劇団あとの祭り Vol.13

「ハァドボイルドの犬達」

作/福冨英玄

< -1章 開始 >

 

舞台はどこかの部屋である。ロビーのような空間。

ちらかってはいるが、清潔でビジネスライクな空間。

ブラインド越しに、朝日が縞になって入ってくる。

 

やがて、おもむろにドアが開く。

 

はいってきたのは、男一人。

 

目深にかぶった帽子とトレンチコート。

そしてポケットに突っ込んだ腕には、なぜか、

白いコンビニ袋がぶら下がっている。

間抜けさもさることながら、夜のドラマや映画ではないこの空間には、

あまりに不釣合いなその姿。

男は帽子のつばの下から、芝居がかった視線をなげかけながら口を開く。

 

小山田  「確かにこの町は腐敗しきっているかもしれない…

だがな、覚えておくといい…タフでなければ生きられない

でも、優しくなければ…生きている資格がない。」…

Byレイモンド・チャンドラー。

 

男(=小山田)、暫くそのまま黙っているが、

やがてこらえきれなくなったように笑い出す。

 

小山田  (やがて、大笑い)…なんちゃって。いいっしょ、このコート。

欲しかったんスよ。いえね、この前のルポが結構いい値になりまして…

って…あれ?…ミサキさん?

 

あたりを見渡すが誰もいない。

小山田、舌打ちすると、机に腰掛け、懐を探る。

煙草の箱を出す。

袋をむしる。

一本出して、食べる。チョコレート。

 

別のドアが開く。

女(=紅坂ミサキ)、入ってくる。

どうも別室で仮眠をとっていたらしい。眠そうだ。

 

目があう二人。しばしの間。

 

ミサキ  …なにやってんの、あんた。

小山田  いえ…えぇっと、ですね…。

 

間。

 

ミサキ  …どしたの。そのコート。

小山田  え…あ!いいでしょ、これ!結構高かったんスよ!

やっぱ、ミサキさんの横に立つには、これくらい必要かな、

なぁんて思って…。

ミサキ  …買ったの?

小山田  ええ。

ミサキ  いつ。

小山田  昨日。

 

間。

 

ミサキ  8月よ、今。

小山田  そうですね。

ミサキ  買ったの?

小山田  ええ。

ミサキ  …で、着てきたの?

小山田  ええ、そりゃもう、昨日からずっと着てますよ。なんていうんですか。

やっぱほら、程よくくたびれた感じが欲しいじゃないですか。

でね、なんかの本で、着て寝るといい感じにしわがつくって

読んだことがあったんで。あれですね。受験生が、新品の辞書だと

勉強してないみたいだからって、わざわざ手垢つけるみたいなもんですよ。

やりませんでした、そういうの。

ミサキ  やらない。

 

紅坂、小山田にはとりあわず、机に向かうと

留守電の再生ボタンを押す。

 

留守電  「用件ハ一件デス。…午前5時11分。(発信音)

恵子  おはようございます。私です。定時報告。異常無しです。

今から戻ります。(発信音)」

 

ミサキ、それを聞きながら、机の上の鏡を見ている。

 

ミサキ  …あぁあ、ひどい顔…。

小山田  やだな、そんなことないっスよ。「君の瞳に、乾杯」なんちゃって…。

ミサキ  …そこで照れてるようじゃ…。

小山田  え?

ミサキ  何でもないわよ。…だめね、頭がまだ夜モードだわ。

小山田  よ…夜モードって…。

ミサキ  妙な想像するんじゃない。だいたい、さっきから気になってたんだけど

そのコンビニ袋はなに?

小山田  あ、これですか?卵です。

ミサキ  …卵?…何の?

小山田  やだな。ニワトリですよ。いえね、親戚で養鶏やってるとこがあって、

これでも食って精つけろって送ってくれたんですよ。昨日の卵ですけどね、

まだ新鮮ですよ。

ミサキ  …で、それが何?

小山田  おすそ分けです。とりあえず、今から朝飯にいかがです?

ミサキ  あたしゃアーリーハンクスか…。

小山田  ああ、年齢的にも…。

ミサキ  (にらむ)

小山田  お湯わかしてきまーす。

 

小山田、別室にいくと、すぐ戻ってきて、

コンビニ袋から謎の機械を出し、準備する。

 

ミサキ  …何よ、それは。

小山田  ゆでたまご製造機。「むっちょりくん」っていうんです。結構便利ですよ。

 

小山田、いそいそとゆでたまごをセットする。

 

ミサキ  …コート、脱いだら?

 

小山田、聞こえてない。お湯の様子を見に、別室へ。

 

ミサキ  …ま、いいけど…。

 

電話が鳴る。

 

ミサキ  (コール一回でとる) 紅坂探偵事務所。

課長  私だ。

ミサキ  ! …ボス。…じゃあ…。

課長  ああ。「エリオット・ネスがシカゴへやってきた」…あとはよろしく頼む。

ミサキ  …わかりました。

課長  …(切ろうとする)。

ミサキ  ボス。

課長  ん?

ミサキ  いえ…ありがとうございます。

課長  …頼んだ。(切る)

 

ミサキ、受話器を下ろす。

 

ミサキ  …盗聴か…あり得ないことではないか…。

 

と、そこへ恵子帰ってくる。

 

恵子  あ、もどりました。これ、昨日の写真です。

ミサキ  お帰り。

恵子  報告書、どうします?

ミサキ  あとでいいわ。それから、今後の予約は取り次がないで。

恵子  え…じゃあ。

ミサキ  「エリオット・ネスが来た」そうよ。

恵子  そうですか。

ミサキ  で、悪いけど迎えにいってくれる?

恵子  ええ、かまいませんけど…。

ミサキ  警察署で「トレンチの男」っていえばわかるわ。

恵子  トレンチって、コートですか?

ミサキ  そうよ。

恵子  え?だって今、8月ですよ?そんな人…。

 

小山田、戻ってくる。コートにエプロン。

 

小山田  ミサキさん、トースト何枚焼きます?

恵子  …。

小山田  あ…(恵子に)食う?焼こうか?

恵子  …南半球は冬ですよね。

ミサキ  そうね、でもあんまり関係ないと思うわ。

恵子  …ま、とにかく行ってきます。

小山田  パン、食わない?

恵子  食わない。

 

恵子、再び去る。

 

小山田  ミサキさん、どうします?

ミサキ  後にして。私もちょっと出るわ。

小山田  え?

ミサキ  あ、それから、盗聴されてないかチェックしておいて。頼んだわよ。

小山田  あ…ちょっと、ミサキさん?

 

ミサキ、退場。

 

小山田  …「ヘイ、いるんだぜ、こういうヤツ」

 

と、その時、しゃべり始める「むっちょりくん」

 

*  「ユデタマゴノ製造ヲ開始シマス。

現在、生卵デス。

現在、半熟卵デス。

現在、むっちょり卵デス。

ユデスギデス。

ユデスギデス。

ユデスギデス…。」

 

 

そして時間はゆっくりと

「ハードボイルド(かたゆでたまご)」に染まっていく…。

 

<次章へ続く>

 

 


GEKIDAN ATONOMATSURI SINCE 1991