劇団あとの祭り Vol.13

「ハァドボイルドの犬達」

作/福冨英玄

< 10章 忘れ物>

 

バー。

 

木場が一人、銃をいじっている。

アイコ、片付けをしつつ、時々話しかけようとするが、

なんとなく、きっかけがつかめない。

 

ドアが開く。

 

アイコ  閉店よ。

プリーチャー  そうですか。それは残念です。

木場  !

 

プリーチャー、入ってくる。

手には旅行鞄を持っている。

 

プリーチャー  昔のよしみで、一杯いただけませんか。

木場 …お前。

プリーチャー  久しぶりですね。ちょうど3年ぶりですか。木場刑事。

木場  …何しに来た?

プリーチャー  ここは酒場でしょう?

木場  …閉店だ。

プリーチャー  まあ、そういわないで。

 

プリーチャー、木場の向かいに座る。

 

プリーチャー  気に入ってもらえたみたいですね、それ。

木場  …別に。

アイコ  マスター…。

木場  引っ込んでろ。

アイコ  …。

プリーチャー  グラスをもらえますか。

アイコ  え?…あの…。

木場  …出してやれ。

アイコ  あ…うん。

 

アイコ、出す。

プリーチャー、ポケットからボトルを出し、グラスに入れる。

 

プリーチャー  いかがです?

木場  うちは酒場だ。

プリーチャー  みかけだけね。

木場  …。

プリーチャー  「本物」ですよ。

木場  結構だ。

プリーチャー  そうですか。

 

プリーチャー、一口飲む。

 

木場  …服役中だって聞いていたが。

プリーチャー  今でもそうですよ。書類の上ではね。もっともそう長いこと

外出するわけにも行きませんから、明日には日本を

出ますが。

木場  そうかい…これ(銃)はあんたが?

プリーチャー   まぁね。部下が勝手にやったことですが、

結果的にはよかったと思ってますよ。

木場  …あんたも、俺に大神とやりあえって言うのか?

プリーチャー  (笑)まあ、単刀直入に言えば、そうなりますね。

木場  それを聞いて安心したよ。

 

木場、銃を向ける。

 

木場  弾丸は出る。細工はない。そうだろ?

プリーチャー  だから?

木場  ホールドアップだ。

プリーチャー  刑事はやめたんでしょう?

木場  これは、俺が現役だったころの延長戦だ。

プリーチャー  なるほどね。罪状は?

木場  …麻薬取締法違反の現行犯。

 

木場、グラスを見せ付ける。

 

木場  文句はないよな。

プリーチャー  ですが、あなたも同罪になる。

木場  あいにくと、うちは瓶しか置いてない。

プリーチャー  なるほど。「見掛け倒し」と言うわけですか。今のあなたに

ぴったりだ。

木場  …口の聞き方に気をつけろ。

プリーチャー  おや、怒りましたね。人は誰も図星をさされると怒るものです。

木場  銃口はあんたに向いているんだぜ。

プリーチャー  …私は法律には疎いのですがね。確か警察官と言えど、

銃は威嚇にしか使えないのでしょう?馬鹿な決まりを作った

ものです。威嚇というのはリアリティがあって初めて威嚇に

なり得るのです。撃たないとわかっている銃がどうして

威嚇になります?

木場  撃つさ、俺は。

プリーチャー  …そうですね。あの日もあなたは遠慮なく撃ってくれましたから。

木場  !

プリーチャー  …あなたはそういう人だ。目的のためには手段を選ばない。

警察よりむしろ私たちに近い。犬よりむしろ…狼に近い。

 

間。

 

木場  まさかとは思うが、あんた俺を懐柔しようってんじゃないよな。

プリーチャー  いいえ。教えを説いているのです。

木場  宗教の斡旋なら、間に合ってる。

 

プリーチャー、懐に手を入れる。

木場、銃を構えなおす。

 

プリーチャー、机の上に煙草とライターを置く。

 

木場  !

