは必定(ひつじょう)!断固阻止せねばならん! 三人 はい! 風見 幸い、山本君が貴重な情報を提供してくれた。 麻生 山本が? 風見 ヤツガミ山…山本君はそこで奴と対峙し、力及ばず破れたらしい。 御浪 では、あの体でここまで? 筑波 なんという…。 風見 この情報は、山本君の形見である!断じて無駄にはできん! 三人 はい! 風見 「神国防衛隊」出撃!奴を追撃し、これをしとめよ!決して逃がすな!ヤツガミ山を奴の墓場とせよ! 三人 はい! かけてゆく男達。 麻生一人、山本を見送ったまま。 麻生 「麻生」「ルリさんを」…山本は、そう言い残して逝った。 防国の志に燃え、神国防衛隊に入隊して以来の親友であり、そして、次期隊長とウワサされる羨望の対象。だがしかしその日、山本は他の同期隊士と同様、冷たい躯になった。 「麻生」「ルリさんを」…それに続く言葉は、やはり「頼む」だったのだろうか。他人の許嫁を、俺はどう頼まれればよいのだろう?まして…まして、かつてあこがれたことのある女性など…。 「麻生」「ルリさんを」…しかし、山本はその言葉よりも先に、「黒い逆賊」…俗に言う「仮面セイバー」の居所を隊長に語ったという。ならば山本の胸にはやはり、奴をしとめられなかった事への無念が渦巻いていたのだろうか。 だとすれば、山本…俺は奴を斬らねばならない。例えそれが、どんなに無謀な試みであろうとも。 「麻生」「ルリさんを」…この言葉を残して、山本は逝った。 西暦2014年4月某日。 おりからの雨が延々と降り続く、ひどく寒い春先。 後に俺は、命の息吹が感じられない、けれど春のこの日、 あまりに長すぎた鎖国がここで終わり、 新しい日本がやっとここから始まったことを、 ぼんやりと、 ぼんやりと思い出すことになる。 P・2 ヤツガミ山、入り口。 筑波 麻生君。 麻生 …。 御浪 麻生! 麻生 え? ふと見れば、筑波と御浪、地図を広げている。 御浪 隊務中だぞ!ぼっとするな! 麻生 すまん。 筑波 (山頂方向を見て)…ヤツガミ山…思ったより険しいな。 御浪 ああ。人の手はほとんど入っていない。道らしい道もほとんど ないしな。 筑波 つまり、移動には不便であるが、潜伏するにはうってつけというわけだ。 麻生 では。 筑波 ああ。…奴はまだ、このどこかにいると見ていいだろう。 麻生 ここに、奴が…。 筑波 では、麻生君。 麻生 うむ! 筑波 ここで分かれよう。健闘を祈る。 間。 麻生 え? 筑波 別行動だ。くれぐれも気をつけるんだぞ。 麻生 戦力を分散するというのか?なぜ? 御浪 お前、作戦内容、聞いてなかったか? 麻生 奴の追撃だろう? 筑波 そうだ。しかし、奴は今までも、我々防衛隊士の警戒網をことごとく突破してきた。だが今回こそ逃がすわけにはいかない。 麻生 だったら! 筑波 だからこそ。万全の構えで臨まねばならん! 御浪 ヤツガミ山周辺は、他の隊が厳重に固めた。ガトリング砲まで動員した必殺の構えだ。 筑波 我々の任務は、奴をそこへ追い込むこと。いわば陽動である。 麻生 陽動…? 筑波 我々の任務は、奴を倒すことではないのだ。 麻生 !しかし、風見隊長は、ここを奴の墓場にせよと! 筑波 確かに言った。だがそれは我々防衛隊士全員に言ったのだ。君一人に言ったのではない。 麻生 !…。 筑波 奴にはもう、多くの隊士が斬られている。これ以上戦力を失えば、諸外国に対抗できなくなる。敵は奴一人ではないのだ。 麻生 …。 筑波 いいか、麻生君。奴と出会っても、戦おうとするな。追い立てれば、それでいい。とどめは待ち伏せしている他の隊がやる。 麻生 …。 筑波 私心を捨てろ。我々は神国防衛隊の一員なのだ。 麻生 …しかし…。 御浪 はっきり言ってやれ。お前ではかなわないとな。 麻生 貴様! 御浪 山本がかなわなかった相手だぞ!お前、勝てるつもりか? 麻生 !それは…。 筑波 酷なことを言うようだが、御浪君の言うとおりだ。無駄に死ぬことはない。 麻生 …分かった。 筑波 よし。 麻生 しかし! 筑波 ? 麻生 …しかし、もし、奴を撃てそうであるならば、その時は…。 筑波 …好きにするさ。 麻生 (頷く)。 筑波 だが、麻生君忘れるなよ。…無駄に死ぬことはないのだ。 御浪 急ごう。あの雲の様子では、上は雨だ。痕跡が消える。 筑波 よし。 去る、二人。 前方を見上げる麻生。 麻生 山本は武士として奴と戦ったはずだ。ならば俺も武士として奴を討ち取らねばならない。ガトリング砲の餌食になぞさせるものか…。そう決意して俺は山を登った。しかし、山は予想以上に険しかった。その上、日も暮れ、辺りは闇に閉ざされた。さらに…。 雨音。 麻生 …雨だ。この山を登り始めたとたんに降り始めた。