みそじまでのひまつぶし企画
2007.8.28

本番こうでした その1


1.東尋坊

 

ここは東尋坊である。いわゆる自殺の名所である。

飛び降り禁止の標識がある。

 

つなぎ姿の青木鈴子が現れる。彼女は死ぬつもりである。

 

鈴子   あたし、この靴、大事なんです。だから、今日彼と泊まりのデートの約束で、

ドライブだったんで、この靴はいてきたんです。そしたら、車に別の女乗せて

きて彼、その女も、あたしと同じ靴はいていたんです。話伺いましたら、

最初この靴彼女の靴で、彼氏からのプレゼントだったそうで、

サイズ間違えて大きかったもんで、小さいのまたかって、

大きいのは捨てるのもったいないから、私にくださったそうなんです。

彼、田中さんって言うんですど、うちの職場の上司なんです。

あたし同じ靴はいていた女は、私の部下なんです。

あたしより、9歳も年下。

だからあたし、負けた。だから、あたし、もう死ぬんです。


安全協会員2 ばかあ。


安全協会員1 キャップ!

 

***

 

安全協会員2  まあ、長く生きてればさあ。いろいろあるから。

鈴子  はいそうですね。

安全協会員2  年いくつ。

鈴子  29です。

安全協会員1  29。

安全協会員2  29、全然若いよ。

安全協会員1  大丈夫ですよ。29なら。

鈴子   彼氏いない暦、29です。

安全協会員2   ・・まだまだ全然若いよ。

安全協会員1  いいこといっぱいありますって。

鈴子   彼氏います。

安全協会員1  ・・いませんよ。

鈴子   今、ちょっと間があったよ。何、その笑顔。

安全協会員1  キャップとにかく今日は一件落着と言うことで、

安全協会員1・2  おつかれさんでしたあ〜


安全協会員去る。鈴子はひとりぼっち。


 

2.家

 

母    あなたどうしてこんなところにいるのよ。田中さんとドライブに行ったんじゃないの。

妹    まさか、しくじったの

鈴子   あ、違うの、全然そんなんじゃなくって、すごい渋滞でさぁ、

大変だったのちっとも進まなくて、運転するの田中さんでしょ、

大変だなって思って、また今度にしようって、そしたら田中さん、

ありがとう優しいねって、おでこにチュッて、いや、その、何喋ってんだろ、

ばか、はははははは。

母    お父さん、あんな明るい鈴子初めてですね。

父    無理してるね。

母    今日はこのままそっとしておいてあげましょう。

鈴子   おかあさん、わたし、新しい就職先決まったの。

母    えっ、だって。

鈴子   長良橋通りにガソリンスタンドあるでしょ。あそこ、人手足りないんだって。

バイトで雇ってもらうことにしたの。

父    お前、だって、結婚退職したばかりじゃ・・・・

母    お父さん!!

父    あっ。

 

3.ガソリンスタンド

 

田村   夏の行楽シーズンになるといつもバイトを雇うんだけどね。仰木智華って子が

昨日来るはずだったんだけど、これなくなっちゃってね。そのこと、僕たち

上から聞いてなくてさ。君をその子と間違えちゃったんだね。

いや、昨日はホントもうしわけない。

鈴子   い、いえ、もういいんです。

田村   じゃ、簡単に自己紹介してくれるかな?

鈴子   私、青木鈴子っていいます。あの、その、あがり症なもので、

こういう仕事はきっと自分を変える良い機会になる・・・

父、母、妹、出てくる。

父 鈴子。

母 鈴子。

妹 鈴子。

父 ガソリンスタンドはね。

母 ガソリンスタンドはね。

妹 ガソリンスタンドはね。

父 男の人がいっぱい。

母 いっぱい。

妹 いっぱい。

父 起死回生のチャーンス。

母 チャーンス。

妹 チャーンス。

 

荒木  荒木どえす。どうも。年齢は32歳どえす。独身どえす。

燃える恋人募集中のタンクローリー運転手です。

青木  タンクローリー!独身。

荒木  油が切れたらおれを呼んでくれ。

青木  はい、お呼びします。はい。

荒木  よろしく。(手を差し出す)

青木  は、はい。

青木  男の人の臭い〜。

父母妹  ちゃーんす。ちゃーんす。ちゃーんす。

 

田村   おはようございます。三ツ葉さん。はい、あいさつ。あいさつ。

青木   誰ですか。

荒木   うちの会社の御曹司だよ。金持ち金持ち。

青木   金持ち!

三ツ葉   僕が、オーナーの息子のぼんぼんだからって、そんな緊張することないさ。

ん〜、これ君にあげるよ。

青木   男の人から初めてものもらった。

父母妹   玉の輿、玉の輿、玉の輿。

 

田村   鈴子くん。

鈴子   はい?

田村   もう一人の独身を紹介しよう。本社営業企画部の藤巻達也くんだ。

藤巻   藤巻です。よろしく。

 

固まる鈴子。

 

鈴子   (心の声) この人に決めたの。

 

仰木  すいませーん。ごめんなさーい。 バイトの仰木です。遅刻してすいません。

田村  バカ、今何時だと思っているんだ。

仰木  あの、これ、お詫びの印にどうぞ。

田村  なにこれ。

仰木  クッキーです。私、今日初出勤だから職場の人に是非食べてもらおうって思って、

朝5時から起きて焼いたんです。そしたら思ったより時間かかっちゃって。


田村  朝5時!んな余計な気使わなくていいのに。

仰木  あの、こちらの方は?このスタンド、男性しかいないって聞いてきましたけど。

藤巻  今日新しく入った青木鈴子さんだよ。

鈴子  どうも。

仰木  先輩おいくつですか?