プリーチャー  どうせ、違反者ですから、ついでにいただきますよ。

 

プリーチャー、火をつけて、ゆっくりと一口吸う。

 

木場  …。

プリーチャー  …こうやってね。銃口を向けられていると(吸う)…

緊張するじゃないですか。そうするとね、口の中が

アドレナリンの味でいっぱいになるんですよ。

あなたならわかるでしょう?…口の中がささくれだって、

ザリザリするんですよ。その感じをね、煙草の苦味が

やわらげてくれるんです。その意味でね。煙草は

必需品なのですよ。我々にとってはね。

法で禁じられた程度でやめられるほど、ぬるい生き方は

してなかったはずだ。だから法をやぶってでも吸うか。

吸わなくてもいいように生活を変えるか。

…狼を貫くか、犬になりさがるか。そのどちらかしかない。

そうでしょう?

 

プリーチャー、もう一口吸う。

 

木場  …。

プリーチャー  …いい目です。おあずけをくらった犬にそっくりだ。

木場  !貴様…。

 

プリーチャー、木場の顔に煙をふきかける。

木場、立ち上がって、銃を突きつける。

 

プリーチャー  よかったら、一本いかがです?

木場 …え?

プリーチャー  …と…失礼。どうも最後の一本だったらしい。

 

プリーチャー、机の上で、まだ長い煙草を消す。

 

木場  いい加減にしろよ。

プリーチャー  今、一瞬ひるみましたね。

木場  …。

プリーチャー  望んでいるんですよ。あなたの心が望んでいるんです。

その証拠にほら、銃口が震えているじゃないですか。

木場  …。

プリーチャー  吸えば、とまりますよ。素直になるといい。

全ては御心の赴くまま。

 

木場、銃口をおろす。ひどく憔悴した様子。

 

プリーチャー  …私は帰ります。

木場  …勝手にしろ。

プリーチャー  さようなら。

 

プリーチャー、煙草もライターも鞄も置いて、てぶらで帰ろうとする。

 

プリーチャー  …ああ、そうそう。お代を払わなくては。

木場  何も出しちゃいない。いいからとっとと失せろ!

プリーチャー  大神君が持ってますよ。我々から奪った煙草をね。

木場  だからどうした。

プリーチャー  情報です。お代のかわりに。それから、その鞄の中のものは、

あなたの忘れ物です。確かに返しましたよ。

木場  用はそれだけか。

プリーチャー はい。

木場 …失せろ。

プリーチャー  そうします。全ては御心の赴くまま。神は与えたもう、奪いたもう…。

 

プリーチャー、帰る。

 

ドアが閉まる。

 

木場、机の上のシケモクに飛び付くと、火をつける。

 

アイコ  マスター…やめてマスター!

 

アイコ、とめに入る。

木場、振り払う。

 

アイコ  …。

 

木場、ジャンキーのように深く吸う。

木場、自分の手を見る。

 

木場  …アイコ。

アイコ  …何?

木場  酒だ。

アイコ  …え?

木場  あるんだろう?持ってこい!

 

アイコ、先ほどの封のあいた瓶を持ってくる。

木場、ひったくるとラッパ飲みする。

木場、むせる。

アイコ、背を支える。

 

木場  …ハァドボイルドってのはな…。

アイコ  …え?

木場  「かたくなに自分を守り続けること」なんだ…。

アイコ  …。

木場  …アイコ。

アイコ  何?

木場  店は閉める。お前はクビだ。荷物まとめて出て行け。

アイコ  …。

木場  …行け!

アイコ  でも!

木場  …お前が行かないのなら、俺が出て行く。

アイコ  …。

 

木場、プリーチャーが置いていった鞄をとり、開ける。

中を見る。

 

出てきたのはコートなど、ハァドボイルドグッズ。

 

木場、静かに笑う。

 

木場  …大神…すまんな。…悪いな。

 

木場、銃を握りしめる。

 

 

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