女 「たけくらべ・・・。
高校の古典の先生が、テストに出すから読めって言った。
毎年、その先生は同じ課題を出す人で・・・私は、部の先輩から本を借りて、
返そうとしたら、後輩にも回してあげたらって言われて・・・私は
「テストがんばれ。優しい先輩より」って落書きして、回した。
そうだ。その先輩があの人だ。
私は、高校の時、あの人に出会ってた。」
女 「そうだ・・・あの人がいた。いてくれてたんだ。
でも・・・でも、私は、あの人とはいられなくなった。
大事な人だったけど、そばにいるのがお互いつらくなった。
だって・・・お互いに忙しくなって・・・余裕がなくなって・・・それに・・・。
私には、子供ができたから。
育児と仕事でいっぱいいっぱいだったし・・・本が好きで仕事していたはずなのに、
本を読んでる暇なんかなくなった。
読む本って言ったら、中途半端に自己啓発の本やビジネスの本を、
かいつまんで読むか、そうでなければ「家庭の医学」なんか読んだり・・・。」
女 「・・・それで・・・
(銀河鉄道の夜)
私は・・・旦那も、子供も、仕事もない所へ行きたかった。
例え、その行き先が『石炭袋』だとしても・・・。
例えそれが片道切符だとしても。」
館長 『物事は簡潔にシンプルに』
副館長 『まずは捨てることから』
女 「・・・。」
館長 「・・・だから・・・あなたに、任せたくなかったんです。」
副館長 「箱にしまって、奥にしまい込んだ方がいい記憶(もの)もあるでしょう?」
女 ・・・。
間。
司書 「まだです。」
女 「!」
司書 「まだですわ。まだ続きがあるはずです。」
女 「続き・・・?」
女 「それで・・・そうだ。大事な本があった・・・。
仕事の、取材の関係で手に入れた本。
でも、その本は私が昔持ってて、なくしてしまった本でもあった。
色んな意味で大切な本。
なのに、あの子は、その本に落書きをした。
私は・・・それが、許せなくて・・・。
ひどく叩いた。
叩いてしまった・・・。
あの子・・・まだ2才なのに・・・。
それで・・・それで救急車が来て・・・。」
司書 「その、「大事な本」は・・・?」
女 「え?」
司書 「その本は?」
女 「その本は・・・。」
呆然としていた女 の目に、力が戻る。
女 「そうだ・・・。
この図書館が、「私が持っていた、全ての本がある図書館」なら・・・きっとある!」
女 本棚を探す。
女 「こっちが新しい方で、こっちが古い方・・・ってことは・・・。」
女 ずっとずっと古い方へ古い方へ・・・。
女 「『ピーターラビット』・・・『ぐりとぐら』・・・
ちがう・・・きっと、もっと前・・・。
『はらぺこあおむし』・・・この辺り・・・」
探す、女 。
女 「・・・あった!」
女 、一冊手に取ると、大切そうに、胸に抱く。
黄色い表紙の、小さな絵本。
表紙には、直立する白いうさぎのシンプルな絵。
女 「これ・・・借ります。」
ごぉん。
暗転。
***
医者 「・・・ここは、中央病院の夜間救急病室です。あなたは、先ほど・・・
かれこれ6時間ほど前、救急車で搬送されました。」
女 「・・・はぁ・・・。」
女 、ふと気がついて、服のにおいをかぐ。
医者 「・・・胃洗浄をしましたから。」
女 「・・・。」
男 「「用法、用量を守って、正しくお使い下さい。」・・・睡眠薬に限らず、基本ですよ、これ」
女 「・・・すいません。」
間。
***
女 「 あの子も、私と同じように、この本に違和感を感じたんです、きっと。
そう思ったら、あの子のやりたいことが分かりました。
これ、落書きじゃありません。
あの子、うさこちゃんに女の子の水着を着せてあげたかったんです。」
所長 「?」
女 「(笑)ビキニなんですよ、これ。
あの子、うさこちゃんにビキニを着せてあげたかったんです。
だから、オレンジ色のクレヨンなんです。」
館長 「・・・。」
女 「あの子なりの、この本の愛し方だったんです、きっと。」
***
女 「それに・・・この本、返さなくちゃならないんです。」
先生 「どなたかの本なんですか?」
女 「いいえ。私のです。でも、図書館の本なんです。」
先生 「?」
女 「借りた本は、返さなきゃ。でしょう?」
司書 「ご利用、ありがとうございました。
またのご来館、心よりお待ちしております。」
深々とお辞儀をする司書 。
暗転。
おしまい
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