鈴子  に、25です。あなたは。

仰木  わたし、まだ21なんです。

鈴子  ・・・・21。

仰木  まだきゃぴきゃぴなんで、人生の先輩として色々ご指導、ご鞭撻おねがいしますね

鈴子  ・・・きゃぴきゃぴ。

仰木  藤巻さんもどうぞ。先輩も。

 

2人食べる。他の人も食べる。

 

鈴子  ・・・このクッキー。

鈴子  (心の声)この星型のチョコチップ、口の中に広がるミントの香り。

これはまさしく、れんげ屋のチョコミントクッキー。・・・あの女・・・。

 

4.エステ

 

宏美   いらっしゃいましー。恋に破れし迷える乙女、私の膝でお泣きなさい。

ようこそエステ宏美へ。女性の美と強運をあなたに、あなたに授けましょう。

鈴子   ・・・・・・  

宏美   こんにちは、いらっしゃいまし。

鈴子   ど、どうも。

宏美   お客さんなんて、久しぶりだわ。

鈴子   か、帰ります。失礼しました。

宏美   あら、いいじゃない。ゆっくりしていけば。

鈴子、宏美の従者に引き戻される。

 

宏美   私をみて驚いているのね。誰でも最初はね、そういうの。でもね。だけどね。

今まで、私の手に掛かった女性達はみんな幸せになっていたのよ。

鈴子   は、はあ。

宏美   さあ、どうしたの。お望みのことをおっしゃい。

鈴子   す、好きな人ができて、その、あの。

宏美   ・・・・・・ふーん。

鈴子   ・・・・・・はい。

宏美   ようするに、綺麗になりたいのね。

鈴子   はい、絶対きれいになりたいんです。

 

宏美   ……あなたが持っている化粧品全部言ってみて。

鈴子   ファンデーションと口紅です。

宏美   基礎化粧品は?。

鈴子   洗顔フォームと乳液です。

宏美   美容液は、マッサージクリームは!

鈴子   ありません。

宏美   アイシャドウは!

鈴子   やったことありません。

宏美   29にもなって、中学生と同じ手入れでいいと思っているの。

今時高校生だってアイシャドウぐらいするわよ。

鈴子   だって。

宏美   だって?

鈴子   別に見せる人もいないし。

宏美   この愚か者――――――――――――――。

宏美、鞭でたたく、吹っ飛ぶ鈴子。

鈴子   あ――――――――――――――。

宏美   おしゃれは、おしゃれはね。自分のためにするのよ!

鈴子   はい。

宏美    きれいな人ってのはね、綺麗を維持するのにすごいエネルギーを使っているの。

こんなことね、自分のためじゃなきゃできないの。あなたなんか努力した。

ねえ、あったらいってみなさいよ。

鈴子   ありません。

宏美   あんたみたいにね、綺麗な人が、うらやましいなーなんて指くわえて

ぼーっとしている人なんてね、男を捕まえる資格なんかない。

鈴子   そんな。

宏美、あるものをとりだす。

 

宏美   これが最後の質問よ。これは何。

鈴子   えっ。

宏美   答えられなかったら、帰ってもらうわ。

鈴子   はあ。……いろ……

宏美   色鉛筆じゃないわよ。

鈴子   …ちょ

宏美   チョコレートでもないのよ。

鈴子   ……

宏美   まゆずみよ。

鈴子   まゆずみ。

宏美   さよなら。

 

鈴子、宏美にすがりつく。

 

宏美   かえりな。

 

蹴飛ばす宏美。

 

鈴子   わたし、29年間彼氏がいなかったんです。

宏美   あっそう。

鈴子   8月で30なんです。

宏美   おめでとう。

鈴子   彼氏もいない。若さもない。やりたいことも仕事もない。

もうすぐ三十路の私には後何が残るんです?

宏美   私の知ったこっちゃない。

鈴子   どんなことでもします。私には、藤巻さんしかいないんですう。

宏美、去る。

鈴子   私には、私には、もうお金しか残らない。そんなのむなしすぎる。

床の下の壺に、千五百万とんで538円もためちゃったのに、

千五百万とんで538円も。

 

宏美、戻ってくる。

 

鈴子   あっ。

宏美   (にこやかに)これ、私の口座の振り込み用紙。

鈴子   えっ。

宏美   ま、やるだけ、やってみましょうか。

 

 

宏美、てきぱきと手を加えていく。きれいになっていく鈴子。鏡を見る。

 

宏美   うん、バッチリ。あと、運勢も変えないとね。

鈴子   運勢。

宏美   あなたみたいにね。男の目を意識せずに29年も生きてきた人は、

運勢がそっぽを向いているの。せっかくきれいになっても、 

男の人といい雰囲気で巡りあえることがないとだめなのよ。

鈴子   でも、運勢なんて変えられるんですか。

宏美   私なら変えられる。

鈴子   どうやって。

宏美   いでよ、我が守護神。

 

エステ魔王登場。

 

鈴子   この人、何!どこから出てきたの。

宏美   誰の背中にも守護神が宿っている。わたしの守護神はエステの神、

女性の成功と美を司る守護神、人呼んでエステ魔王!

鈴子 …どことなくお父さんに似ているのはなぜ。

 

<本番2へ続く→>

 

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