まるで、この山だけ気候が違うようだ。この山に入ることを、何者かの意思が拒んでいるのではないか、そんな思いにかられながら、俺は雨をかき分けるようにして進んだ。 雨音。 麻生、雨を見上げる。 別空間に、同じ雨を見上げるルリ。 麻生、去る。 見上げ続けるルリ。 ルリ …。 村雨、登場。しばし、女を見ている。 村雨 また…雨を見ているのですか。 ルリ …。 村雨、隣に来る。 ルリ …銀の檻…。 村雨 え? ルリ 銀の糸でできた檻に、閉じこめられているようだ、と…そんな気がしたもので。 村雨  …雨が…ですか? 雨に見入る二人。 橘  さっぶ〜。 二人 ! 橘出てくる。 橘  雰囲気出してるとこ悪いんだけどさぁ、窓、閉めてくんない? 村雨 先生? 橘  (くしゃみ) 村雨 大丈夫ですか? 橘  さっぶ〜。火鉢、どうしたのよ。 村雨 かたしました。 橘  何でよ。出してよ。 村雨 はぁ。でも…。 橘  何よ。 村雨 炭、ありませんよ? 橘  買ってくりゃ、いいでしょうが、そんなもん! 村雨 でも、先生。先立つものが。 橘  いいから。何か適当に質にでも入れて、炭買っといで。大至急だよ。 村雨 はい。では。 橘  いんや。あんた(ルリ)行っといで。 ルリ ? 橘  働かざるもの喰うべからず。お使いくらいはやりな。 村雨 僕が行きますよ。 橘  あんたにゃ、違う用がある。 村雨 …はぁ。 橘  行けるね。 ルリ …はい。 ルリ、去る。 村雨 あの、用って…? 橘  …(真剣な目つき)。 橘、男の顔に手をあげ、じっと顔を見る。 村雨 …? 橘  手。 村雨 ? 橘  だしてごらん。 村雨 (手のひらを見せる) 橘  …。 村雨 …。 橘  頭は? 村雨 え? 橘  頭痛はどうよ。最近。 村雨 あ…ええ、時々は。 橘  …時々、ね。 村雨 …あの…何か? 橘  患者は黙ってな。 橘、奥へ。 村雨 ? 橘  おいで。もう少し念入りに診るよ。 二人去る。 雨音。 麻生、山道を歩いている。 木陰を見つけて、少し雨宿り。 麻生 もう、どれくらい歩いただろうか…。 ひたすらに降り続く雨は、俺の頭から時間の感覚と方向感覚とを、根こそぎ奪っていった。ともすれば平衡感覚すらあやしく思える。 ひょっとすると…俺は夢を見ているのではないだろうか…。 山本は死んでなどいないのではないか。黒い逆賊「仮面セイバー」…そもそもそんな奴は存在していないのではないだろうか。 俺は…死んでもいない親友の仇(かたき)をうつために、いもしない奴を追いかけているのではないか…。 そんな出口のない問いはまり始めた頃、俺は闇の彼方に小さな明かりを見つけた。 足を踏み出す麻生。 と、ふいに現れる女。 女は古い縁日でうっているような、狐の面をはすに着けている。 その顔は、よく見えない。 麻生 ! 面の女  …。 麻生 …神国防衛隊隊士、麻生タケルと申します。 面の女  …。 麻生 土地の方ですか? 面の女  …。 麻生 この辺で黒い仮面をつけた男を見ませんでしたか?そいつは徳川の治世を乱す逆賊なのです。もしご存じでしたら、教えてもらえませんか。 面の女  …。 麻生 あの…。 面の女  仮面舞踏会…。 麻生 は? 面の女  仮面舞踏会があったとして。周りの人は思い思いの仮装をし、顔には仮面をつけておりなんす。みなに混ざって道化の振りをすることと、一人だけ素顔のままで踊ること。どちらをお望みでありんすか? 麻生 ?禅問答か何かですか? 面の女  別の聞き方を? 麻生 そういうことでなく。 面の女  人として…。 麻生 もしもし? 面の女  人として死ぬことと、人ならざるものとして生きながらえること…どちらをお選びに? 麻生 は? 面の女  人であればいずれは死にましょう。しかし人ならざるものであるならば、いずれあなたの望みもかないんす。あなたならばどちらを望みに? 麻生 !…望み? 面の女  どちらをお望みでありんしょう? 麻生 あなたは…。 面の女  人として死にたければ、次の言葉に耳を傾けなさいませんよう…。 麻生 …どういう意味です? 女、会釈してみせる。 その頭で、金色の目をむく狐の面。 麻生 物の怪…? 麻生、刀に手をかける。 女、静かに去る。 麻生、刀に手をかけたまま、女を見送る。 その背後に現れる、黒い人影。 ルリ よけて! 麻生 え? ルリ あぶない! 麻生  ! 斬りかかる、仮面の男。 麻生は、身をかわすも、背中を斬られる。 麻生の悲鳴。 それでも刀を抜き、構える麻生。 麻生 !…貴様! 男 …。 麻生 不意打ちとはひきょうな…。 男、走り去る。 入れ違いにルリ、入ってくる。 麻生、その場に崩れる。 ルリ ! ルリ、倒れた麻生をじっと見て…。 暗転。